後日談3:悪役令嬢(リリア):逢瀬と今の私
月光がカーテン越しに差し込む部屋の中、二人きりの時間が静かに流れていた。
私とリエルの手には、煌めく赤いジュースが注がれた細長いグラス。
今夜のためにウルスに用意してもらった液体は、熟したベリーと桃の香りをふんわりと漂わせている。
「今夜もふたりで過ごせることに、乾杯」
リエルも微笑みながら応じて、グラスを持ち上げた。
グラス同士が触れ合い、カチンと小さく澄んだ音が響く。口元にグラスを運ぶと、甘い果実の香りが鼻腔をくすぐった。飲み進める度に、香り以上の甘みが舌の上に広がる。
「甘味が…………ちょっと強いですね」
糖度が高すぎてリエルには微妙だったようだが、それでいい。飲んで楽しむためにウルスに用意させたわけではない。
「これは食前酒のようなものよ」
そう言って微笑み、二人分のグラスをベッド脇のサイドテーブルに置いた私は、ゆっくりとリエルのほうへと向き直る。
部屋を満たすのは、カーテン越しの月光と、果実ジュースの残り香、そしてお互いの気配だけ。リエルはほんの少しだけ目を伏せて、わずかに頬を染めた。
熱を帯びた頬に、そっと手を添える。
「少し、口元が赤い」
小さな声で告げて、頬に手を添えたまま親指で唇の端を擦ると、リエルの睫毛がふるりと揺れる。
「リリア様……」
とろけた声で名前を呼ばれて私の方が堪えきれなくなった。今夜は私がとにかく攻めたい気分。
「私が食べるから、ジッとしてなさい」
言ったそばから、唇を重ねる。
キスは果実ジュースの味がした。舌を入れ込んで、口内に残っていた柔らかい甘さを味わう。さっき飲んだジュースよりもずっと美味しくて、いつまでも堪能したくなる。
この爛れるようなキスを楽しんでみたくて甘すぎるジュースを用意したのだが、正解だった。キスの止めどころがわからないまである。
一方的に舌で味わっていたが、リエルの方からも舌を絡ませてきたので……唇を離した。
「動かないように言いつけたのに」
言葉と目線で責めれば、リエルはしまったと顔に出す。
「その…つい……」
声を震わせて視線を落とし、シュンとする姿。そんな素直な反応も可愛い。
「あーんって口を開きなさい」
そう命じれば、リエルは一瞬だけ不思議そうに瞬きをしたが、すぐに従順に唇を開く。
リエルの濡れた舌先が、月明かりに照らされて艶やかに光る。
私はその舌に、ゆっくりと人差し指と親指を伸ばして、つまんだ。
ぷに、と柔らかく湿った感触。リエルの青い瞳がかすかに揺れ、熱い吐息を漏らす。
「悪い子の舌ね」
囁くように言うと、舌を摘まれたままリエルが小さく身をよじらせる。
「ごへぇんなひゃい……」
ろくに話せないまま謝る姿が可笑しくて、どうしようもなく愛しい。
それからリエルの細く震える肩、ほんのりと上気した頬、そして何より、摘まれた舌に甘く快楽を滲ませた表情。
謝っているもののリエルが楽しんでいることも、このままの流れで攻めて欲しいことも、よく分かる。
だからもう、我慢できなかった。ベッドに押し倒して──リエルのネグリジェを引き裂いた。
勢いに任せて破いたが、替えはあるので問題ない。気にせず、今を楽しむ方を優先する。
「きゃぁぁぁ!?」
咄嗟の出来事にリエルは目を丸くし、普段はベッド上で隠さない胸元を反射的に腕で隠した。けれど、その仕草さえも、私にはどうしようもなく可愛らしく映る。
「隠したらダメよ」
私が言えば、リエルがいじらしくも腕を胸元から離して、綺麗な地肌が露わになる。
「もう隠しません……私の全てがリリア様のものですから!」
リエルの思い切った答え方がまた嬉しい。
それに、欲求を隠さない青い瞳。ベッドに広がる乱れた黄金の長髪。鎖骨から胸元へと続く曲線。柔らかい呼吸にあわせて上下するその胸の輪郭は、どこまでも繊細で美しい。
何度も逢瀬をしているのに、汚れを知らないと言いたげのような肌の色がシーツの白に溶けていく。
「きれい……」
リエルの表情は恥辱と興奮に染まっており、私もリエルの様子に興奮している。
私はリエルの頬に手を添え、身体をさらにかがめる。金色の前髪を指でかき分けて、火照った熱がある額にそっと唇を落とした。
「ん……」
リエルから小さな息が漏れる。その音が甘く耳に残る。
私はそのまま、眉間へ、頬へと、キスを繋げていく。ひとつひとつ、唇でリエルの輪郭を覚えるように丁寧に、かつ、焦らすように。
首筋に届く頃には、リエルの呼吸が浅くなっていた。吸血鬼の吸血みたいに吸い付くと、身体がびくりと震える。
「……可愛い」
囁くように口にしてから、私はさらにキスの場所を下げていった。
鎖骨に、胸元に、わざと音を立ててキスをする。肌の熱が唇に伝わってきて、リエルの喜びも感じる。
「ぁっ、んぅっ、はあ……」
お腹のあたりに届く頃には、口づけの度にリエルの身体が反応し、喘ぐような声を漏らしていた。
へその下にキスをしたあと、私はゆっくりと顔を離した。
見上げた先で、リエルが息を荒げながら私を見つめている。
潤んだ青い瞳に、紅潮した頬。すっかり出来上がっており、この先の行為への期待に満ちた雌の顔になっていた。
その期待通りに行為を続ける前に、ふと気になった。
今の私はどんな顔をしているのだろうか。リエルのように雌の顔なのか。それとも、雌を求める雄のような顔つきか。
ベッド脇の鏡に視線を動かすと、私の顔はどちらでもなく、粘度のあるような笑みだった。
独占欲を含むドロドロした好きと興奮を相手に向ける顔。
前世の思い出にあたる記憶はほぼ無いが、きっと……いいや、間違いなく前世の私ならしない、悪役令嬢らしくもある顔。
その変化を悪いとは感じない。
なぜなら、そんな今の私を好きでいてくれる人がいる。心も身体も深く求められている。
だから前世の私よりも……リリア・フォルティナになった今の私の方が好き。
転生でなったから仕方ないとか、どう思っても変わらない事実なのでどうでもいいとかではなく、ちゃんと好きになれた。
リエルへの好きだけでなく自分自身への好きを自覚し、胸の奥にあたたかいものが、じんわりと満ちてくる。
──そのせいで余計に高ぶるものがあり、この夜は強めにリエルを攻めつつ、求めてしまった。
「リリア様に全身あますところなく、美味しく食べてもらえて……すっごく気持ちよくて……最高でした!」
まぁ、私もリエルも満足したので良しとした。
リリア様は前の自分より今の自分の方が好きという話を書きたかったので書きました。
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作者として、凄く嬉しかったです。ニヤけたりしていました。
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