Drop.007『 Ice and a litttle water〈Ⅱ〉』【5】
「違わないです……」
すると、花厳はひとつ笑み、
「うん。――それなら、俺は辛くないよ」
と、穏やかに言った。
そして、そのまま桔流を真っ直ぐに見つめると、ゆっくりと続けた。
「――俺はね、桔流君が誰も好きになれない――なんて事はないと思うんだ。君はきっと、自然と誰かを好きになる機会を逃し続けてここまできたから、そう思うようになってしまっただけだと、俺は思う。――だから俺は、それが君の思い込みだって事を証明したい。君は、ちゃんと恋が出来る子なんだって事を、証明したいんだ。――そのためにも、君に俺を好きになってもらうための時間がほしい」
その花厳の真摯な想いを受け、桔流はひとつ小さく息を吐いた。
そんな桔流に、花厳はさらに紡ぐ。
「――そして、もし駄目だったら。その時はそのまま、ずっと友人で居よう。――だから、桔流君。――どうか俺に、少しだけ、――時間をくれないかな」
そして、そう紡ぎ切った花厳は、次いで、桔流を真っ直ぐに見た。
すると、桔流は少し戸惑うようにしたが、今一度息を吐くと、花厳を見つめ返し、言った。
「――……分かりました」
花厳は、それに目を細めて笑う。
「本当に?」
そんな花厳に、桔流は、こくりこくりと頷く。
すると、花厳は笑い、酷く嬉しそうに言った。
「ありがとう。桔流君。――凄く嬉しいよ。頑張るね」
桔流は、そんな花厳の様子から、花厳が本気で自分の事を想ってくれているのだと感じた。
それゆえ、桔流は、そんな花厳を好きになるために、自身も出来る限りの努力をしようと思った。
しかし――。
「――あぁ、そうだ。桔流君。――これは、念のためなんだけど」
そんな桔流の決心は、花厳によって即座に解かれる事となった。
「は、はい。――なんでしょう?」
首を傾げた桔流に、花厳はにこやかに言った。
「桔流君は、――“俺を好きになろうとしなくていいからね”」
「………………え?」
そんな花厳の言葉を受け、心底理解が出来ないといった表情で、桔流は問うた。
「え? え? な、なんでですか? ――好きになろうとしないと、好きになれないですよ?」
対する花厳は、その桔流の困惑を楽しむかのようにして笑うと、言った。
「うん。――桔流君は、そこから変えていこう」
桔流はそれに、大いに首を傾げる。
「“そこから”?」
「そう」
花厳は、ゆっくりと頷く。
「――努力をして相手に好きになってもらうのは恋だけど、努力をして相手を“好きになろうとする”のは恋じゃないんだ。桔流君。――云うなれば、後者は“愛する事”に近いだろうね。――あるいは、克服や受容、または許容かな」
「そ、そうなんですか?」
――どうして好きになってくれないの。
その言葉は、これまで、桔流が幾度となくぶつけられてきた言葉だ。
そして、それは、花厳がこれまで幾度となくぶつけられてきた言葉でもあった。
少しでも情を抱いてしまう者は、その言葉を押し付けられながら、情をかけている相手に悲しむ姿を見せつけられ続けると、これ以上悲しませないために、その相手を“好きにならなくてはいけない”――と感じるようになる。
だからこそ、そのような恋愛ばかりを経験してきた桔流は、――好きになり、恋をするためには、“好きになるための努力が必要だ”と思うようになってしまったのだ。




