8話:悪役令嬢(リリア):第一王子ルート全フラグ折りRTA
早朝、学園が寝静まっている時間。
リエルを起こさないようにベッドから離れて、音を立てずに制服に着替えて、中庭に踏み入る。まだ薄暗く、早朝の静けさが中庭に包まれている。空気はひんやりと心地よい。
広い庭園にある花園エリア。そこに目的の人物がいた。
念のために観察する。彼女は一人で花の様子を確認し、土をならして葉や枝を整えている。原作通りに花園の手入れをしているようだ。
彼女はシロエ・クローディオ。学園長の娘。父である学園長にお願いをして、本人の意思で学園に入学するずっと前から花園の管理をしている。
原作では第二王子ヴェインのルートと、生徒会長マキウスのルートに登場する名前ありのサブキャラ。
ヴェインのルートでは、百年に一度だけ咲く伝説の花について教えてくれる。ヴェインは伝説の存在を見たい好奇心と第一王子アレンへの誕生日プレゼントのために、リエルと二人で森に行く。
マキウスのルートでは、生徒会による学園の施設確認のイベントで登場する。そのイベントでシロエが学園長の娘であり、生徒から好評の花園の管理をしていることを知れる。
ヴェインとマキウスのルートには登場するのに、アレンルートには未登場。花が好きなアレンとは対面することがない。シロエがアレンルートに出てこない理由は別に言及はされていない。しかし、各ルートを遊んだプレイヤーの大半は「あれ? リエルよりもこの子の方がアレンと相性が良いのでは?」と気づくことになる。
ちゃんと好感度を重ねてイベントをこなして段階を踏まないと恋人になれないリエルよりもシロエをアレンが選んでしまいそうだから出番がなかったと私も考えている。
だからこそ、攻略キャラクターの第一王子アレンの対策に使える人物だ。
しゃがんで作業しているシロエに背中から挨拶をする。
「ごきげんよう」
「ぴゃ!?」
驚いた猫のような反応で飛び上がると、おずおずと振りかえる。
「ごっ、ごきげんよう」
対面した相手を改めて見る。
黒髪ロングで前髪はあえて目に被せている。サラサラとした前髪の隙間からは黒い瞳が見え隠れしていた。
要はメカクレ美少女キャラ。メインではないサブキャラらしい見た目をしている。
「驚かせてごめんなさい」
シロエは作業の手をとめて立ち上がる。
「いえ、大丈夫です。こんなに早い時間に誰かが来るなんて思ってもいなかったけど……」
黒い瞳が、私の姿をじっと捉えていた。シロエの不信感が大きくなる前に、まずは挨拶。
「名乗りが遅れたわね。私はリリア・フォルティナよ」
「シロエ・クローディオです。あなたがオリハルコンとエリクサーを錬金した噂の賢者様ですか」
学園内で賢者様なんて呼ばれた覚えはない。私には聞こえないところで噂されていたらしい。
「賢者なんて大層な人間じゃないわ。気軽に接してちょうだい」
「本人がそう言うなら、まぁ……うん……」
どこか鈍い反応。私への興味が薄れたのか、シロエの意識は作業していた場所に向いていた。
「作業を中断させてごめんなさい。私のことは気にせず続けてね」
「じゃあ、そうする」
シロエは背を向けて手入れを再開した。
今日はこれ以上シロエに踏み込むと嫌われる気がする。焦らずにいこう。アレンが来るまで日数はある。
私は部屋に戻り、ネグリジェに着替えなおしてベッドに潜り込む。リエルの体温で温かいベッドのぬくもりが、朝霜で冷えた身体を包み込む。いっそリエルを抱きしめて寝たら気持ちよさそうだと思いながら意識を落とした。
翌日からも早朝はシロエと少しずつ交流をした。シロエは朝早くから花園の手入れをし続け、私はその静かな時間にそっと顔を出すだけだったが、次第に会話も交わせるようになった。シロエは作業をしながら趣味や花にまつわる小さなエピソードを教えてくれた。
今日は、一つのエピソードを語り終えたシロエは花園の端で新しい花の苗を植えだした。シロエに、私のフラグ折り計画のための提案を行う。
「あなたをお茶会にお招きしたいと思っているの。どうかしら?」
シロエは少し驚いた様子で、苗の植え付けを中断して私に視線を向けた。
「お茶会? うぅん……」
反応は少し戸惑いを含んでいるようだった。学園の中で、シロエはこういった場に招かれることがあまりなかったのかもしれない。しかし、私は引き下がらず、具体的な提案を続ける。
「お茶会では、花をテーマにしたケーキやクッキーを用意するわ。シロエが管理している花園にちなんだお菓子を作って、楽しいひとときを過ごせたらと思っているの」
前髪の奥でシロエの目がわずかに輝いた。興味深げに、私の言葉に耳を傾ける。
「花をテーマにしたお菓子……素敵ね。私、花に関するものが大好きだし」
私の提案がシロエの心に響いたようで、表情が和らいでいった。
「お茶会はいつするの?」
「学園の創立記念日のお昼。花園の休憩スペースで行うわ」
「うん……わかった。楽しみにしておく」
創立記念日は入学式からちょうど一ヶ月後に当たる。つまり、アレン王子が学園に来る日。
前提条件は一番理想的な形でクリア。あとは当日を待つばかり。
◇ ◇ ◇
創立記念日を迎えて昼間。
私とリエルとシロエは花園で同じテーブルについていた。ウルスは相変わらず別のテーブルを用意して一人で使っている。
私たちのテーブル上には、ウルスお手製の花をモチーフにしたお菓子が並んでいた。
バラの花びらが入った甘酸っぱいクッキー。花園にある花の色で作られた虹のエリアをイメージした寒天。様々な花弁を再現したチョコ。はちみつレモンのムースを主軸にしたケーキなどだ。
「リリアのメイドって職人だね。花園の雰囲気に合わせたお菓子で花の魅力もあるし」
お菓子を見て嬉しそうに褒めるシロエ。褒め言葉を聞いたウルスはちょうど口にお菓子を含んでいたので、親指をグッと立てて返事をした。メイドらしさの欠片もない反応だが、シロエは気を悪くすることもなく、お菓子の香りを楽しんでから口に運んでいた。
一方で、リエルの方は普段よりも口数が少ない。ピリッとした雰囲気で、警戒の眼差しでシロエを見ている。
リエルは原作と違って、私の取り巻きと周囲に認識されているので貴族から直接いじめられてはいない。しかし、リエルに対する悪口や嫌悪感のある対応は私以外から何度もされている。そのせいで面識がない貴族のシロエに対して緊張感があるのだろう。
シロエの方はリエルに関しては、私から話を聞いているのと、学園長の娘として例外の入学者を知っている。ただ、興味はないようで特にシロエからリエルに話しかけてもいないし、顔を向けることもない。
マキウスルートなら生徒会のメンバーとして活動していたリエルに学園長の娘として好印象を持っているような会話があったけれど、そういうのもないし仕方がないかも。
ハッキリ言って、お茶会の空気としてはよろしくないが問題はない。お茶会の目的は仲良くなるためじゃないから。
愉快ではないお茶会を続けていると、遠くからキャアキャアと女子生徒の黄色い声が聞こえてきた。アレン王子がお出ましのようだ。
「なにかあったのでしょうか?」
リエルの不思議そうなつぶやきを、私は知らないふりをして拾う。
「みたいね。だけど事件的な騒ぎじゃなさそうね。あとで誰かに聞いてみましょうか」
紅茶を飲んで考える。
原作の通りならアレンは生徒たちにリエルの居場所を聞くはず。花園を含めて中庭は利用者が多いし、私たちがお茶会していることはすぐにわかる。だから間も無くアレンが私たちの元に現れるはすだ。
……あっ、そもそも私がオープニングのイベントフラグを折ったからアレンがリエルをわざわざ探して会いにくる理由もないかもしれない。直前になって、その可能性に気づいた。まぁ、それはそれでアレンとリエルの恋愛フラグが立たないからいいか。
「君たち、ちょっといいかな」
そんなに都合よくいかないか…。
思案していた間に、アレンが私たちの元まで来てしまった。原作通り、アレンはすでに学園の制服は着ていた。
不敬にならないように、心の中でため息をついて立ち上がる。
「ごきげんよう、アレン王子」
シロエとリエルも慌てて立って挨拶をした。
アレンは王の血筋を感じさせる芯のある佇まいで口を開く。
「前回の社交界以来の顔合わせだね。なんて、社交界では直接のやり取りしてなかったから初めましてみたいなものかもしれないな」
「そうですね。フォルティナ家の代表は長女のお姉様でしたから」
原作の私なら心のすき間を埋めたくて、社交界の度にアレンに近寄ったり執着対象の一人にしていただろうが、この世界での私はそんなことはしていない。遠目から観察くらいはしたが。
「お、おうじさま……」
思わぬゲストの登場にリエルは挨拶してからも心がついていけていなかった。顔が緊張でひきつっている。
……少なくとも、一目惚れはしてなさそうね。
「リエル君とは初めてだったね。どうか肩の力を抜いて、ただの生徒の一人として僕に接して欲しい。身分の違いは抜きに生徒同士の交流を心がけること、という学園の決まり事もあるからね」
アレンはそう言って自分の胸に手を当てて、制服姿を強調する。
一応、アレンが説明した学園の決まり事は本当だ。実際は外面のための建前の言葉でしかなくて、平民のリエルとリエル以外の貴族はもちろんのこと、貴族の間でも身分差による態度の違いやマウントはいくらでも起きている。
「はい! がんばります!」
全くもって肩の力が抜けている様子はないが、良い返事ではあった。
これ以上アレンとリエルを会話させたくないし、私の方から話を切り出す。
「それにしても、どうしてこちらへ?」
「僕は今日から学園の生徒にはなったが、学園のことについては詳しくはないんだ。一人で見て回るのもなんだし、せっかくだから学園の案内を一人に頼みたくてね」
原作通りにリエルが指名される前に、計画していた通りにシロエを推薦する。
「でしたら、案内人にはこちらのシロエが適任かと」
「ぅえっ!?」
急に振られて驚いた様子のシロエが、すぐに『なんで私が……』と抗議の視線を私にぶつける。
アレンも顎に手を当てて、困ったように口を開く。
「僕としては案内を頼みたい相手は──」
「ここの花園はシロエが管理しています」
アレンがリエルを指名しなおす前に口を挟む。王族の言葉を遮るなんて不敬な行為だが、アレン本人がただの生徒として接して欲しいと言ったばかりなので問題ない。加えて、すでに私の言葉でアレンの興味がシロエに向いていることが表情に出ている。
「そうなのかい?」
「はい……。私が一人でやっています……」
恐縮したシロエの言葉を私が繋ぐ。
「花を選んで配置を考えたのも、手入れをしているのも、全てシロエです。美しい花園はシロエの功績ですよ」
「ふむ……では、シロエ君にお願いしたいな。いいかな?」
アレンが柔らかくも品のある微笑みを向けると、シロエは顔をほんのり赤くしてコクリと頷いた。
「リリア君、お茶会を中断させてすまない。埋め合わせはいずれするよ」
「気にしないでください。シロエも私たちのことはいいから二人でゆっくりしてね」
「う、うん……」
二人は私たちの元を離れていった。
こうなるように上手く誘導できて安堵する。椅子に座り、紅茶で乾いたのどを潤す。
「私たちはどうしましょうか?」
確認してきたリエルも気疲れした様子。甘味が必要ね。
「お茶会を続けましょう。いつもの三人でね」
微笑んで答えると、リエルも少しホッとしたようで嬉しそうに頷いた。
お茶会の本来の目的は達成された。シロエがアレンと一緒に学園を案内することになり、これでアレンの意識がシロエに集中することは間違いない。
今後もアレンとシロエの仲が進展するように誘導を続けていけば、アレンとリエルの恋愛フラグは立たないはずだ。
翌日、アレンの婚約者がシロエに決まったことが発表された。
まさかの超スピード展開。まるでRTA。
原作のリエルはアレンの婚約者になるまでに好感度を少しずつ上げて色んなイベントを踏まえないといけないのに。まさかシロエに案内をさせるという一手だけで二人がゴールなんて……アレンルートにシロエを出せないわけね。二人きりになってから何があったのかしら。
なんにせよ、アレンとリエルの恋愛フラグが全て折れた。私の目論見通りに進んでいる。
アレンの恋愛フラグ「」
へんじがない…ただのしかばねのようだ…
次回は何があったのか分かる王子視点です。リエル視点はその次になります。