14話:ヒロイン(リエル):美術館で観察して見えたこと
とある休日。リリア様と制服デートで王立美術館の前に来ていた。正確には、いつも通りウルスさんもいたのに、美術館の隣にある大きなイベント会場に行ってしまった。なんでも、不定期でイベント内容が変わるらしく今回は国内の地方料理展だと目を輝かせていた。
私たちも美術館を出たらそちらで食事を取るつもりなので、ウルスさんが先行した形になる。リリア様も気にしてないし、私たち二人で美術館を見てまわることになった。
王立美術館の大きな扉をくぐると、まず感じたのは静寂だった。光属性の魔石が使われている照明の柔らかな光が天井から降り注ぎ、展示室の中はまるで別世界のように神秘的だった。どんな物が待ち受けているのか、期待でワクワクする。
最初は大きな石像たちが私たちを導くように展示されていた。導かれるままに足を運ぶと、細かな装飾がある壺などの調度品や魔物の剝製が展示されており、アレも見たいコレも見たいと目移りした。
広いエリアに出ると、大きなドラゴンを模った作品が空間を支配していた。ドラゴンの全身は金属系の光沢で輝いており、目を引かれて近づくと何かのボタンがあることに気づく。ボタンを押すとドラゴンの首が動いて炎のブレスを空中に吐き出した。あまりの迫力に声も出せずにビックリ。恐怖はなく、胸が躍るような驚きが楽しくて、同時に笑いがこみ上げた。
次に向かったのはトリックアートのコーナー。床に描かれた大穴の前で足を止めると、本当に一歩踏み込んだ途端に落ちてしまいそうで肝が冷える。思わず後ずさりすると、私を見ていたリリア様が笑っていた。リリア様の笑顔を見ると、私も自然に笑顔になる。
「私の中では芸術って絵のイメージでしたけど、色々とあるんですね……」
「だからこそ、見てまわるだけで満足感あるのよね。作品の一つ一つに、よく観察すると感じられる独自の魅力がある。悪くないでしょ?」
「はい! 私一人で出かけていたら来なかったでしょうし、新しい世界を知れて楽しいです」
リリア様と出会ってから、眩しい思い出が積み重なっていく。今日も、私にとって思い出深い日になるのは間違いない。
私たちは絵画コーナーに足を運んだ。多くの絵画に囲まれるコーナー内を一人でグルっと見てからリリア様の元に戻った。私がそばに来ても気づかない程に、リリア様は一枚の絵を眺めていた。その絵に描かれていたのは、顔が無い天使。パッと見だと、なんだか恐ろしい絵に見える。でも、リリア様が私に言ったように、作品をよく観察してみる。
顔が無い天使はどことなく頼りなくて、存在が希薄で、寂しげに見えた。
リリア様の視線は、顔が無い天使が抱える孤独や寂しさを感じ取っているのだろうか。微かな息遣いが聞こえるほど、静寂に包まれた空間の中で、リリア様の表情が徐々に変わっていくのを私は見逃さなかった。リリア様の顔に浮かぶ影は、少し暗い。放っておいたら、どこかに行ってしまいそうな雰囲気がある。
深く考える前にリリア様の手をギュッと掴んでいた。リリア様は流石に気づいて不思議そうにする。
「どうしたの?」
「なんだか、リリア様が消えてしまいそうな気がして……」
私の言葉に少し驚いたように赤い瞳が揺れる。
「……私は消えたりしない。ありがとう、心配してくれて」
リリア様の表情が柔らかくなり、安心したように微笑んでくれた。私はホッと胸を撫で下ろす。
「このまま手をつないで見てまわってもいい? リエルがそばにいると安心するの」
その言葉を聞いた瞬間、晴れやかな気持ちになった。リリア様が私を必要としてくれている事実が、胸の中に温かさをもたらす。
「もちろんです。私もずっと一緒にいたいです」
繋がりを保ったまま、美術館の中を進んでいく。私たちの足音が静かに響き、リリア様と私の心の距離が以前よりも近くなったのがわかる。
時折、リリア様は私の手をしっかり握り直してくれる。この手の繋がりが、心の繋がりにもなっていた。
「色んな種類の展示物がありますが、リリア様はなにが一番好きなんです?」
「一番を選ぶなら絵画ね。昔、絵を描いていたから」
私はその返答に驚いた。リリア様が絵を描いていたなんて、想像もしていなかった。興味が湧いてきて聞き返す。
「今は描いていないんですか?」
「昔と違って、描けなくなったの。描きたいのに……何を描きたいのか、何を想って筆を動かすのか、分からなくなってしまって……」
リリア様の表情が少し曇り、どこか遠くを見るように目を逸らす。声が少し震えていた。内面に何か苦しみがあるのだと感じ、私の胸が痛む。
「絵を描けるようになるのに、私にできることがあったら言ってください。リリア様のためなら、なんだって出来ます」
「頼もしいわね。そうね、何か思いついた時には、お願いね」
そう言ってくれるけど、リリア様はきっと私にお願いはしない。私が頼りないからだけじゃなくて、リリア様が一人で強くあろうとするからだ。それこそ雷雨の夜のように、限界を迎えるまでは一人で立とうとしてしまう人だ。
だから、私から踏み込む。リリア様から言われるのを待つだけの人間にはならない。
「約束です! リリア様のために頑張りますから!」
リリア様が描けなくなったこと、そしてそれをどうにかしたいという私の想いが、一つのアイデアを生む。
美術館から出る前に、買いたいものがあるからと言って物販コーナーに寄った。リリア様には買った物がバレないようにしつつ、画用紙やデッサン用の鉛筆や美術の指南書などを購入した。




