Drop.005『 Shaker〈Ⅲ〉』【4】
(しっかし、どこまでイケメンなのかね……)
ジャケットを着直す仕草も様になってしまう花厳を眺めながら、桔流は半目がちに思う。
(――まさか、この俺に気付かれないように会計を済ませられる男が居るとは……。――どう考えても手練れ……)
そんな花厳曰く、過去に付き合ってきた男女は共に、相性が悪くてフラれる事も多かったと云う。
しかし、少し席を離れたほんの数分の間に会計を済ませるスマートさを体感した桔流からすれば、仕事の多忙さが原因ではなく、相性が悪くてフラれるという事実は信じがたいものであった。
そんな事を思いながら、桔流が、夕陽に照らされる花厳を堪能していると、花厳は言った。
「そうだ。桔流君。――今日は、結局俺の話ばかりになってしまったし。――今度は、普通に食事でもどうかな?」
それにハッとしつつ、桔流が、
「あ、はいっ。ぜひっ」
と、頷き微笑むと、花厳は嬉しそうに頷き返す。
そして、目を細めて優しげに笑むと、含みを感じさせる声色で言った。
「今度は、桔流君の話も聞かせてほしいな」
桔流は、そんな花厳の悪戯に気持ちが高揚するのを感じながら、平静を装い、
「ふふ。いいですよ。――俺の方こそ楽しい話題なんてないですけど、良かったら色々聞いてください」
と言いながら小首を傾げ、上目遣いに笑んでは仕返しをした。
「ははは。うん。――楽しみにしてるよ」
そんな桔流に頷き返した花厳の笑みには、心なしか晴れ晴れとした明るさが宿っているように感じられた。
他愛のない悪戯を仕掛け合えるほどには、花厳の心を癒す事ができたのかもしれない。
桔流は、そう感じ、改めて安心していた。
(完全にじゃなくても、少しでもこの人の肩の荷を下ろせたんなら良かったかな)
桔流は、ふとそんな事を思いながら、互いの帰路の分岐点までの道すがら、花厳との他愛のない時間を楽しんだ。
✦
桔流との食事を楽しんだ翌日。
次回の舞台に関する打ち合わせを終えた花厳は、そのすぐ後に開催された“決起会に備えた決起会”という不思議な位置づけの飲み会に参加した。
そして、そんな飲み会も無事に終え、帰路を辿っていると、今ではすっかり行きつけとなったバーから見慣れた人物が出て来るのを目にした。
(あれ……?)
バーから出てきた人物は、その店のバーテンダーだった。
しかし、そんな彼はいつもと違い、バーテンダーの装いをしておらず、私服姿であった。
(今日は、早上がりなのかな?)
花厳はそう思い、そんな彼を何気なく遠目がちに見ていた。
すると、店から出て来たはずの彼は、すぐに店内に戻り、またすぐに顔を見せた。
そうして再び店から出て来た彼は、先ほどは居なかった、――どちらかといえば可愛らしい面立ちの青年に肩を貸していた。
しばし離れた場所からでも、その彼の声はよく聞こえた。
「お前さぁ。――潰れると帰れなくなんだから。ガツガツ飲むなっていつも言ってんだろ~? 馬鹿だな~」
そんな彼の声は、文句を言いつつも酷く楽しげで、彼の顔を飾る砕けた笑顔も、酷く明るく映った。
その声も、その笑顔も、花厳は見た事がなかった。




