Drop.014『 LemonJuice〈Ⅰ〉』【1】
その日の気候は、冬入りを感じさせるほどに冷え込んでいた。
そんな――、マフラーも意気揚々と活躍するようになってきた寒空の下。
法雨は、やや早足気味に、自身が経営するバーへと向かっていた。
(今日も随分冷えるわ。――もうすっかり冬ね……。外には長居しないようにしなきゃ)
店主であるからには、風邪で店を休むなどというわけにはいかない。
そんな法雨は、
(早くお店で暖まりましょ……)
と、一刻でも早く店内に入るべく、足早に店の裏手へと向かった。
すると、その店の裏手でとあるものを見つけるなり、法雨はしばし眉を上げた。
そして、ひとつ溜め息をつくと、呆れた様にしながらも優しげに笑むなり言った。
「やぁねぇ。まったく……。――ま~た子猫ちゃんなの?」
そんな法雨は、腰に手をやりながら、続ける。
「ほら、入りなさい。――きんきんに冷えた子猫ちゃんには、ホットミルクが一番よ。――そうでしょ? ――桔流君?」
― Drop.014『 LemonJuice〈Ⅰ〉』―
“子猫ちゃん”――こと、桔流は、店内のソファ席に座らされるなり、法雨から何枚ものブランケットを放り投げられると、まるで洗濯物で遊びまわった子猫のように柔らかな布に埋もれた。
「み、法雨さん……。こんなに貰わなくても大丈夫ですって」
そのブランケットの猛攻に、桔流は思わず何枚かを返そうとした。
だが、法雨は、それをぴしゃりと制する。
「だめよ。冷えを侮ると痛い目見るんだから。お店の中が暖まるまではくるまってなさい。――どうせ、一晩中あそこで座ってたんでしょう? ――こんなに冷えて……」
そんな法雨は、店内の空調を調整し終えると、桔流の前にやってきては、その両手で桔流の頬を優しく包んだ。
桔流は、その温もりと、その優しげな声色で、心がほどけるのを感じた。
(結局、――また……頼っちゃったな……)
桔流は、その温もりに、ふと、幾年か前の事を思い出した。
桔流が、こうして法雨に救われたのは、これが初めてではない。
そんな桔流はふと、以前に姫が言っていた言葉を思い出した。
――法雨さんが居たから、今。笑ってられるんだよね。
(……そう……なんだよな)
実のところ、この法雨が経営するバーで、法雨の存在が救いになったのは、この店の客たちだけではない。
この店のスタッフの多くもまた、同じだった。
そして、桔流も、そうして法雨に救われた一人だ。
だが、まさか、二度救ってもらう事になるとは、思っていなかった。
そんな桔流は、そのような流れになってしまった事を、改めて情けなく思った。
その中、法雨は言った。
「桔流君。前も言ったけど、アナタはちょっと、ヤケになりすぎるところがあるわ。――帰る家もあるのに、あんな所に居ちゃだめでしょ?」
「……すいません」
ヤケを起こし、自分だけが苦しみ、痛みを被るなら構わない。
だが、今回は、そのヤケで、結果的には法雨に迷惑をかけてしまった。
桔流は、法雨の言葉を胸に、改めて反省した。
そんな桔流に、法雨はひとつ苦笑すると、少し悪戯っぽく言った。
「ま。家に帰って“独り”を実感するのが怖かった――ってとこかしら?」
「………………」
実を云えば、法雨の言葉通りであった。




