Drop.009『 Stir〈Ⅱ〉』【2】
「あ。お疲れ様です」
そんな法雨に、桔流も挨拶を返す。
その中、桔流の隣にある自身のロッカーに辿り着いた法雨は、ロッカーを開けると、次いで、随分と上機嫌な様子で言った。
「――あぁ。そうそう。――“新しい恋”は、順調そうね? 桔流君?」
「あぁ。新しいこ………………――え? “新しい恋”?」
桔流は、その法雨の予想外の言葉を復唱するなり、思わず動揺した。
法雨はそれに、楽しげに言った。
「ヤダ。とぼけて。――あの“指 輪 を 忘 れ た 彼”と、最近イイ感じなんでしょう? ――アタシの目はごまかせないわよ?」
“指輪を忘れた彼”――の部分を妙に強調して言った法雨に、桔流は引きつった笑みを作る。
「ゆ、“指輪を忘れた彼”――? それ。もしかして、花厳さんの事ですか? ――残念ですけど。それだったら、誤解ですよ。――別に俺、あの人とはそういう関係じゃないので」
そんな桔流の応答に、法雨は妙に抑揚をつけた口調で言った。
「ア~ラ。そ~お~? それは、おかしいわねぇ? アナタの、その――“あ の 人”って言い方が、妙~に親しげに聞こえるんだけど~……?」
「ハ、ハハ。――気のせいですよ」
その鋭すぎる追及に対し、さらに笑顔を引きつらせつつも、あくまで平静を装う桔流が、
(ヤベェ……。この状態の法雨さんを口で誤魔化すのは無理だ……。早く着替えてこの場から逃げないと……)
と、何とかその場を切り抜けるべく、手早く着替えを済ませようと決した、その時。
更衣室の中央に備えられたテーブルの上で、桔流のスマートフォンが振動した。
その振動音から、桔流も法雨も、スマートフォンが何かしらのメッセージの受信を報せたのだと察した。
「――………………」
そして、なんとなく嫌な予感がした桔流が、着替えの手を止め、恐る恐る背後に待機させていたスマートフォンに目をやると、点灯したディスプレイには、――“花厳さん”――という送信者名が添えられたメッセージ通知が、自己主張激しく表示されていた。
「………………」
「………………」
その後。
数秒ほど更衣室を満たした沈黙は、法雨の――随分と嬉しそうな声により霧散した。
「“気のせい”――ねぇ? ――つまりそれって、“イイ感じ”どころじゃなく、“もっとも~っと親密なトコロまでいってますから”――って事かしら~?」
スマートフォンのスマートな仕事ぶりにより、完全に追い詰められた桔流は、急ぎ足で着替えを進めながら言った。
「……ち、違いますよ。違います。――“ただの友人ですから”って意味ですよ……」
しかし、法雨は、完全に追い詰めた桔流にも容赦はなかった。
「へぇ~? ふぅ~ん? そお~? ――じゃあ、今晩は、――“お 友 達 の お う ち に”お泊りなのね?」
時刻は、日を跨ぐまで一時間ほど――。
その後にある予定ともなれば、どう考えてもその日に解散するような予定ではない。
桔流はそこまで見抜かれている事を察し、敢えて“泊まり”である事実を誤魔化さない事にした。




