Drop.007『 Ice and a litttle water〈Ⅱ〉』【2】
「――と、まぁ、そんな感じで、学生時代だけでも色々な恋愛はしてはきたんですけど……」
「――それでも、誰にも本気にはなれなかった……?」
「――……、――……はい」
花厳の問いに、少しばかり間をあけ、桔流は頷いた。
そして、
「――だから、きっと向いてないんです。――恋愛」
と言うと、桔流は苦笑して続ける。
「そうやって、男同士なら、――と思って、大学でも何人かと付き合ったんですけど。――結果は、花厳さんの言う通り。――誰に対しても、恋愛感情的な“好き”って気持ちをもてなくて。――なので、それから何人かと付き合った後からはずっと、告白されても一切受け取らないようにしてきたんです」
「なるほど……」
そんな桔流の言葉を丁寧に受け止め、幾度か緩く頷くと、花厳は続けた。
「――それで、そうして恋愛とは縁を切って過ごしてきた桔流君だけど、――そんな君は、誰かを好きになってみたい、という気持ちはあったりするの?」
花厳の問いに、桔流は、また思考を巡らせながら言葉を紡ぐ。
「う~ん……どうでしょうねぇ……。――それに関しても、俺の中にはっきりとした答えが無いんですけど。でも……、――誰かを好きになって、その後の一生をずっと一緒に過ごせるような誰かと出会えるっていうのは、素敵だなって思います」
その桔流の言葉に、花厳はさらに問いを重ねる。
「――それは、自分が“カレシ側”として恋愛が出来る相手と、っていう事?」
桔流は、それに首を振る。
「いえ、どちらでも。――男でも女でも、どちらが相手でもいいですし、カレシ側かカノジョ側かっていうのも、どっちでも構いません。――俺は、好きになれた人と幸せになれるなら、それだけで十分なので」
そんな桔流の言葉を丁重に受け取ると、花厳はやんわりと目を伏せ、
「そうか……」
と言いながら、しばし考えるようにした。
そして、密かに思う。
(諦める必要は――まだ、無いのかもしれないな)
そんな花厳は、桔流の紡いだ言葉たちを丁寧に反芻した。
(桔流君は、恐らく、自分の恋人のために用意された、たった一つの椅子に、“好きにならなければならない誰か”が常に座っていたから、自然と誰かに恋をしたり、誰かを好きになるきっかけを持てなかったのかも……)
今でこそ告白を断れるようになったのだろうが、特に少年期の桔流は、向けられた好意をとりあえず受け取ってしまうタイプだったはずだ。
(しかも、桔流君は真面目な子だから、好きになってくれた相手を、相手と同じくらい好きになるための努力を、相手が変わる度にしてきた可能性は高い)
そんな事に尽力する桔流に、他の誰かを見る余裕などなかっただろう。
(だから、桔流君は、恋愛に向いてないんじゃなく、単純に、――自然と誰かに恋をしたり、自然と誰かを好きになる機会を得られなかったから、相手に本気になる事も出来なかったし、上手くいかない恋愛も続いてしまった……)
もし、そうであるならば――。
(桔流君は絶対に、誰かを好きになれない子じゃない。――なら、それならせめて、――桔流君に、自分から誰かを好きになる経験だけでもさせてあげられたら……)
しばしの静寂の中。
そうして一通りの考えを巡らせた花厳は、ひとつ意を決すると、桔流の名を呼んだ。




