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【完結:百合】フラグ折り悪役令嬢〜乙女ゲー主人公の恋愛フラグを折ったら転生悪役令嬢の私と主人公で百合フラグが立った件〜  作者: シャリ


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14話:悪役令嬢(リリア):美術館と天使と……

 とある休日、イベント回避の制服デートで私たちは王立美術館に来ていた。ここにいるのは私とリエルの二人だけだ。

 王立美術館の隣はイベント会場となっており、一定期間ごとに異なるイベントが開催されている。今は国内の地方料理展が行われており、ウルスはそちらを先に楽しんでいる。ウルスが美術に興味がないのは知っているし、いざとなれば大声で呼べば駆けつけてくれるはずなので、護衛としてすぐそばにいなくても問題ない。


 美術館には様々な芸術品が展示されている。絵画はもちろん、壺や石像などの立体物が並び、ファンタジー世界ならではの魔物の剥製や魔道具を組み込んだ作品も目を引く。芸術について詳しくなくても楽しめる作品も多く、リエルも興味深そうにしていた。

 例えば、大きなドラゴンを模った作品の前でボタンを押したリエルは、ドラゴンの口から勢いよく噴出される火炎に驚き、目を丸くしていた。続いて、トリックアートで地面に大穴が開いているように見える場所では、リエルが腰を引けて後退りする姿が愛らしかった。そういった反応に私も思わず笑みがこぼれる。


「私の中では芸術って絵のイメージでしたけど、色々とあるんですね……」

「だからこそ、見てまわるだけで満足感あるのよね。作品の一つ一つに、よく観察すると感じられる独自の魅力がある。悪くないでしょ?」

「はい! 私一人で出かけていたら来なかったでしょうし、新しい世界を知れて楽しいです」


 子供っぽくニコニコとするリエルを見ていると、連れてきてよかったと思える。


 次に私たちは、定番の絵画コーナーに足を運んだ。多くの作品が並ぶ中で、私は一枚の絵に心を奪われた。それは、顔のない天使の絵。無表情で虚無感が漂い、どこか寂しげな天使の姿が私自身の内面と重なるような気がした。


 私には前世の記憶がある。しかし、『前世の私』が『今の私』とは言いきれない。記憶のほとんどは知識であり、思い出は断片的にしか思い出せない。前世の顔も名前も親も友人も分からない。私という魂の記憶が雷で焼き切れてしまったのか、あるいは逆に、雷で一部の記憶が魂に焼き付いてしまったのか判別がつかないが、どちらにせよ、どこか不足感があるのは事実だ。

 では、『原作の私』として見たらどうだろうか。前世の記憶を思い出すまでは原作の私と完全一致しているはずだろうし、ちゃんと生まれてからの記憶も自覚もある。前世の記憶は、私自身が思い出しただけであり、別人が突然憑依したとか魂の乗っ取りとかではない。しかし、感性や考え方は前世に寄っている。加えて、原作の私が心を崩したきっかけと考えられる母の死は回避している。攻略キャラクターへの執着心も無い。つまり、原作の私は今の私ではない。


 どちらの私を起点にして見ても、半端な存在だ。それを意識すると、世界から異物として排除されるのが正しいのではないかと深く考えこみそうになる。それこそ、この天使に導かれて……。



 ふと、片手に熱を感じた。驚いてそちらを見ると、リエルが私の手をギュッと握っていた。青い瞳が心配そうに私を見つめている。


「どうしたの?」


 リエルは少し戸惑いながら答えた。


「なんだか、リリア様が消えてしまいそうな気がして……」


 私は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。リエルは、『今の私』という存在を大切に思ってくれている。その思いやりの温かさが、私の心にじんわりと広がっていく。


「……私は消えたりしない。ありがとう、心配してくれて」


 リエルの手を軽く握り返し、その柔らかさを感じながら微笑んだ。リエルも安心したように微笑み返してくれる。


「このまま手をつないで見てまわってもいい? リエルがそばにいると安心するの」

「もちろんです。私もずっと一緒にいたいです」


 リエルが嬉しそうに答える。手をつなぎながら、私たちは美術館の展示を楽しむために進んでいく。リエルの手の感触が、私の心を波のない水面のように穏やかにしてくれる。


 前世の記憶を思い出してからの私は、自分や他者や世界に対して距離感のある俯瞰的な視点を取るようになっていた。理由は、この世界がゲームが元になっていることを知り、前世で死を一度体験したせいだ。だから、普通なら苦痛であろうステータスを伸ばすための鍛錬や勉強が苦にならず作業ゲーム感覚で行えた。

 また、ウルスと出会った日に初めて他者の命を奪ったが、こちらも何も感じなかった。同じ理由で、ウルスに聞いて王都の裏通りに潜む悪い人間を二人で捕まえて、エリクサーの効果を確認するために人体実験し、最後に始末しても心は痛まなかった。


 私がこの世界でリエルに近づいたのは、破滅フラグ回避という目的のためだけにすぎなかった。これも俯瞰した視点から来る合理的な判断によるものだ。リエルに対しても『原作の主人公』とだけで認識していた部分がある。


 でも……雷雨の夜に少し変わってしまった。


 震える私を抱きしめてくれた、彼女の熱が。

 聞かせてくれた、彼女の命の音色が。

 私に『リエル』を意識させた。



 展示物を見ながら、リエルと色々な話をする。リエルの純粋な感性と、素直な反応がとても愛おしい。私がどうであれ、リエルと一緒にいることが、私にとって大切だと感じてきている。


「色んな種類の展示物がありますが、リリア様はなにが一番好きなんです?」

「一番を選ぶなら絵画ね。昔、絵を描いていたから」

「今は描いていないんですか?」

「昔と違って、描けなくなったの。描きたいのに……何を描きたいのか、何を想って筆を動かすのか、分からなくなってしまって……」


 昔というのは前世だ。記憶を取り戻してから、何度か描こうかしてみたが、一度も描けなかった。絵筆でも鉛筆でも、絵を描こうとすると何もかも分からなくなり、手が冷たくなって動かなくなる。

 きっと前世の最期に作品を台無しにされて、否定されたように勝手に感じながら終わったせい。だから、転生したが絵描きとしては死んだままだ。

 因みに、ネイルアートに関しては芸術家を雇ってイメージを伝えて指示すれば良かったので問題はなかった。


「絵を描けるようになるのに、私にできることがあったら言ってください。リリア様のためなら、なんだって出来ます」

「頼もしいわね。そうね、何か思いついた時には、お願いね」

「約束です! リリア様のために頑張りますから!」


 私のために行動できると言い切るリエルは、まるで天使のようだ。私を支えようとしてくれる。

 だからこそ、胸がナイフで刺されたように痛くなる。私がリエルを意識しだしてから罪悪感が芽生えている。


 リエルの優しさを向けられるべきなのは私ではない。リエルのそばに立つ人間は、立てる相手は……私ではない。攻略キャラクターの誰かのはずだった。今の状況や関係は、破滅フラグを回避するために私が調整してリエルを誘導させた結果だ。本当ならリエルが相手を好きに選べたのに、私が選ばせなかった。


 まぁ……胸が痛むといっても、別に今更、破滅フラグ回避のための選択や行動を止めたりはしない。


 自分勝手な理由で、リエルという天使から可能性の翼をむしり取っている。

 そんな私は間違いなく……この世界における悪魔だ。

・リエル

名前はガブリエル、アリエルと天使系的なイメージから。


・リリア

名前はリリン、リリスと悪魔系的なイメージから。

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