21話:悪役令嬢(リリア):最後の戦い(前半)
まずは情報共有のために、アレンの部屋を訪ねた。
出てきたのはアレン一人だが、部屋にもう一人の気配がある。昨夜は舞踏会の流れから、シロエとお楽しみをしていたのね。
「どうしたんだ? 随分と怖い顔をしているが」
意識していなかったが、私の仄暗い感情が顔に出ていた。
鏡があれば、悪役令嬢らしい顔が見れたに違いない。
「アレン様に伝えておきたいことがあります」
「なにかな?」
「ターマイン様が魔の遺物を持っているかもしれません」
アレンの表情が一瞬硬くなった。しばらく黙って私の顔を見つめていたが、やがて真剣な声で尋ねてきた。
「詳しく聞かせてくれ」
リエルがいなくなった経緯を話し、魔の遺物に関しては私とリエルが受けた影響を伝えた。
「すぐに連絡して私の配下に宝物庫を確認させる。君の読み通りなら、管理人も弟の仲間かもしれない。私の配下に聞き取りもさせるよ」
「確証が無いのに、動いてくれるんですね」
「無いからこそ、確認をするんだ。王族が魔の遺物に手出しをしたなんて、他国がこの国を攻撃する理由になってしまう。早急かつ内密に対処が必要になる。なにより、君には大きな貸しがあるからな」
アレンが私の目の奥を覗くようにジッと見つめる。
「確認した後、魔の遺物の件はどうであれ弟の屋敷に踏み込むよ。人の気持ちを利用してリリア君から大事な人を連れ去ったのは良くない行為だ。身内の過ちは正さないといけない」
「リエルが私にとって大事な人だと……わかるんですか?」
「わかるさ。大切な相手ができた僕には、君の目を見ればよくわかる」
アレンの穏やかな表情と、誠意のある言葉で少しだけ心が軽くなる。
そういえばと、ついでに確認してみる。
「ところで、アレン様はターマイン様から古代の花が咲く花畑について何か聞かされたりしましたか」
「……む? 私のために探していて見つけたら連絡すると言われていたが……弟から何か聞いたのか?」
「そんなところです。あぁ……今のはちょっと気になっただけです。気にしないでください」
アレンはリエルと婚約していないのにエピローグの行動に繋がる布石をしていた。つまり、アレンの殺害を計画していて王位継承権も狙っている。完全に黒ね。
アレンがターマインの屋敷に踏み入ってくれるが、待っているつもりはない。
部屋に戻ってウルスを呼びつけて、動きやすい服装に着替える。
「危険があるかもしれない。それでも着いて来てくれる?」
「アタシはお嬢のメイドだぜ。お嬢が望んでくれるなら行くぜ……どんな所でも、どんな時でもな」
ウルスの言葉に安心感を覚える。ウルスは最も信頼できる存在だ。私とウルスが揃えば何があっても負けない。
「あなたは最高のメイドよ」
私が微笑むと、ウルスは力強い言葉を返してくれた。
「最高のご主人様の専属メイドなんだし、当然だろ」
準備を終えて、ターマインの屋敷まで来た。屋敷の周りは高い壁に囲まれており、正門には頑丈な金属製の扉が取り付けられている。
正門に近づくと、門番の二人が声をかけてきた。
「ご貴族の方ですか? 来客の予定はないはずですが……」
「なにかターマイン様に用があるのでしょうか」
「目的はターマインではないわ。屋敷にいるリエルを迎えに来たのよ」
「リエル……?」
門番の一人が首をかしげる。
ターマインが黒幕だとしても、末端の門番は把握していないのかしら。
黒幕の一味だとしても、彼らには乱暴な真似する必要がないかも。
「あれじゃないか。昨日の馬車にいた間抜けなやつ」
「あー、あのバカそうな女の」
口が悪かったので二人の顎を砕いて気絶させた。
「殺さねーのか?」
「殺しは無しよ。リエルは優しい子だから、自分のために私やウルスが誰かの命を奪ったと知れば悲しんでしまうわ。それに、証人を減らすと後から来るアレンが困るでしょ」
「殺す方が楽なんだが、しょうがねぇなー」
ここからはウルスとは一旦、別行動。
私が正門から入って、ウルスはリスクを排除するために壁を越えさせる。
この程度の高さなら、ウルスはジャンプするなり駆け上がるなり、どうとでもなる。
正門を開ける仕掛けは無視して、大きな門の前で拳を引く。
「派手なノックといきましょうか」
拳を力強く叩きつけると、門は響き渡る衝撃音と共に吹き飛んだ。
堂々と正面から入り、広い空間に出る。
「誰かと思えば、リリアじゃないか」
上から声がしたので、見上げるとバルコニーからターマインが私を見下ろしていた。
「ちょうど君を想っていたよ。どうやって君を屋敷に招待しようかなってね。いやはや、手間が省けたな。正門を火薬で吹き飛ばしたことは許してあげるよ」
憎たらしい顔つきね。あと、流石に素の力で殴り飛ばしたとは考えていないようだ。
「リリアはどこ?」
「彼女なら無事だよ。この通りにね」
彼が軽く手をあげると、彼の部下がリエルを連れてバルコニーに出てきた。逃げられないように捕まえており、首元にはナイフが突きつけられている。
リエルの方は様子がおかしい。リエルの青い瞳にはいつもの輝きが消え失せており、曇り空のよう。声をあげる元気すらなさそうに見える。
「リエルになにをしたの」
返答によってはただじゃおかない。
「なぁに……魔の遺物の影響を色濃く受けて、魔力と体力を消耗しただけさ。こちらとしても利用価値のある彼女を無意味に傷つけたりはしない」
心底バカにした様子で続ける。
「さて、わざわざ彼女を連れてこさせたのは君のためじゃない。彼女に、君が酷い目にあう光景を見せるためだ。そうして、彼女の希望の芽を全て踏み潰す」
ターマインが合図すると、彼の傭兵たちが私の前に現れた。
傭兵たちは私を見て、ニタニタと笑っている。か弱い獲物を見る目だ。
リエルに目を向ける。リエルの口が声を出さずにゆっくりと動き「にげて」と私に伝えてきた。
明らかにつらそうなのに助けを請わず、私を気遣っている。あの状態で、その選択を選ぶ辺りにリエルの優しさを実感する。
「リエル、心配しないで。私は大丈夫よ。あなたのことだって、絶対に助ける」
「面白い発言だなリリア・フォルティナ。よほど現実が見えていない」
「こっちのセリフよ。あと、あなたの目的をそろそろ知りたいのだけど?」
「なぜ教えなければならない……と思ったが、そうだな。冥途の土産に教えてやろう。ボクの目的を」
彼が両手を広げて大仰な振る舞いで語り出す。
「ボクはね、世界で最も偉大な王になりたいんだ。ボクたちの父のようなつまらなくて、名前も憶えていない国民がいるような王じゃあない。いつまでも人々に語られて、いつまでも生き続ける、強き真の王になるのさ。そのために魔の遺物が必要でな」
彼は右腕に嵌めている銀色の腕輪を自慢げに見せつける。
「リエルの光の魔力で魔の遺物を浄化させて仕組みを解析し、浄化用の魔法を産み出す。その魔法で王城に保管されている全ての魔の遺物を浄化し、ボクだけの最強の軍隊を作る。それから、他国に攻め入りボクが全てを征服してみせる。世界中の人々はボクの威光にひれ伏すのさ!」
彼の表情は自尊心に溢れていた。
「リエルへのプロポーズは屋敷に呼ぶだけのためだったの?」
「少し違うな。希望を持たせてから奪い、絶望させるためだ。だが、妻にはする。後で死んでもらうがな。民というのは悲劇の物語が好きだろう? 最愛の人を失った哀しみを背負う王というのも話題性がある」
彼はリエルに目を向けたが、顔には侮蔑の色が見える。
「妻にはするが……彼女と子を成すような行為はしないまま始末するさ。平民の女なんて頼まれても抱きたくないしな。そもそも子供は不要だ。歴史に残るのはボクだけでいい。自分の子供だろうと譲りはしない。魔の遺物には若さを保つ物だってある。ボクがいつまでも支配してやる。みんながボクを認め続けるんだ!」
願望がくだらなさすぎる。こんなにも矮小な人間が全ての黒幕なんて呆れてしまう。
「魔の遺物があるからといって、そう簡単に戦争で勝てるかしら」
「勝てるさ。ボクは長い月日をかけて魔の遺物を研究してきた。時には暴走しない限定的な使用実験もしたさ。あぁそうだ、社交界に来ていた君の母親にも使ってみたな」
お母様の病気はエリクサーで完治したけど、そもそもの原因はわからなかった。まさかターマインの実験のせいだったなんて。
「あなただったのね、お母様や王妃を病気にしたのは……」
「君がエリクサーを作ったせいで、そっちの研究データは不足してしまったがね。余計な真似をしてくれたな。その恨みをついでに晴らさせてもらおう」
「私の方があなたに怒りを抱いているわ。なにもかも、あなたが原因なのね」
原作の私が歪んだきっかけを作ったのもコイツだ。
「さて、長話はここまでにしようか。真実を知れて気兼ねなく死ねるだろう。まずは、部下と楽しむといい」
彼がフッと笑い、傭兵に指示を出す。
「お前たち、その女を好きにしろ。そして殺せ!」
傭兵の一人が私に近づくと下品な笑みを浮かべ、目を細めてこちらを見つめた。
「こんな上玉を好きにできるなんてツイてるな。おい、おとなしくしろよ。優しく可愛がってやるからさぁ」
私に向かって無遠慮に手を伸ばしてきたので、関節がない部分から直角になるように腕を叩き折った。
「は?」
なにが起きたのか理解できてない様子で視線を動かす。遅れてやってきた痛みに声をあげた瞬間に、魔法で突風を起こして壁に叩きつけた。
叩きつけられた衝撃で男の肺から口へと酸素が漏れた音がなり、うめき声をあげて気絶した。
「てめぇ! やりやがったなぁ!」
残った傭兵たちが武器を構え直し、私を取り囲む。
「生意気な手足を切り取ってから、身体を使ってやるぜ!」
傭兵は荒々しく武器を振り上げ、力任せに振り下ろそうとする。動きに繊細さがなく、練度の低さは明らか。
かわすのも面倒なので、まとめて風の魔法で鎧ごと切り裂いた。全員が地に伏したのを確認する。
「このままだと邪魔ね」
軽く手を振って魔法を使い、まだ生きているが動けなくなった全員を壁の方に吹き飛ばして片付ける。
「それで? 私をどうするって?」
ターマインの目は鋭く、憎々しさをたっぷりと含んでにらんでいた。
「ずいぶんと自信があるなと思ったが……お前の強さ……そうか! お前も魔の遺物を使っているな。どうりでリエルをそばに置いて、わざわざ取り戻しに来たわけだ。昔、社交界でお前に魔の遺物を触れさせたのに、変化がなかったのも同じ理由だな。元から影響を受けていたってわけか」
やっぱり、私に魔の遺物を触れさせていたのね。
原作のターマインも実は私に同じことをやっていたのなら、きっかけどころか私が悪役令嬢になるほど心が歪んだのも全てコイツのせいか。嫌な真実ね。
「あなたと一緒にしないでちょうだい。心外だわ」
「今更とぼけてもムダだ。だが、君はここで死ぬがいい!」
彼が手で何か合図を行い…………なにも起きない。
その結果に彼は大きく舌打ちを打ち、不愉快さを露わにした。
「弓兵どもは何をやっている……!」
どうやらウルスが対処してくれたらしい。他に潜ませている兵士や警備兵も無力化されているに違いない。
「もういい、ボクが直々に相手してやろう! ボクが選んだ最強の遺物には敵わない!」
彼は右腕を上にまっすぐに伸ばし、腕輪が太陽光を反射してキラリと輝く。
「これは今朝、ちょうど浄化が終わった魔の遺物ウルフリングだ。ボクが英雄になれる力だ!」
彼が叫び、腕輪が光を放つ。
ターマインの身体が脈動し、変化が始まる。
肥大化し、服はビリビリと音を立てて破れ、体毛が生えそろっていく。
顔も変わっていき、鼻が伸びて歯が尖り、マズルが出来上がっていく。
その変化の様子を、リエルを捕らえているターマインの部下も眺めていた。
「ウルス!」
私が名前を呼ぶと、隙を見せていた部下に赤い流星のような飛び蹴りが一瞬で突き刺さった。鋭い衝撃を受けた相手は声をあげる間もなく、空中に弾け飛ぶように勢いよく吹き飛んだ。
ウルスは倒れそうになるリエルを素早く抱きとめ、バルコニーから躊躇なくジャンプして、私の元に着地した。
リエルを優しく座らせ、楽な体勢を整える。
「これを飲んで」
リエルにエリクサーを飲ませる。
飲み終えた途端にリエルの瞳から曇りが消え、光が戻った。
「リリア様…あの……ごめん、なさい。……こんなことになるなんて」
泣きそうな表情で謝るリエルを、私は静かに宥める。
「いいのよ、リエル。あなたは何も悪くない」
落ち着かせるために微笑んで、リエルを抱きしめる。優しく背中をさすりながら、囁く。
「私たちと帰りましょう」
リエルは少し震えながらも小さく頷いた。
「……はい」
リエルの返事には安堵が感じられた。これでもう大丈夫。
もう終わった感を出していると、重い物が落ちる音がした。
私たちの正面に、人狼と化したターマインが着地していた。人狼の右腕には腕輪がない。変身時に一体化したらしい。
「リエルを取り戻して勝ったつもりか。ボクから逃げられるとでも?」
彼は自信たっぷりにギザギザの歯を見せつける。
「リエルは災難だなぁ。目の前で二人の解体ショーが披露されるんだから」
「ひっ……」
怯えるリエルの頭を撫でる。
「怖がらないで。私はあんな駄犬にやられたりしないわ」
「リリア様……!」
リエルから離れ、身構えると──
「そこまでだ!」
凛とした声が空気を切り裂くように響いた。
私たちがいる場に、アレンと漆黒の衣装を身に纏った配下たちが割って入った。




