Drop.001『 Recipe choice〈Ⅰ〉』【3】
「――さて、と」
そんな法雨は、桔流と挨拶を交わすなりひとつ呟くと、カウンター内で屈み込み、そのまま棚の中の備品や酒類の在庫確認を始めた。
桔流は、同じようにしてその法雨の隣で屈み込むと、やや小声で言った。
「あの、法雨さん」
「ん? なぁに?」
それに何気なく応じ、桔流の方へ顔を向けた法雨は、すぐに目を細めると、手に持っていたクリップボードを立てては口元を隠しながら言った。
「ヤダ、ちょっと……。愛の告白なんて受けられないわよ」
「違いますよ」
桔流はそれに半目がちに抗議すると、クリップボードを自身の方に倒すようにして続けた。
「愛の告白じゃなくて、――さっき、俺がご案内したクロヒョウ族のお客様の事なんですけど……。――あのお客様のお連れの方って、まだいらしてないですよね……」
一度は心配無用と判じたものの、桔流はやはり、あの一人客の事が気になっていたのだ。
桔流が尋ねると、法雨は再び在庫確認を続けながら何気なしに答える。
「あぁ。そうみたいねぇ」
「やっぱ、そうですか……」
しかし、桔流が気にかけているのを察すると、法雨は再び作業の手を止め、桔流に視線を合わせて言った。
「桔流君。――随分あのお客様の事を気にしているようだけど、野暮な詮索はしない事よ。――アタシ達は、美味しいお酒とお食事、そして十分なサービスをお客様にご提供するのがお役目。――お客様の私情にアタシ達が勝手に首を突っ込むのは……?」
「――要らないお世話」
「そう。ご名答。――よくできました。偉い偉い」
桔流の満点の回答を受け、法雨は満足げに桔流の頭を撫でた。
そして、優しく続ける。
「――桔流君のそういう優しいトコロはアタシも好きだけど、ヒトは皆、まずは自分の力で立ち向かわないといけない壁もあるの。――そして、アタシ達の手助けが必要な時は、お客様がアタシ達を頼るよう、運命が勝手に仕向けてくれるものなのよ。――だから、あのお客様にとって、アタシ達の助けが必要なら、否が応でもそういう流れになるから。その時が来たら、――その時は、全力で助けて差し上げなさい。――ね」
「――……はい」
法雨の言葉に納得はしているものの、その正義感からか、桔流はどうにも心の整理がつけられずにいた。
そんな桔流が、なんとか自分の心に整理をつけようとしている事をも察した法雨は、その様子に苦笑しつつ、桔流の髪をまたひとつ撫でた。
◆
それからしばらく経った頃――。
次第に賑わいも落ち着き始めた店内を見やりつつ、桔流がカウンター内で仕事をしていると、あのクロヒョウ族の男が近場のスタッフを呼びつけた。
様子を見るに、会計をするために呼びつけたようだった。
(相手、結局来なかったんだな……)
法雨の言葉に従い、できるだけ気にしないよう努めていた桔流だったが、
(これだけ待って来ないとか、流石に落ち込んでんじゃ……)
と、男の心を案じてしまい、会計を済ませる男の様子をさり気なく伺い見た。
そして、小さく安堵の息を吐く。
会計を担当したスタッフに“ごちそうさまでした”と言った男の顔には、爽やかな笑顔があったからだ。




