Drop.009『 Stir〈Ⅱ〉』【4】
「ははは。ごめん、ごめん。――それは悪い事をしたね」
そんな花厳の隣で、相変わらず不服そうな顔で助手席に座る桔流は言う。
「別にいいんですけどね……っ」
すると、花厳は、未だ口を尖らせるようにしている桔流の様子を察し、またおかしそうに笑った。
桔流は、それにさらに眉間に皺を寄せると、
「今日。豆まみれのメニューにしますね」
と、言った。
「えぇっ」
豆類が天敵である花厳はそれに顔を引きつらせると、マンションの駐車場に車を停めるなり、
「ご、ごめん、ごめん。それは勘弁して……。――今日は良いワイン、用意してあるからさ。――それで機嫌直して。――ね?」
と言い、首を傾げるようにして微笑んだ。
そんな花厳を半目がちに見た桔流は、心の中、
(クッソ可愛いなソレ)
と、力強く思うなり、一気に毒気を手放したのであった。
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そして、その後。
すっかりと招かれ慣れた花厳の自宅へと上がった桔流を待っていたのは、“桔流が購入予定であっただけの”――季節モノのワインであった。
そんなワインを受け取った桔流が、花厳の無邪気な笑顔に翻弄されるひと時を経てから数時間後の事。
その晩の桔流は、久方ぶりに、深く、酔っていた。
“花厳とイイ感じになっている”――という事を法雨に気取られた事と、花厳が用意していた季節モノのワインが酷く口に合った事が重なり、半ばヤケになっていた桔流が、普段よりも速いペースでワインを飲み進めたがゆえの結果であった。
花厳は、その様子から桔流を案じる。
「桔流君。多分、今日、いつもより酔ってるよね。大丈夫? ――ワイン、そんなに弱かったっけ」
花厳の前で、フラつくほどに桔流が酔ったのは、これが初めてだったのだ。
桔流は、そんな花厳の言葉にゆるゆると頭を横に振ると、たどたどしく言った。
「いえ……よわくは、ないんですけど……きょうはちょっと……はやかった、かも……」
そして、呂律の回らない舌で一生懸命に言葉を紡ぐと、桔流はひとつ息を吐きソファにもたれる。
未だ心配そうにする花厳は、桔流の様子を伺いながら言う。
「確かに、今日は結構ハイペースだったもんね。――ワインが口に合ったのなら良かったけど」
対する桔流は、相変わらず芯を抜かれたように、くてりとして紡ぐ。
「ン……。――すごい、おいしかったです……。――でも……」
そんな桔流に寄り添いながら、花厳は首を傾げる。
「ん?」
桔流はそれに、またゆるりと紡ぐ。
「たぶん……こんなに、よったの、は……きが……ぬけたせい……かな……」
花厳は、その桔流の言葉を不思議に思い、問うた。
「“気が抜けたせい”――? ――桔流君。今日。何か緊張してたの?」
すると、桔流はまた、ふるふると頭を振る。
「んん……そ、じゃ、なくて……かざりさんと、いると……きが……ぬける……から」
「――………………」
花厳は、そんな事を紡いだ桔流を、しばし無言で見つめる。
そして、しばらくしてからハッとし、
「……そう、か……。――あぁ。水、持ってくるね」
と言うと、
「はい……」
と頷いた桔流にひとつ微笑み、キッチンへと向かった。




