Drop.015『 LemonJuice〈Ⅱ〉』【3】
「いやいや。経験した事は、そのすべてが知識だ。――僕らも、様々な研究を通じて様々な経験をして、その経験から得られたものを、ひとつの知識として世に出しているだけだ。――勿論、君から教えてもらっているのは恋愛に関する事だけど、それも、僕にとっては必要な知識だからね。――君に教えてもらった事は、貴重な知識であり、大きな財産だよ。――だから、こんな僕に呆れないで、恋愛について色々と教えてくれる桔流君には、いつも感謝してるんだ。――本当に、ありがとうね」
そして、ひとつ礼を言った教授は、再び、桔流の頭を優しく撫でた。
それに、桔流の心は、大きな幸福感で満たされる。
その中、桔流は決した。
(卒業したら、ちゃんと告白しよう)
“今すぐに”――を選ばなかったのは、生徒と教授という間柄では、気持ちを受け取ってもらえない事を確信していたからだった。
(本当はすぐにでも言いたいけど、でも――)
桔流は、以前、教授が生徒から告白を受けた事を知っていた。
また、その告白に対し――“僕は先生で、君はまだ学生だ。――だから、君の気持ちは、今の僕には受け取れない。すまないね”と、断ったのも知っている。
盗み聞きするつもりはなかったのだが、その扉を通らなければ研究室の外に出られないという状況では、その一連のやりとりを聞くしかなかった。
だからこそ桔流は、はやる気持ちを抑え、卒業の時を待つ事にしたのだ。
そして、長いようであっという間の日々を経て、桔流の学生生活は、いよいよと最終日を迎えようとしていた。
そんな、とある日の夕暮れ時。
桔流は、いつもと同じように、教授と二人きりで過ごしていた。
その中、ふと、教授のデスクに目をやると――、そこには――、小ぶりの紙袋が置かれていた。
それは、出張先からの手土産にしては小さく、しばし上品すぎる光沢感を備えていた。
また、夕陽色に染まるその純白の紙袋に添えられた、金色のブランド名の煌めきも、土産菓子ではないような雰囲気を醸し出していた。
その紙袋のすべてが、教授の手荷物としては酷く珍しい様相だ。
桔流は、そのあまりにも珍しい事につられ、教授に問うた。
「先生。――それ、贈り物ですか?」
その珍しさから、桔流はそれを、教授が、誰かから受け取った贈り物だと思った。
そんな桔流の視線に示され、ふと紙袋を見た教授は、しばし慌てたようにして言った。
「え? あ、あぁ! これかい? えっと、う、うん。――そうなんだ」
そして、言い終えた教授は、紙袋の淵に触れると、しばし照れくさそうにして続けた。
「いつ、君にお礼を言おうか迷ってたんだけどね」
「……?」
桔流は、その教授を不思議に思いつつも、彼の言葉を、黙して聞いた。
彼は、はにかみながら紡ぐ。
「ちょうど良かった。――こんなタイミングで申し訳ないけど、これは本当に、君のおかげでね」
桔流は、その、妙に改まった様子にくすぐったさを感じ、苦笑する。
「え。ちょっと、なんですか、いきなり」
そんな桔流に、また照れくさそうにしながらはにかむと、教授は言った。




