23話:悪役令嬢(リリア):あなたへの告白
ターマインを倒した後、捕縛や細かい後処理はアレンに任せた。
私たちは王城に連れて行かれ、今回の件について緘口令が敷かれた。ターマイン一派の計画は戦争の口火になり得るので当然だ。
それから王城で勤めている医者や知見が深い魔術協会の幹部から、治療が必要かどうか調べられた。私とウルスは当たり前だが問題なし。被害者であるリエルはエリクサーで回復済み。疲労感があるだけで同じく問題なし。だが、魔の遺物には不明点が多いので、念のため監視の意味も含めて王城で私たちは三日間休養することになった。
その辺のごたごたのせいでリエルと二人でまともに話しができないまま、次の日になってしまった。
一応、王城に向かう馬車の中で一緒だったが、その時のリエルは疲れとターマインにやらされた浄化とやらでまともに寝ていなかったせいで寝落ちしていた。
別々にされた部屋から出て、リエルがいる部屋を訪れた。
ベッドにいたリエルが目を輝かせて私を見たが、その瞬間、表情が少し暗くなる。私はそっと彼女のそばに腰を下ろした。
「もう平気?」
「はい……」
返事に力がない。リエルは言葉を探すように目を泳がせていたが、やがて口を開いた。
「色々と迷惑かけてしまいました。ごめんなさい」
「あなたは利用されただけよ。気にしないで。それに私の方がリエルに謝らないといけないの。しかも、二つのことで」
「リリア様が?」
不思議そうに首をかしげられた。
「まず一つ目、いなくなったあなたを見つけるために日記を勝手に読んだの。本当にごめんなさい」
リエルは目を丸くしたが、落ち着くように嘆息した。
「バレちゃったんですね、私の気持ち」
「……ええ」
「いいんです。本当はどこかで知って欲しいと思っていました。私は気持ちを口にする勇気がないズルい人なんです」
自嘲するように笑うリエルに対して、諭すように私は告げる。
「二つ目はあなたの気持ちも関わる話よ」
リエルは急に緊張したように顔をこわばらせた。私は覚悟を決めて、言葉を続けた。
「私はリエルから可能性を奪っていたの」
身構えていたリエルは私の言葉が予想外だったようで、呆けるように力が抜けていた。
「どういう意味ですか?」
続きを話したらリエルに嫌われるかもしれないという恐怖が胸を締めつける。
でも、好きな相手に嘘をついたままでいたくない。
私は深く深呼吸する。
「実は──」
私は話した。
転生者であること、前世の知識でリエルが王子の誰かと恋人になれると知っていたこと、自分が破滅したくないからリエルに近づいたこと、なにもかも全て。
「信じられないでしょうけど、全て本当の話。私はリエルが想っていたほど素敵な人間じゃない。ただの身勝手で、つまらなくて、悪い人」
自分のためにリエルと接触して誘導した部分で言えば、私はターマインと同じだ。
「だから……リエルに好きになってもらう資格なんてない。嘘をついて、ごめんなさい」
言ってしまった。
リエルの目が見れない。
覚悟はしていても、リエルに嫌悪感を持たれるのが怖い。失望の色がある瞳を向けられたくない。
「リリア様」
優しい風のような声。
恐る恐る目を向ける。暖かい光を宿した青い瞳が私を見据えていた。
「リリア様には色んな選択肢があったと思います。その中で、私の手を取ってくれて、私と日々を過ごしてくれて、私の青い瞳を綺麗だと言ってくれました。私はリリア様に数え切れないほどの幸せをもらいました」
リエルは胸に手を当てて、静かに続けた。
「私は心から感謝しています。後ろめたいなんて思わないでください。それに、今の話を聞いても私の気持ちは変わりません。私の気持ちは、間違いなく私の意思です。リリア様を心からお慕いしています」
リエルの言葉が、私の胸に柔らかな風のように流れ込んでくる。心の中で何かが溶けるような感覚があった。
リエルは私を見つめながら、静かに続ける。
「私はリリア様が好きです。誰よりも愛しています」
顔が熱くなる。今まで恐れていたことが、まるで無駄だったかのように、すべてがすっと流れ去っていく。リエルの真っ直ぐな想いが、私の心にしっかりと届いた瞬間だった。
私からも、想いを伝えなければならない。
「私も、リエルが……好き。目的があって、あなたに近づいたけれど、一緒に生活をしていく中で私の心はあなたに惹かれていったの。今はどうしようもなく、リエルのことが好きよ」
私の声は震えていたけれど、心の中で溢れ出す想いをしっかりと口にできた。
私の告白を受けて、リエルは──
──前世のインターネットのネタにある、宇宙を背景に呆然とした顔の猫画像みたいな表情になった。
完全にフリーズしている。
あっ、動き出した。
「……ありがとうございます。私の好きとは違う、友達としての好きでしたが今の言葉はすごく嬉しいです」
なんか勘違いされている。ちゃんと訂正しよう。
「同じ意味よ。私は恋愛的な意味でリエルを愛しているわ」
「──────」
またリエルが宇宙に行ってしまった……。
さっきまであった、しっとりした空気が今のやり取りで消えた気がする。
「あぁ、もう」
ベッドに乗り出して、リエルの顔に手を添える。
「えっ、あっあの」
今更動いても、もう遅い。
有無を言わせずに唇を奪う。
「んむぅ!?」
驚くリエルに構わず、キスを続行する。
すると、すぐに受け入れて身をゆだねてきた。
たっぷりキスをしたところで、唇を離す。
「私の気持ちと意味、わかった?」
「わか………りません。もうちょっとしたら、わかるような……」
思わず笑ってしまう。
「欲張り」
私だって、もっとキスしたい。
再び、唇を重ねた。舌も使うさっきよりも深いキス。
重なる水音、深く溶け込むような感覚。
甘い蜜を求めあう。
好きな人と思いが通じ合っている。高まっていく幸福感と共に興奮する。
リエルをもっと感じたくて、身体をより密着させる。
舌と舌を絡め合うキスを続けていたら、リエルが力を込めて私を抱きしめてビクビクと震えた。
この反応は……。
とりあえず、身体を離す。
「もしかしてキスだけで」
「い、いわないでください……」
恥ずかしがっているリエルが可愛らしい。見ているだけで、そそられる。
私は自分の大きな胸を下から支えるように両手で持ち上げる。
「キスの先、したい?」
「したいです!!」
過去イチ声がデカい。返答も私の記憶だと最速。まぁでも流石に。
「ここではダメ。学園に戻ったら……ね」
微笑むと、顔を赤くしながらリエルが頷いてくれた。
次の日、私はアレンからターマイン達の処遇を知らされた。
ターマインは、幼少期に魔の遺物に手を出したことが原因で精神的に狂ったと判断され、軟禁と継続的な精神治療が施されることになった。エリクサーで魔の遺物の影響は解消されたものの、長年にわたる悪影響で崩れた心のバランスは、エリクサーでは回復しなかったようだ。仮に治療が成功しても幽閉は決定事項とのこと。
ターマイン以外の関係者は正気で協力していたため、詳細な情報を引き出した後に処刑されることが決まった。これは罪に対する当然の罰であり、口封じの意味も込められていた。
私は口止め料の代わりとして、処刑は私にやらせて欲しいと頼んだ。アレンはそれを快諾してくれた。これでリエルに手を出した関係者を、自分の手で殺せる。良かった。もちろん、この話はリエルには内緒。
それと、マキウスルートに出てくる学園内にある魔の遺物をアレンに教えて回収してもらった。不穏な展開に繋がりかねないフラグは折っておくに限る。
後は何事もなく、私たちは学園に戻ることができた。




