メッセ①
4月1日、無事一次試験で内定を貰った会社に入社。
部長からは「一週間以内に人間ドックを受けるように」と命令された。
「何でだろう…」多少疑問に感じたが、そこまで深く追求はしなかった。
まさか自分の運命が人間ドックによって決められるとは知らずに…。
それから一週間後。部長に「人間ドックの結果を出してほしい」と言われた。
受けた時は何の異常もなかったから何の不安も無くいつも通りに過ごしてきたけれど、人間ドックを受けるにあたって、変に緊張していたせいもあるだろうから、多分どこか変にレントゲン写真に写ったのかも知れないと考えていた。
結果を出してから二週間が経った。そんなある日のこと、部長から呼び出しを喰らった。
「ミスもしてないのに何で呼び出しなんぞ喰らうのだろうか」と思いながら部長室へと重たい足を運んだ。
コンコン。
「失礼します、原谷ですが…今宜しいでしょうか?」
「どうぞ。」
「失礼いたします。」
カチャとドアを開けた。
部長は座っていなく、窓の外の景色を見ながら立っていた。
「おぉ、原谷君か…まぁ、座りたまえ。」
「あ…はい…。」
言葉が続かないままシーンとなった部長室。
こんな空気の中で一体部長は何を話すのだろうかと考えていたら部長から話を切り出した。
「………、この前に受けてもらった人間ドックの結果に少し怪しい点があってな…」
「………へっ?」
「まぁ、そういうリアクションもありだけど…。
原谷君。君、もう一回この点だけ受けてもらえないだろうか…?」
「えぇ、構いませんよ、ヘリウム、あれもう一回やりたいなって思ってたんです(笑)」
「そのノリならいいか、多分大丈夫だろうけど…やはり一人引っかかってるとどうも気になってな…」
「え、一人って…」
「そう。君だけ引っかかってたんだ。受けてくれるよな?」
「はい、もちろんです、皆さんにご迷惑掛けたくありませんから。」
「そうか。それならいいだろう。もう帰っていいぞ。」
「失礼いたしました。」
人間ドックに引っかかっていた点は乳がんの検査の点。結構前に胸に違和感を抱いた記憶は無い事は無かった。そうは言っても当時はまだ高校生になりたてだった時。最初はただの疲労だろうと思っていたが、この検査結果を見てなんだか怖くなってきた。
「乳がん検査また受けないといけないかな…」
ふと本音を吐いた。そしたら憧れの先輩に声をかけられた。
「どうしたんだよ、原谷。そんな深刻な顔しちまって…何か嫌なことでもあったのか?」
「高田先輩…。」
まさか乳がん検査に引っかかったんです…なんて言えやしない。
それは好きな人だからこそ迷惑もかけたくないから。
「な、何でもないですよ…」
嘘をついた。
「じゃあ、その持ってる検査結果の紙何なんだよ?」
驚いた。
「え、あ…いや…これは…その…あの…」
「検査結果、どこか引っかかってたんだろ?どこ引っかかってたんだ?」
「え…」
「同期には見せてただろ?」
「…っ先輩…っ」
落とすつもりなかったのに紙を落としてしまった。
「………乳がん…か…」
「あ、いや、でもまだ何とも言えないです…ただ検査結果に引っかかったってだけであって…」
「ここの病院よく当たるんだって。」
「そんな占いみたいに言わないでくださいよ…」
「いや、占いみたいとか言うけどさ…」
「何ですか?」
「俺もここ入社する前に受けたんだけど、当たったんだよ…」
「……先輩が…ですか?」
「俺じゃないけどな…」
「けど…何ですか?」
「俺の上司が…」
「あ、それ以上はいいですよ、言わなくても平気です。」
「そ…そうか…悪かったな…」
「いいえ…」
「…病院、行くんだろ?」
「はい。今から行かないと明日病院休みですし。」
「そうだ、俺も一緒についていっていいか?」
「へ?!」
「……こんなの…職場で言う事じゃないかもしれないけど…」
「………」
「俺、和葉ちゃんのコト好きだから…」
驚いた。まさか先輩が私のコト…って思ってもみなかったから。
「…っ先輩…っ私も…先輩のコト…」
「和葉…ありがとうな…」
原谷には幼いころから両親と兄弟がいない。小さい頃は祖父母に育てられた。
「…なぁ、和葉。お前の両親って…」
「小さい頃からいなかったんです。祖父母に育てられて、今は皆雲の上の人。」
「…そうか…なんか悪い事聞いちまったな…」
「………。あ、先輩のご家族は…??」
「…俺は、ちゃんと両親はいるっちゃいるんだけど…」
「…どういう意味ですか?」
「離婚してんだ、俺の両親。今は実家に母親だけが暮らしてる。」
「いつくらいですか?」
「…えーと…俺が小5くらいかな。もう少し小さいころに離婚したかったらしいけど。」
「そうなんですか…」
「『もうあの子も小5よ?!離婚なんてキーワード出しても理解できる頃よ。』って言われてさ。」
「ショックでしたよね…?!」
「そりゃね。子供ながらに『あ、父さんじゃなくなるんだ…』って理解してた。」
「なぁ、和葉?親が実際(生きて)居ないのと、(生きて)居るのってどっちが辛いと思う?」
「…難しい質問ですね…。私は実際に居ないから分からないですけど…でも…。」
「でも?」
「でも…もし実際生きてるのに居ないのは寂しいんじゃないかな…って思います。」
「何で?」
「だって、居るんですよ?!それなのに…っ」
「あ、だからといって会えないって訳じゃないんだよ。たまに、本当にたまーに会えるから。」
「養育費とかって…」
「まぁなんとかなってるらしいけどな…」
「そうですか…」
「今は…一人暮らしだよな?」
「今…ってかずっと前から…」
「何年くらい前から?」
「もうかれこれ10年は一人暮らしです。祖母が最期の最期まで居たのは今から10年前ですから。」
「…ちなみに皆はどういった経緯で?」
「祖母から聞かされてたのは、両親は事故死。兄弟は元々いないので一人っ子。祖父は病死…で、祖母も病死…でした。」
「そうか…。」
話をしている間にふと外の景色を見上げたらもう辺りは真っ暗だった。
「へ?!」
「どうした?」
「今何時ですか?」
「えと…18時30過ぎ。」
「夕飯の支度忘れてた…っ」
「…可愛いなぁー…」
「な?!何言うんですか?!」
「俺手伝いに行っていい?」
「え、でも…」
「俺も一人暮らしだし、実は昨日家に帰ってないんだよ。会社で残業してたから。それに…」
「それに…??」
「和葉の家行きたいって思った。」
「本当ですか?まさか…他の目的あって…とか無いですよね?!」
「さぁ?それはどうかなw」
「先輩…。それで、どうするんですか?」
「行っていい?」
「はい!」
和葉の家は会社から2つ目の駅が最寄りの駅。
そこから徒歩1分。
セキュリティーもちゃんとした所に入ってるので安心。
「………。」
「ん?どうしました?」
「いや…ビックリしたよ。まさかここに住んでるなんて…」
先輩の意味深な言葉に「?」を頭に掲げていた。
「あ、俺…ここの5階なんだ…」
「ご、5階ですか?!良いなぁ…私3階ですし…。」
「ここなら安心だもんな。良かったよ。」
「あ、上がったら先輩の家行っていいですか…?」
「もちろん!」
「なぁ、和葉。部屋…てか寝室入りたい…」
まさかのお誘いの言葉。
ここで断ればまだ純粋で居られる。筈。
「断るのか?断んないよな?」
選択肢は二つ。
「じゃあ、和葉。お前の好きな手を俺から奪え。」
「へ?」
「右ならHはアウト。左ならOK。俺の手から見て…だからな。」
男の人とそういう関係を持った事が実際今まで無かった。
でも今はちゃんと彼氏として二人っきりで居る。
家に呼ぶ=そういう関係になる。
和葉の答えは果たして。
「先輩。先輩の左手出して下さい。」
答えはOKを出した。自分にNOの選択肢は消えた。
「いいのか…?俺優しくする自信ねーぞ。」
「それでもいいです。先輩がしてくれるなら…」
そして高田と原谷は結ばれた。