Drop.005『 Shaker〈Ⅲ〉』【3】
「お二人は、お互いの事をちゃんと好きだったからこそ、遠慮し過ぎちゃったんだろうなって、俺は思います。――でも、花厳さんと違って、その人は耐える事が苦手だったし、――花厳さんの事しか考えられなくなっちゃうタイプだったんでしょうね」
「俺の事しか……?」
桔流は、ゆっくりと頷く。
「恋は盲目、なんて云いますけど。――世の中には、大好きな相手に、心も体も時間も、自分の全てを捧げちゃう人も居るんです。――交友関係も含め、その人以外のモノは全部犠牲にして、大好きなその人に自分の何もかもを費やしちゃうような人が」
「そうか。――じゃあ、あの子も」
「多分、ですけど」
「……そうか」
桔流が頷くと、花厳はまた申し訳なさそうな顔をした。
そんな花厳に、桔流は言う。
「――でも、恋人さんは、どれだけ花厳さんのために自分の人生を捧げているか、花厳さん以外のものをどれだけ犠牲にしているかを、花厳さんに言わなかったんですよね」
花厳は、しばし考えながら頷いた。
「うん……。そうだね。――“他の人たちはもっと一緒に居られてるのに”とか、“寂しい”って言われるだけだったかな……。――だから、“俺も仕事だから”としか言えなくてね……」
「ちゃんとお互いに気持ちを伝え合えなかった上、お互いの生き方も合わなかったのが、すれ違いの原因――、ですかね……。――その課題を、お互い冷静に話し合って乗り越えられていたら、また違ったのかも……」
――仕事が忙しいと言われた。
――どうしようもない事だと分かってはいるけど、寂しくてたまらない。
店にやってきては、寂しさを嘆く一人客たちも多かった。
しかし、そんな彼らにとって、桔流たちのバーは、気持ちのはけ口や心の安定剤になっていた。
だから、他の男、他の女に頼らずに済んでいた。
だが、花厳の元恋人には、そのような場所がなかったのだろう。
それゆえ、寂しさが限界にたちした彼は、別の男に縋ってしまった。
そして――、だからこそ、彼には、花厳との離別の結末が訪れてしまったのだ。
「そうか……」
桔流の言葉に、今一度そう呟いた花厳に、桔流は苦笑しながら言った。
「色々、大変でしたね……」
「ははは。うん。大変だったかも……。――ありがとう」
そんな桔流に礼を言った花厳は、相変わらず苦笑していたが、そこには少しばかりの晴れやかさがあるようにも感じられた。
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「――今日はありがとう。なんだか、変な話に付き合わせてしまって悪かったね」
店から出るなり、花厳がいつも通りの爽やかな笑顔を向けると、桔流もにこやかに笑い返した。
「いえ。――こちらが聞きたいと言ったお話ですから。――むしろ、花厳さんにとってはお辛い話だったのに、話してくださって、こちらこそありがとうございました」
「ははは。とんでもない。――桔流君に聞いてもらえて楽になったよ。また助けてもらっちゃったね。――本当にありがとう」
「ふふ。お役に立てたようでしたら良かったです。――それと、ごちそうさまでした」
程よい日光に照らされる中、桔流が今一度頭を下げると、花厳はにこりと笑み、
「いいえ」
と、言って、ジャケットを着直した。




