19話:第三王子(ターマイン):彼女の希望
ボクは静かに立ち、目の前にいるリエルを見下ろす。
ドレスから儀礼的な服装に着替えさせた彼女は、数時間前から魔法を施した台に縛り付けられて動くことができない。手首と足首に食い込んだ革の帯からは、もう引き抜けないほどの力で締められた跡が浮かび上がっている。
淀んだ光をかろうじて灯している目がボクを見つめたが、無視して部下に話しかける。
「経過はどうだ」
「予想していたより効率が悪いです。魔の遺物の一つ目……ウルフリングの浄化すら終わっていません。このペースでは朝までかかるかと」
「原因はわかっているのか」
「これまでの研究で導き出されている理想的な条件は、若く健康な身体でありながらも心が穢れている光属性の魔力を持つ人間です。その条件を満たせていませんでした。身体には問題がないため、心が闇に沈みきっていないのが原因です」
思わず舌打ちをする。
彼女に希望を持たせた上で、実は希望は無くて騙されただけと教えて絶望させるのが目論見だった。そのために彼女と会った日に魔の遺物を触れさせて心のバランスを崩し、一部の生徒に報酬を与えて動かしストレスをかけさせたというのに。
「解析の方はどうなっている?」
「そちらもまだです。今の彼女を利用した浄化は時間がかかるだけです。ですが、浄化現象を解析し一つの新たな魔法を作る方は、彼女が理想の状態でなければ実現できないと分かりました」
困ったものだ……。彼女が持つ光属性の魔力を利用した魔の遺物の浄化は、身体に負担がかかる。ボクの目的を果たすために必要な魔の遺物を全て浄化させる前に確実に死ぬ。なので、魔の遺物を浄化する現象を解析して専用の浄化魔法を作る必要があった。
浄化魔法が完成すれば光属性の魔石で代用できるようになり、好きなだけ魔の遺物を浄化し、暴走せずに扱える純粋な兵器を大量に用意できる。だというのに、彼女の心にまだ光があるせいで解析が進まない。
長年研究してきた成果が出る直前で、その研究の完成に必要な彼女に足を引っ張られるのは腹立たしい。
「彼女の心を砕くにはどうしたら……」
ふと、彼女がつけている髪飾りが目に入る。部下に服を着替えさせられる際に目が覚めた彼女は「リリア様から貰ったコレだけは取られたくない!」と抵抗してきた。髪飾りの有無は儀礼服に影響がなく、騒がれるのは煩わしいので、そのままにしていた。
「髪飾りが希望の欠片なら目の前で破壊するか? いや、それだと足りない気も……まてよ」
彼女に髪飾りを渡したのはリリア。そして、彼女が想っている相手もリリアだ。浄化中、うめき声をあげる元気があった時は名前を呼んでいた。
彼女の希望はリリアそのものと言える。
「そうだ、彼女の前でリリアを殺せばいい。配下の者たちにでも凌辱させて、最後には死体になる様を見せつければ心の光なぞ消え失せる」
意識が朦朧としているはずの彼女の目が、わずかに動いた。ボクの案が、お気に召したらしい。
「実に良い反応だ。髪飾りには手出しをしないであげよう。そうした方が、希望が消える光景が芸術になるしなぁ」
さてさて……どうやってリリアをボクの屋敷に連れ込もう。明日、ちょっと考えてみるか。




