Drop.003『 Shaker〈Ⅰ〉』【4】
「はい。なんでしょう?」
花厳は、敬語こそ抜けきったが、スタッフたちへの丁寧さは変わらずであった。
そのような人柄から、“瑠璃色の件”で大分と困惑はさせられたものの、桔流も花厳に悪い印象はもっておらず、花厳と話している時間はむしろ楽しいとも感じていた。
そんな桔流に、花厳は少し声を潜めて問うた。
「もしかしてなんだけど、桔流君ってモデルさんだったりするのかな?」
そして、そんな花厳が遠慮がち投げかけた問いは、なんという事はない。
桔流には、日常茶飯事とも云える問いであった。
それゆえ、桔流はそれに驚くでもなく、いつも通りの笑顔で答える。
「えぇ。そうですよ」
すると、花厳は嬉しそうに言った。
「やっぱりそうか。――この間、雑誌の表紙になっていたモデルさんが桔流君にそっくりだと思ってね。――もしかして、と思ったんだけど」
「ふふ。大正解でしたね」
それに桔流が微笑んで言うと、花厳も楽しそうに笑い返したが、すぐにハッとした様子で声を潜めて言った。
「あ、でも、こんな事を尋いてしまって大丈夫だったかな。――もしも迷惑だったらごめんね」
そんな花厳に、桔流は安心させるように言う。
「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます。――モデルやってるの、隠してるわけじゃないんですけど、僕としてはこっちの方が本業なので、聞かれない限りは言わなくてもいいかなって思ってて」
花厳はそれに、
「なるほど」
と、納得したように幾度か頷くと、優しげに笑み、続けた。
「――桔流君は、ここでの仕事が好きなんだね」
「はい」
その言葉にも笑みを添え、桔流が頷くと、花厳は、
「バーテンダーも、桔流君にはぴったりだと思うよ」
と言い、またひとつ微笑んだ。
そして、
「――でも、モデルなんて凄いね。どうりで美人さんだと思ったよ」
と、花厳が続けると、桔流は嬉しそうにして言った。
「ふふ。ありがとうございます。――でも、褒めても何も出ませんよ」
すると、花厳はそれに楽しげに笑った。
「ははは。これ以上は何も頂かなくて大丈夫。――美味しい食事とお酒を頂けて、素敵な接客をまでしてもらってるからね。十分満足だよ」
そして、それにまた笑い合うようにした桔流と花厳は、それからしばしの談笑を楽しんだ。
そうしてその夜も、桔流は、カウンター内や厨房で――“誰が花厳さんにオーダーを運ぶかジャンケン”が開催されているのを横目に、何も知らずに賑やかなひと時を満喫する花厳を見守った。
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そんな桔流が花厳との談笑を終えてからしばらく経ち、店内の掛け時計が、行儀よく針を揃えた頃。
花厳がまだ店内に居るにも関わらず、運悪く退勤時間を迎えてしまったスタッフたちが嘆きながら更衣室に向かう中、桔流は、花厳の会計を担当していた。
その中、桔流が滞りなく会計対応を済ませると、花厳は礼を告げた。
そして、ふと思い出したようにして言った。
「――そうだ。桔流君。――今更なんだけど。以前、無理を言って預かってもらった例の忘れ物。――まだ、保管してもらってたりするかな」
桔流は、その予想外の言葉に心が高揚するのを感じながら言った。




