Drop.003『 Shaker〈Ⅰ〉』【5】
「あっ、も、もちろんです! 大切な物だと思いましたので」
すると、花厳は、それにひとつ苦笑し、
「そうか」
と言うと、次いで酷く申し訳なさそうにしながら続けた。
「なんだか、俺の我儘で迷惑をかけてしまって申し訳ないんだけど。――もしできたら、あの忘れ物、改めて受け取らせてもらってもいいかな」
「――は、はいっ! もちろんです!」
そんな花厳の申し出に、桔流はさらに心が弾むような気持ちになった。
とはいえ、花厳の前という事もあり、取り乱さぬよう気をつけつつ、桔流は、
「では、こちらの椅子にお座りになってお待ちください」
と、カウンター席を示しては一礼し、足早に事務所へと向かった。
そして、法雨とのやりとりを経て“瑠璃色”を受け取ると、再びフロアに戻り、その足で花厳のもとへと向かった。
そんな桔流から“瑠璃色”が丁寧に手渡されると、花厳は、
「ありがとう」
と言った。
そんな花厳は、苦笑こそしていたものの、どちらかといえば気恥ずかしいといった笑みを浮かべていた。
その笑顔には、苦しみや悲しみは潜んでいないようにも見えた。
そのような花厳の様子に、桔流は変わらず高揚する心を抑えながら密かに思った。
(もしかしたら……――)
もしかしたら花厳は、何かの巡り合わせから、改めてこの贈り物を渡せる事になったのではないか。
そして、今夜こそ花厳は、大切な人との幸せな未来を、その手に出来るのではないか。
(そうだとしたら……)
もしそうであるならば、自分もとても嬉しく、この贈り物を安心して返せるという事も、本当に嬉しい。
(中身が指輪だったのかどうか。――それは、結局分からないままだけど)
この瑠璃色の贈り物が、持ち主のもとに帰って、更には届けられるべき場所に届くのならば何よりである。
(――でも……この人は……、――本当は何も解決してなくて、苦しいままだったとしても、こうして笑うんだろうな……)
花厳は、何か苦しい事があっても、相手のために無理をして笑うタイプでもあるだろうと、桔流は感じていた。
だからこそ、心から喜びたい反面、思ってしまうのだ。
(本当は、無理をしているんだとしたら……)
常連客となり、店のスタッフたちとも随分と親しくなったこの男は、もう、――この店のスタッフたちにも、苦しんでいる所は見せないだろう。
そうであれば、今回の花厳の申し出は、自分のためでなく、スタッフや店のためだったのかもしれない。
つまり、店に迷惑をかけているからと、辛い気持ちがありながらも、この忘れ物を受け取ったのだとしたら――。
(――……って、余計な事考えすぎか)
無事に“瑠璃色”を手渡した後。
花厳の見送りとして店の前まで出た桔流は、悶々とした思考を巡らせながらも、花厳との短い会話を交わし、一礼した。
そして、変わらぬ笑顔で礼を告げ、街中へ消えてゆく花厳の背を見送りながら思う。
(――いや。――どっちにしてもこれで良かったんだ。――人は、悲しい事、嬉しい事をどっちも経験して、色んな壁にぶつかって悩んで、それを乗り越えながら生きていくもんなんだ。――だから、あの贈り物もきっと……これで良かったんだ……)
すっかりと街中に融け込み消えた花厳を想いながら、ふと空を見上げた桔流は、煌めく光達に、花厳の幸運を託した。
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