Drop.008『 Stir〈Ⅰ〉』【4】
「――……あの、花厳さん」
「ん?」
不意に名を呼ばれ、ニ杯目の珈琲を味わっていた花厳は、やんわりと首を傾げる。
対する桔流は、そんな花厳ではなく、色とりどりの幸せが詰まっていた箱を見つめたまま、静かに言った。
「その……。――花厳さんがこうやって、俺に贈り物をするのは、俺の気を引くため……――なんですよね」
「――……」
(“俺の気を引くため”――か……)
桔流の言葉に、花厳は目を細めて苦笑する。
(そういう事をさらっと言えてしまうあたり、やっぱり桔流君は、下心なく尽くされる機会が本当に少なかったんだろうな)
桔流の口から、“自分を好きになってほしいから良くしてもらえている”というような言葉が紡がれる度、花厳はそう思っていた。
――こうしておけば付き合ってもらえるだろう。
――こうしていれば自分を好きになってくれるだろう。
そんな――、自己中心的な欲望にまみれた下心から与えられる好意は、その者の思い通りの結果にならなかった場合、怒りや恨みに転じる事も珍しくはない。
そして、最悪のパターンでは、そうした好意が怒りや恨みに転じた結果、こちら側が嫌がらせや心無い行いを被る羽目になる事もある。
(引く手数多の桔流君の事だ。――そういう“最悪のパターン”を経験した事もあっただろう)
その事を考えれば、自身への好意的行動はすべて“自分の気を引くために行われているものだ”――と解釈してしまうようになるのも、必然と云える。
しかし、花厳が桔流に贈り物をするのは、“桔流の気を引くため”ではない。
花厳は、未だ空席が目立つ箱を見つめる桔流に、穏やかに言う。
「いや。――それはちょっと、違う、かな」
「“違う”?」
意外そうにする桔流に、花厳は優しく微笑み、ゆっくりと紡ぐ。
「確かに俺は、桔流君に好きになってもらいたいっていう気持ちはあるよ。――でも、君に贈り物をするのは、“君の事が好きだから”してるだけ」
「“好きだから”……?」
「そう」
その花厳の言葉を解そうと、ゆっくり復唱する桔流に、花厳は頷き、続ける。
「――たとえば、友人や家族とか、桔流君が大切に想っている人に贈り物をした時。――贈った相手が、その贈り物を喜んでくれたら、嬉しいでしょう?」
「はい。嬉しいです」
「うん」
桔流が頷き言うと、花厳も笑顔で頷き、続けた。
「――つまり、それと一緒」
そして、桔流と視線を交わらせると、花厳はさらに紡ぐ。
「――俺たちは、今。ちょっと特殊な時間を過ごしていて、俺が桔流君に片想いをしているからこそ、どうしても“気を引くため”って感じちゃうとは思うんだけどね。――でも、俺が君に贈り物をするのは、君の気を引きたいからでも、君に好きになってもらいたいからでもなく、――君の喜ぶ顔が見たいから、なんだ。――だから、俺は、贈った物を君が受け取ってくれたらそれで満足だし、それだけで十分嬉しいから。――君からの恩恵やお返しは、そもそも望んでないよ」
桔流は、そんな花厳の想いに、ひとつ唸る。




