22話:悪役令嬢(リリア):最後の戦い(後半)
「おおっと、お兄様まで来るとはなぁ」
「まさかと思ったが、本当にターマインなんだな」
アレンの表情に一瞬悲しみが漏れたが、すぐに王子らしい凛々しい顔つきに切り替わる。
「ターマイン……君を拘束する。大人しくしてくれ」
「するわけねぇだろ!」
癇に障ったのか、人狼は私よりアレンたちを優先して駆け出した。
「ゆけ! 我が影身よ!」
やっぱり漆黒の配下たちは『影身』だった。原作ではビジュアルが無かったので、姿を見れたのはちょっと嬉しい。
影身たちは傭兵よりも良い動きをし、短剣と金属糸で人狼と戦って──全員が戦闘不能になった。
うーん……いやまぁ……影身は頑張ってはいたが、人狼の戦闘能力がシンプルに高かった。
後で自分の部隊として利用したいのか、人狼は影身を一人も殺していない。
「ここまでやるとは」
「末弟で、王族なのに生まれながら魔力がなくて……あんたが見下していたボクに自慢の部隊をやられた気分はどうかな? お・に・い・さ・ま!」
コンプレックス丸出しね。魔の遺物に手出しをした根本の理由はここにあるっぽい。
「……君を見下したことなんて一度もないよ」
アレンの言葉は届く気配がない。もう私が動いてもいいでしょ。
「アレン様、あとは私に任せてちょうだい」
「すまない。しかし、無理はしないでくれ」
「無理なことなんて何もないわ」
影身と人狼の戦いを観察して、完全に理解した。
私の方が強い。
調子に乗っている人狼が吠える。
「メインディッシュと行こうかぁ!」
飛びかかってきた人狼を殴り落とす。
地面に落ちた勢いでバウンドして浮いた身体の尻尾を掴み、トンカチで釘を打つように地面に繰り返し打ち付けた。
「おい止め──」
壁に向かってぶん投げる。
飛翔体になった人狼に足で追いつき、首を掴んで勢いよく壁に叩きこんだ。
「アがっ、はぁ!」
壁に人狼の顔を押し付けたまま走り、彼の顔面で壁を削っていく。
「ぐわあああああああ!?」
壁から離し、掴んだまま何度も拳を顔面に叩き込む。
連打された人狼がグッタリしてきたので、魔法で空気圧を手のひらに丸く固めて土手っ腹に押し当て、屋敷に向けて弾き飛ばす。
叫びながら弾丸のように飛んだ人狼は屋敷の壁を突き抜けて土煙で見えなくなった。
これでも影身との戦いで察した人狼の耐久性を超えないように手加減しているから生きているはず。
しばらくすると屋敷の中から、よろめきながらも人狼が姿を現した。
「む…むだな…行為だ……。この身体は……例え身体が千切れようと回復する……!」
確かに傷が徐々に治っており、回復はしている。しかし、一瞬で回復するエリクサーと比べてしまうと治りが遅い。
人狼の足がふらついており、必死の強がりに見える。再生力を超えてしまえば倒せるタイプね。
さっさとケリをつけよう──と動く前に、リエルのことが脳裏に引っかかる。
リエルは彼に怯えていた。彼のせいで怖い目にあったからだ。リエルの手で決着をつけさせた方がトラウマとして残らない気がする。
トラウマを抱える辛さは私にはよくわかる。だからこそ、それだけは避けなければならない。私の分は殴れてスッキリできたし……リエルに締めさせよう。
ウルスとリエルの元へ下がって、ウルスに指示をする。
「ウルス、人狼の動きを止めておいて」
「おうよ!」
ウルスが飛び出してから聞こえてくる打撲音と人狼の悲痛な叫びを他所にリエルと話す。
「あなたが人狼を倒しなさい。やられっぱなしは悔しいでしょう」
「あの……私はリリア様みたいに戦えません」
「同じように戦わなくていい。あなただけの魔法を使うのよ」
リエルの銀の髪飾りを取って手渡す。
「この髪飾りで光の矢を作って射れば人狼は倒せる。恐怖に打ち勝てるわ」
前世の知識で知っている。人狼の弱点は銀の弾丸が定説。矢が弾丸の代わりになる。そして、マキウスルートでは光の魔力で魔の遺物を止めていた。二つを合わせれば間違いなく人狼に勝てる。
「髪飾りが無くなるのはイヤです」
「同じものがあるから、また私が付けてあげる」
髪飾りは魔道具でもあるので予備はある。
「それなら……やってみます」
決意を示し、リエルが呪文を唱える。
「Gold Palm(我が手に黄金の光あれ)」
驚いた。ここで原作『マジカル☆アカデミー Gold Palm』のタイトル回収とは。締めに相応しい魔法ね。
エリクサーでリエルの体力は回復したが気力は万全ではないので、光の弓矢を構えるリエルを後ろから抱きしめて支える。
そういえばと、日記に書かれていた馬術の授業時の記載を思い出す。リエルの背中に胸を必要以上にムギューっと押し付けてみる。
なんだがリエルの気合いの高まりを感じる。本当に私の胸が好きなのね……。
「リエル、しっかり狙いなさい。一撃で決めるのよ」
「はい! これで終わらせます!!」
リエルが矢を放つと同時に、ウルスは素早く動き、死なない程度にボコボコにしていた人狼の体を矢に対して正面に向けさせた。銀を触媒にした光の矢が、正確に人狼の胸に突き刺さる。
人狼がうめき声を上げ、その場に膝をつく。矢が刺さった箇所から体を浸食するかのように光が走る。光は人狼の体毛を削ぎ落とし、異形の姿を徐々に元の人間の姿へと戻していく。
やがて光が収まり、そこに残されたのは、裸で両手をついて息を荒げる痛々しい姿のターマインと、彼の手元に落ちた腕輪の欠片だけだった。
「ボクの力が、こんな……バカな……ボクの夢があああああ!」
慟哭するターマインの声は絶望の色に染まっていた。
こうして、事件は解決した。
破滅フラグは────彼で成立したわね。




