Drop.002『 Recipe choice〈Ⅱ〉』【2】
「あの、申し訳ございません。――もしかしますと、私の記憶違いでしたでしょうか」
すると、男はハッとした様子で取り繕うような笑顔を被った。
「あぁ、いえ。すみません。記憶違いではないですよ。――確かに、それは自分が忘れた物です」
桔流は、その男の言葉に安堵し、
「左様でございますか」
と、笑んだ。
男はそれに苦笑し、申し訳なさそうに言う。
「ご迷惑をおかけして、すみません」
桔流は、それにも笑顔で応じる。
「いえ。とんでもございません。お渡しできて安心いたしました」
そして、男の忘れた品を保護用のビニール袋から取り出すため、桔流が、
「――少々お待ちください。今、お取り出ししますので」
と続け、綺麗に拭き上げられた近場の椅子に袋を置いた、その時。
そんな桔流に、男が言った。
「――あの」
「はい?」
しばし男に背を向けていた桔流は、その声に応じて振り返る。
男は、それを見計らうようにして、遠慮がちに言った。
「それ。――もし、良かったら、お店の売り上げの足しにして頂けませんか」
「……え?」
予想だにしない男の言葉に、桔流は困惑した。
「ええ……と……。――も、申し訳ございません。お客様。――それは一体どういった……」
桔流の反応を受け、困惑するのも無理はない、といった様子で苦笑すると、男は言う。
「何と言えば良いか……。実は、それ。もう、今の自分には必要のない物なんです。――だから、自分で持って帰るよりも、お金にでも換えて頂ければと思って。――もう、どこにも行く当てがなくなってしまった物だから、せめて、どなたかの役に立つ形で手放したくて。――無理は承知なのですが……、どうか、お願いできませんか」
できるわけがない。
それが、桔流の素直な回答だった。
しかし、桔流は、苦い笑顔の奥に物悲しさを潜ませたその男に対し、これ以上業務的な対応を貫くことはできなかった。
桔流は、密かに息を吐き、開いたビニール袋の口をそっと閉じると、男に向き直る。
そして、心臓がやんわりと締め付けられるような感覚の中、桔流は言った。
「――……かしこまりました。――では、大変畏れながら、お金に――という点はお約束できませんが、改めてこちらでお預かりだけさせて頂く――という形でもよろしいでしょうか」
すると、男は安堵した様子で微笑み、礼を言った。
「――えぇ。大丈夫です。――ありがとう」
肩の荷が下りた――。
そんな心境を物語るような笑顔を見せられては、無理やりに品を返すなど、尚の事できない。
例えそれが、バーのスタッフとしてあるまじき判断だったとしても、桔流は、この男の心を想わずにはいられなかった。
何せ男は、自分では手に負えず、助けが必要だからこそ、桔流に対し、このような無理を言ったに違いないのだから。
これは、男の運命が、こうなるよう仕向けた事なのだ。
――否が応でもそういう流れになる。
法雨の言っていた、手を差し伸べるべき時が、今まさにやってきたのだ。
今の状況をそう判じた桔流は、何となく寂しげに見える瑠璃色を慰めるようにして、そっと抱き上げた。
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