15話:悪役令嬢(リリア):私たちの絵
共通ルートの終わりが近くなってきた平日。午後の授業も終わり、部屋でリエルとおやつを食べながら紅茶を飲んでいたが、どうにもリエルの様子がおかしい。そわそわしていて、落ち着きがない。
とりあえず言及せずに見守っていると、席を立って自分の机から何かを取ってきた。決意を感じる力強い目で私を見てきた。
「あの……リリア様に見せたいものがあります!」
「見せたいもの?」
リエルは少し照れくさそうにしながら、手に持っていた何か──画用紙をテーブルに広げる。
目に飛び込んできたのは、私の胸下から上を描いたモノクロの絵だ。微笑んでいる自分の表情が生き生きと描かれている。鏡で見れる自分の表情とは大違いだった。驚きで息を呑む。
「これは……私? でも、どうして……」
「リリア様は絵を描けなくなった理由で、描く時の気持ちと描きたいものが分からなくなったと言いましたよね。それらを少しでも思い出せるように、私が一番に想っている……友達を私の気持ちを乗せて描きました。リリア様のために筆を取りました!」
「私のための絵」
一番に想っているという部分に心が揺り動かされる。リエルが描いた私の絵をじっくりと眺める。
「……線に歪みがあるし、影を使い切れていない。端的に言えば、筆使いが悪い」
「うぐっ!」
ヘタクソとまでは言わないが、芸術作品として一般的な判断をすると技量やらなんやら足りてない。
「上手くはない絵」
「ですよねー……」
ガックリとする姿に哀愁が漂う。
続けて、私のための作品としての感想を伝える。
「でもね、私が好きな絵よ」
目の前の絵は、リエルの想いがこもった作品だということが伝わってくる。私のためだけの愛がある作品。
自分の内側で何かが芽生え始めているのを感じた。
「美術館にあったどんな名画よりも、ずっと、私の心を掴んで離さない。私にとって世界で一番、素敵な絵」
涙が自然にこぼれ、頬を伝っていくのを感じた。心の中が溢れんばかりの感情で満たされていく。リエルが、私のことをここまで考え、描いてくれたことが本当に嬉しかった。絵から伝わる純粋な想いが、私の心を優しく包み込んでくれている。
流れる涙は、喜びと感動の証だった。
「ありがとう、リエル……こんなにも私のことを想ってくれて、嬉しい。本当に、ありがとう」
立ち上がって、リエルを思いきり抱きしめた。リエルの顔を胸元に押し付ける。リエルの温もりが私の中まで染み渡る。リエルの存在が、自分にとって大きくなっているのを実感した。
「リエル…ふふっ…ふふふ……」
私が本来持つ執着心が顔を出す。
腕の中に収まるリエルが欲しくなる。
じっとしているリエルをぎゅーっとしながら、髪に手ぐしをかけて満足しておく。
心を沈めて、どうにか欲は抑える。
リエルを堪能してから解放すると、リエルは顔を赤くしていた。可愛らしくて、また抱きしめてしまいそうになるが自制する。
「画用紙はまだある? 今なら描けそうな気がするから一枚使わせて」
「あっ、はい。多めに買っていたので何枚でもいいですよ」
リエルが画用紙とデッサン用の鉛筆をテーブルに置いてくれた。
「なにを描くんですか?」
「今の私が一番描きたい相手……リエルよ」
リエルの顔に明るい笑顔が広がる。かわいい……。
「じゃあ私は見やすい場所に座りますね」
「待って」
腕を掴んで引き留める。
「私の隣に座って。その方が上手く描けると思うから」
「……はいっ!」
肩が触れ合いそうな距離でリエルが座る。そばにリエルがいると安心できる。
描く対象のリエルを観察する。
手触りが良い金髪の毛先は胸の位置まで伸びている。
いつまでも覗き込みたくなる青い瞳は期待に輝いている。
抱きしめて腕の中で捕らえたくなる身体は私よりも少し小さい。
胸は控えめだがちゃんと存在しており、私に命の音を聞かせてくれた。
鉛筆をグッと握るが、まだ動かさない。見たままを写し取るわけではない。一枚の絵として構成作りのために、まずは心の中でイメージを組み立てる。
「どういう風に描こうかな……」
私の頭の中には、リエルの笑顔や、一緒に過ごした日々の思い出が浮かんでくる。リエルの優しさ、無邪気さ、そして時折見せる真剣な表情。それらを思い出すと、転生してからは線すら引けなかったのが噓みたいにあっさりと手が動き始めた。
鉛筆が画用紙に触れていると、まるで私の感情がそのまま形になっていくようだった。リエルの存在が、私の心を柔らかく、強くしてくれる。
気が付けば、私は描くことに没頭していた。
描いている最中、私の中からどんどん気持ちが溢れ出してくる。
前世で私がどんな気持ちで絵を描いていたのか分かった。
好きなもの、気に入ったものを描きたい。
自分の好きを、心から楽しみたい。
ただ、それだけだった。
──手を止める。時間は、すっかり夕刻前。
「完成ね」
画用紙の上に、リエルそのものと、私からリエルへの愛情を表現できた。
私はリエルの描いてくれた私の表情を意識して、リエルに向かって微笑んだ。
「気に入って貰えると嬉しいけど……」
リエルは言葉を失ったようにしばらく黙り込む。じっと絵を見つめるその表情が、次第にほころんでいく。
「上手く言葉にできませんが私よりも、リリア様が描いた私の方が素敵なくらいに良い絵だと感じます」
「リエルは魅力的なんだから、そんな風に言わないの」
人差し指でリエルの鼻先をくすぐる。
「あうぅ……あっ、ありがとうございます。すっごく嬉しいです」
リエルの顔が赤くなり、嬉しそうに笑顔で喜んでくれた。その表情を見て、私も心が満たされる。
「お礼を言うのは私の方よ。私の心を救ってくれてありがとう」
リエルの姿をジッと見つめる。窓から差し込む夕焼けの光を受けて、表情は柔らかく映えている。金髪はオレンジ色の光を帯び、透き通るような青い瞳は、夕焼けの熱を吸収しているかのように温かい。
隣に座るリエルの腰に腕を回して、身体を少し引き寄せる。
お互いの顔が近くなり、青い瞳に私が映る。
「……ぁ……」
艶があり、美味しそうな唇に意識が向く。
もう先々のことを忘れて、リエルを私のものにしてしまおうか。
リエルが逃げられないように、僅かに腕の力を入れる。
顔を寄せ──ようとしたタイミングで鐘の音が静かな空気を壊した。
夕刻を告げる学園の鐘の音だ。
腰に回してた腕を外して、合わせていた視線も外す。
危ない、欲に従って動くところだった。強引なのは良くない。というか、攻略キャラクターじゃない私には二人でハッピーエンドなんてない。
そもそも乙女ゲーム主人公のリエルからすると、同性は文字通りの対象外だ。仮にそうじゃなくても、保身のためにリエルから選択肢を摘み取っているような私には選ばれる資格も選ぶ資格も無い。
「次の休日は、私たちの絵を飾る額縁を選ばないとね」
「はい、飾る場所も一緒に考えましょう」
メンタル面の癒しを行い好感度を上げて攻略もする恋愛ゲーム主人公の鑑。




