18話:悪役令嬢(リリア):舞踏会と涙
ターマインのプロポーズイベントから三日後、舞踏会に向けて私はリエルに社交ダンスを教えていた。舞踏会と言うものの、ダンスはあくまで雰囲気作りのためで特に凝ったものではない。だから、教えるのは初心者向けの基本的なステップだ。
「足元を見たらダメよ。姿勢が崩れるわ」
慣れてないから仕方ないとはいえ、手を取って一緒に踊っていると何度もリエルの視線が下がっていた。それでも上達が早く、すぐにダンスを覚えてくれた。
迎えた舞踏会の夜、部屋でウルスに手伝ってもらいドレスに着替える。私が原作通りに紫色のレースドレスで、リエルは青色のフリル袖のドレスだ。原作ではリエルのドレスはピンク色だったが、ある理由で青色の方が似合うからコレを選んだ。
「こんなに立派なドレスが着れるなんて思ってもみませんでした」
「着飾ったリエルもかわいくて、お姫様みたいね」
リエルのふんわりとした雰囲気とドレスの華やかさが見事に調和している。世界で一番かわいいと断言できる。
「リリア様も素敵です。ドレス姿が美しくて芸術の完成形です!」
互いに褒め合って、自然と笑みがこぼれる。私たちは、心からこの瞬間を楽しんでいる。
舞踏会は学園が雇っている召使いが対応しているのでウルスと別れて、リエルと腕を組んで会場に向かった。煌びやかな舞踏会の会場に足を踏み入れると、学園が招いた演奏家たちが音楽を奏でる中で、ドレスを纏った貴族たちが楽しげにしていた。踊る人、会話を楽しむ人、立食を楽しむ人、各々が好きなようにしている。
「リエル、一緒に踊りましょう」
青い瞳が喜びに染まり、元気よく答える。
「はい!」
手を差し出すと、リエルは慎重に手を重ねてきた。伝わる温かさで、心が満たされていく。手のひらに感じる微かな震えが、リエルの緊張を伝えてくる。それがまた愛しく、私は無意識にリエルを引き寄せた。流れる音楽に合わせて、ダンスを始める。
黄金の長髪がシャンデリアの光を受けて輝きながら揺れる一方で、青い瞳は揺らぐことなく私を見つめ続ける。青いドレスがひらひらと舞うリエルの姿が私の情緒を強く揺さぶる。まるで時間がゆっくり流れているように感じる。
この一歩一歩が、私にとってどれほどかけがえのないものか、言葉では表現しきれない。
「リエルに会えて良かった」
絵を描いて、私の心を拾い上げてくれたからだけではない。リエルとの日々が楽しかった。リエルと過ごす穏やかな時間が幸福だった。
だから、リエルがターマインとハッピーエンドを迎えるまでの少ない時間を目一杯楽しみたい。
「私も同じ気持ちです。リリア様がいなければ、今の私はありません」
はにかんだ笑顔が眩しくて、心が掴まれる。
「リリア様と踊れて幸せです」
私は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。私のためにこんなにも素直な気持ちを言葉にしてくれて嬉しい。この踊りが終わるのが、何よりも惜しく感じた。
踊りが終わり、私たちは足を止める。お互いに笑顔を交わし、短いけれど充実した時間を共に過ごしたことを実感する。
「飲み物を取ってきます!」
リエルがいない間、会場内を見渡していたら攻略キャラ達を見つけた。
アレンはシロエと踊って注目を集めている。ヴェインは原作のアイテムショップもとい購買部担当の三つ編み女子生徒と食事をしており、口元をハンカチで拭いてもらっていた。マキウスはメガネ美人の副会長と談笑している。
アレン以外も自分だけのヒロインと恋愛フラグを立てたわけね。攻略キャラは特別好きではないが嫌いでもないから、私の介入でリエルと恋愛フラグが立たずに不幸になる事態に陥っていなくて良かった。
攻略キャラ達が幸せそうで安堵していると、リエルが戻ってきた。しかし、リエルの手にグラスは無く、どこかジメジメとした雰囲気を漂わせている。
「ごめんなさい。問題があってグラスを持ってこれませんでした」
落ち込んだ表情をみるに、原作通りに他の生徒から悪口を言われてしまったか……。このままにはしておけない。
「ついてきて」
手を引いて、外のバルコニーに出た。夜風を全身に受けて、息を大きく吐き出す。
「派手な鳥かごよりも、こっちの方がいいわね」
見上げると、雲一つない星空が煌びやかに広がっている。気分が晴れる光景だが、リエルの表情はまだ陰りを帯びている。
どうしたものか悩んでいると、リエルから質問された。
「どうして……私のドレスに青色を選んだのですか?」
そういえば理由を言っていなかった。青いドレスは舞踏会では見かけないし、ちゃんと伝えておくべきだった。遅くなってしまったが、ハッキリ答えよう。
「あなたの瞳の色に合わせたからよ」
リエルは少し驚いたように目を見開いた。
「リエルの瞳は青空のように澄んでいて、いつまでも見ていたくなる。私の中で最も清らかで美しい色。だから同じ色のドレスを選んだの」
「………あぁ……」
リエルの瞳が星空のように輝きを増し、柔らかな光を宿す。
「リリア様、私は……」
「うん」
「私は……!」
続きは聞けなかった。青い瞳から大粒の雫を流して、泣いてしまったからだ。
涙の理由はわからないが助けになりたくて、包むように抱きしめた。それでも、グスグスと泣き声が収まらない。
じっと抱きしめ続けて、ようやく泣き止んでくれた。
「どうして泣いたのか教えてもらえる?」
「……言えません」
「そう」
無理に聞き出すのは良くない。安心させたくて頭に手をおくと、身体を預けてくれた。何度も髪を梳くように撫でた後、リエルが私から離れた。潤んだ青い瞳には悲しみが垣間見える。
「ごめんなさい、部屋に戻ります。少しだけ、一人にさせてください」
「構わないわ。私は夜風を独り占めしてから戻るわね」
私は一人、月明かりの下で考え込んだ。
リエルの涙の理由がわからない。わかりたいと思った。
リエルが泣くと、心が痛くなる。どうしてそうなるのか。
リエルには笑っていて欲しい。どうしてそう願うのか。
本当はわかっていた。自分が抱いている気持ちから目を背けて、わからない振りをしていた。
「リエルが好きだから……好きになってしまったから……」
口に出したことで、ストンと心に落ちるものがあった。
プレイヤーとして見守ってきて、リリアとしてそばにいて、遂には恋焦がれている。
「受け入れられなくても、ちゃんと想いを伝えよう」
乙女ゲームの主人公であるリエルは同性愛に応えないはず。それでも、大事な気持ちだからこそ後悔したくない。だから、伝えるべきだと決意した。
すぐにでも部屋に行きたくなったが、少し一人になりたいというリエルの意思を尊重する。しばらく時間を置いてから、部屋に戻るとリエルはいなかった。
まだ顔を合わせにくいのかもしれない。先に寝る準備を済ませてベッドに寝転ぶ。リエルがいないベッドの広さと冷たさが嫌だなと思いながら就寝した。
翌日になってもリエルの姿は部屋に無かった。




