Drop.006『 Ice and a litttle water〈Ⅰ〉』【4】
「これ。凄く綺麗なグラスだね。――どこかのお土産?」
すると、桔流は嬉しそうに言った。
「ふふ。ありがとうございます。――実はこれ。ガラス工芸家の親戚が、俺の成人祝いに作ってくれたものなんです」
そんな桔流の言葉を受け、ことりと酒瓶を置いた花厳は、
「そうだったのか」
と言うと、眼前で凛と佇むグラスを改めて眺めた。
「素敵なお祝いだね。――本当に、凄く綺麗だ」
そんな花厳に、桔流はまた嬉しそうに笑った。
そして、それから花厳と桔流がそっとグラスを渡し合うと、二人は互いにグラスを持ち、
「お疲れさまです」
「お疲れさまです。――頂きます」
と労い合い、優しくグラスを合わせ、乾杯をした。
きんと冷やされ、煌めく微細な水滴を纏ったグラスに口をつけると、ひんやりと澄んだ甘味が、舌を満たしながら、心地よいふくよかな米の香りと共に心をも喜ばせた。
その贅沢な幸福感に、二人は感嘆の息を吐く。
そして、今度はそんな主役に合わせて用意された色とりどりの品々と合わせ、一口、二口とグラスに口をつけると、さらなる至福が二人の五感と心を大いに喜ばせた。
二人は、そんな幸福感を共に満喫する。
その間。
花厳は、桔流が作り上げた多彩な品々を味わっては、ひとつひとつを絶賛した。
桔流はそれに、
「大袈裟ですよ」
と、言ったが、花厳に料理を喜んでもらえた事は素直に嬉しかった。
桔流は、幼い頃から自身が作ったもので誰かを喜ばせるのが大好きだった。
また、それは大人になってからも変わらずで、――バーで働く中、自身が作った酒や料理で客たちが笑顔になってくれる事が、今の桔流の何よりもの喜びとなっていた。
その上、バーでは客の反応をダイレクトに受け取る事ができ、直接声をかけてもらえる事も多かった。
桔流がバーの仕事を本業として譲らないのも、そのような環境で働ける事に幸せを感じていたからだ。
そして、その幸せに満たされてさえいれば、例え心の底に深い傷があったとしても、笑顔でいられる。
その幸せが日々を満たしているからこそ、桔流は今。
こうして、誰かと笑顔を交わし合えているのだ。
「――そうだ。桔流君」
そして、そんな桔流が、笑顔を交わし合い、食事を楽しんでいると、ふと思い出したようにして花厳は言った。
「この間は、変な事を尋いてしまってごめん」
花厳の言葉に、桔流は首を傾げる。
「変な事って?」
花厳はそれに、苦笑しながら応じる。
「ほら。食事に誘ってくれた時。――俺、“恋人に怒られないか”って、余計な事を尋いてしまったから」
「あぁ。ふふ。その事ですか。――それなら別に大丈夫ですよ。気にしないでください」
すると、申し訳なさそうにする花厳に対し、桔流は穏やかに笑った。
そして、思い出したように続けた。
「あ、それと。――今後また、うちに誘った時も安心してくださいね。――俺、この先もずっと、恋人ができる事ないんで」
「え?」
そんな桔流の言葉に、はたと眉を上げると、花厳は不思議そうにしていった。




