Drop.008『 Stir〈Ⅰ〉』【5】
「……ううん」
その様子に、花厳は笑う。
「ふふ。信じられないかな?」
桔流はそれに、首を振る。
「いえ……、そういうわけじゃないんですけど……、でも……、ううん……。――う~ん………………うん……。――やっぱり……、花厳さんは……変わってますね……」
花厳は、心の底から不可解そうにする桔流におかしそうにすると、笑って言った。
「ははは。うん。それはよく言われるな。――……桔流君は、そういうのは、嫌?」
そんな花厳に、桔流は、また幾度か首を横に振る。
「いえ。嬉しいです。――あと、こうして、花厳さんの気持ちを教えてもらえるのも、嬉しいです。――やっぱり、言葉で教えてもらえないと、他人が何を考えてるかなんて分からないので……。――だから、こうして、花厳さんから色々教えてもらえるのも、贈り物をしてもらえるのも、全部、俺は、ちゃんと嬉しいです」
そんな桔流は、思いの丈を紡ぎ終えると、安心したように微笑み、しばし頬を赤らめた。
「そっか」
その様子を、花厳は愛おしげに見つめる。
そして、その優しい声で、桔流の名を呼んだ。
「桔流君」
すると、桔流は不思議そうに花厳を見た。
花厳はそれに微笑み返すと、続ける。
「――きっと、真面目な君の事だから、何もしなくていいって言っても、色々と考えてしまっているかとは思うんだけど。――でも、桔流君は、少しも焦らなくていいからね。――恋人になれたら幸せだけど、たとえ恋人になれなかったとしても、一人の友人として、君と一緒に居られるだけでも、俺は十分幸せだから。――ね」
そして、花厳は、にこりと笑む。
桔流はそれに、ひとつ苦笑すると、
「はい」
と、言った。
そんな桔流に目を細め、花厳は言う。
「桔流君は、本当にいい子だよね」
すると、いつもの様子に戻った桔流は、軽く口を尖らせ、
「な、なんですかいきなり」
と、微かに頬を染めて言うと、眉間に小さな皺を作った。
花厳はそれにも、楽しげに笑う。
「ふふ。なんとなくね」
最近分かった事なのだが、桔流は、不意の褒め言葉に弱いようであった。
何の飾りもない褒め言葉を不意に贈れば、桔流は小さな動揺を見せた後、ツンと照れる。
そんな桔流の愛らしい一面は、新たに発見して以降、すっかりと花厳のお気に入りとなっていた。
(今となっては、もう、――桔流君の恋人になんてなれなくても構わない)
此度の褒め言葉にも、そんな愛らしい反応を見せる桔流は、未だ花厳から目を逸らしている。
(ただ俺は、散々な恋愛経験で歪められてしまった桔流君の心が、自分を本当に幸せにしてくれる人に出会った時に、そこで与えられる愛情を拒絶しないようにさえしてあげられるのなら――)
そんな桔流を、花厳は愛しげに見つめる。
(この子が幸せになるための道に、連れて行ってあげられるのなら――)
そうして、愛らしい想い人を見つめながら、花厳は思った。
(彼が幸せになれるなら。――その隣に俺が居なくても、――構わない)
北風と躍る木々が、紅の衣をはらはらと散らし始めた頃。
花厳の恋心は、すでに――、桔流への深愛へと、その身を転じ始めていた――。
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