9話:ヒロイン(リエル):制服デートでドキドキ
横になっていると、身体を揺らされる感触。
頭の中がイマイチ整わないまま、上半身を起こしてみる。
「おはようリエル。……まだ寝てる?」
「んむぅ……」
ゆらゆらとしていたら、両頬にひんやりとした手の感触。
「もう朝よ。起きて」
パン作りのように顔をコネコネされる。
「ううあー…うにゃ、うにゃぅ……」
リリアさまのおててがきもちいい。
リエルはきょうからパンになります。リエルパンです。
「起きないと制服デートできないでしょ」
「おはようございます!」
リエルパンは今日から人間になります。
ウルスさんと三人で軽い朝食を取って、制服に着替える。
前もってリリア様から制服デートに誘われた時は、昇天するかと思った。よく聞いたら制服デートは、恋愛的なデートじゃなくて制服を着て一緒にお出かけって意味だった……残念。でもリリア様とお出かけできるのは嬉しい。
最初は朝市を見に来た。朝から店も客も活気があり、賑わっていた。私が住んでいた町では見覚えがない商品や食料品が色々ある。見ているだけで楽しい。あと、ウルスさんは朝食を食べたばかりなのに買い食いをしていた。よく太らないよね……。
市場を出た後は、リリア様と出逢った噴水広場にやってきた。リリア様とベンチに座って一息つく。
「リエルと会ってからもう一ヶ月以上は経つわね。早いものね」
「毎日が楽しくて本当に時間の流れが早く感じます。リリア様のお陰です」
リリア様と出会ってから、毎日の始まりと終わりが早く感じる。このペースだと、気づけばすぐに卒業の日が来てしまいそう。卒業してリリア様とお別れすることを考えると、胸が締め付けられるように悲しい。時間が、どこかで止まってくれればいいのに。
「フフッ、私もリエルがいてくれるから日々が明るいわ」
リリア様が私の頭を撫でてくれた。撫でられている間、気持ちよさと幸福感で口元が緩んでしまう。もっとさわって欲しい……。
愛しのナデナデタイムが終わってからも余韻に浸る。
……あっ、そうだ! あれを渡すならここがちょうどいい。
「ちょっと待っててください!」
出店の食べ物をモグモグしている最中のウルスさんに駆け寄る。私が言う前に、クッキーが入ったバスケットと水筒をスッと渡された。軽く頭を下げてリリア様の元に戻る。
「リリア様! よかったら召し上がってください!」
リリア様がバスケットの中身をジッと見つめる。
「もしかしてリエルが作ったの?」
「はい! 孤児院にいた頃、よく子供たちのために作っていたクッキーです。普段のお礼がしたくて……昨夜リリア様が寝た後にこっそり作っておいたんです」
昨夜、普段からウルスさんが利用している執事やメイドが使う想定の広い調理室でクッキーを作った。部屋にもキッチンはあるけど、そこで作ると匂いでリリア様を起こしちゃいそうだったし、必要な材料も調理室に全て置いてあったから都合が良かった。
「いただくわ」
リリア様の綺麗な指がクッキーを一つ取って、口に運ぶ。ウルスさんのお菓子より、みすぼらしいかもしれないけれど、リリア様が喜んでくれることを願っていた。
「とっても美味しい」
ホッとすると同時に嬉しくなる。
「本当ですか!? よかった!」
「孤児院の子供たちも喜んでくれたでしょうね。心がこもっているもの」
「えへへ……」
好きって気持ちを込めて作ったクッキーを美味しく食べてもらえて、心がポカポカする。
食べ進めていたリリア様が、ふと気づいたようにつぶやく。
「私ばかり食べてしまっているわね」
「リリア様のためだけに作ったクッキーですから、私のことは気にしないでください」
そう言ったら、リリア様はちょっとだけ考えて、一つのクッキーをつまんで私に差し出した。
「リエル、あなたも食べなさい」
「えっ、でも……」
「遠慮しないで、はい、あーん」
リリア様が優しく微笑みながら、クッキーを私の口元に持ってきた。私は照れながらも、指先に触れないようにそっと口を開ける。
「いただきます……あーん」
しかし、どうしてもリリア様の指先が私の唇に触れてしまい、心臓が高鳴った。
「美味しいものは一人よりも二人で食べた方がもっと美味しい。そうでしょう?」
リリア様の指先の感触がまだ残る中で、私はクッキーを噛み締めた。素朴で馴染みのある味が広がる。
「……はい、すごく美味しいです」
──すごく甘いです。
人が増えてきた噴水広場の賑やかさの一部になって、私たちはクッキーを食べながら会話を楽しんだ。
途中、リリア様の指先が触れた唇をこっそり舐めた。いけないことをしているようでドキドキした。
噴水広場を後にして、少し歩いた場所にあった飲食店で昼食を取った。リリア様が私の分まで払おうとしたのは慌てて止めた。学園内で魔石を売れるから財布には余裕があるし、リリア様に恩を返しきれなくなる。もちろん、今も返し足りてない。
それからは花屋で部屋に飾る花を一緒に選んだり、ウルスさんと雑貨屋で食器や調理器具を見たりした。
また歩いて城下町の賑わいを離れて、私たちは城壁の入り口にたどり着く。太陽は落ちてきて、すっかり夕方。
受付の兵士に入場料金を払って、入り口から長い階段を上って……上って……まだ半分? ゴールが遠い。足が震えそうになりながらも、どうにか城壁の上にたどり着く。
視界いっぱいに広がっている赤とオレンジのグラデーションが織りなす空の下で、沢山の建物や家が夕日から降り注ぐ光を受け止めて輝いていた。
ワクワクした気持ちを抑えきれず、思わず両手を広げてはしゃいでしまう。
「わぁ……すごい!」
リリア様と並んで城壁の端に寄り、王都を見渡す。私の新しい幸せが始まった噴水広場や、幸せな生活を送っている学園が遠くに見えた。
途端にウルスさんがへりの上に飛び乗った。危ない、と思わず声をかけても気にされなかった。
「落ちるほどマヌケじゃねぇって。てーか、この程度の高さなら落ちてもケガしねぇよ」
「この程度……?」
身を乗り出して下を覗く。どう考えても無事に済む高さには見えない。覗いていたらグイっとリリア様に引き寄せられた。
あっ、柔らかい胸の感触。
「そんなに前に出たら危険よ。あとウルスなら大丈夫よ」
「はっ、はい……」
感触を堪能したかったのに、リリア様の身体はすぐに離れてしまった。
あぁ……残念……。
「王都ってこうして見ると、呆れるほどに広いものね」
「私たちが知っているところはちょっとだけですね」
こんなにも広い王都の中で、私が王都に来てすぐにリリア様と出会えたのは奇跡か運命に思える。神様には感謝したい。今から感謝しよう。ありがとうございます!
「今日みたいに、知らない場所に一緒にお出かけしてみる?」
リリア様の言葉に心が弾む。
「ぜひ! リリア様といろんな景色を一緒に見たいです」
いつもの薄くて静かで暖かい微笑みを見せてくれた。城壁の上からの光景よりもずっと、私の心を捕らえては奪っていく、私が好きな表情。
景色を楽しんだ後に階段を下りたら、思っていたよりもきつかった。両膝がガクガクと笑っている。一方で、リリア様もウルスさんも平気そうな顔していた。私が純粋にひ弱だ。もうちょっと体力を付けないとまた一緒に出かける時に困っちゃうかも。どうにか頑張ろう。
リリア様が町馬車を捕まえてくれたので、料金を払って乗り込む。
席は私の左にリリア様が座って、リリア様の対面にウルスさんが座った。馬車が動き出してすぐ、揺れ方がちょうどよくていつの間にか眠っていた。
リリア様に起こされて、気がついたら学園についていた。馬車から降りると、眠気と足の疲れで足元がおぼつかない。
どうにか足を運んでいると、リリア様が私を急に抱きしめてきてビックリする間もなく、お姫様抱っこされた。
「ひゃっ! あわわ……」
「フラフラしていて不安になるから、このまま運ぶわ」
照れと嬉しさとは別に心配が湧いてくる。孤児院で眠った子供をベッドまでお姫様抱っこで運んだことはあるけど、子供の体重でも重くて大変だった。リリア様の方が私よりも少し背が高いとはいえ、同い年の人間をお姫様抱っこするのは負担だと思う。
「あっ、あの、重くないですか…?」
「天使の羽みたいに軽い」
顔が熱くなるような言葉で返された。実際、リリア様はなんてことないように私を抱えたまま歩いている。なにも言えずにいると、すれ違う生徒や離れた位置にいる生徒の視線に気づいた。
「リリア様……みんなに見られてます……」
赤い瞳がジッと私を見つめてから、笑みを浮かべた。
「見せつけているのよ」
「~~~~~ッ!」
口が開くのをなんとか堪える。ギリギリだった。嬌声か悲鳴か叫び声か、なにか出るところだった。口を開けたら声どころか、魂も一緒に飛び出たに違いない。心臓が持たない。
結局、部屋までお姫様抱っこされ続けた。他の人にはいっぱい見られた。
リリア様から、疲労時の入浴は危ないからお風呂は朝に一緒に入りましょうと言われて、コクコクと頷いた。
このままお風呂に直行じゃなくて本当に良かった。今の状態でリリア様とお風呂だったら、もう私が大爆発していた。
興奮して寝れるか不安だったけど、疲労感が強くて私の意識はあっさりと沈み込んだ。