イモムシになった娘
私はカミーユ・ブリュノ・アガット。侯爵位を賜っている貴族だ。
私には亡くなった妻の遺した可愛い息子と娘がいる。
息子は非常に優秀で家を継ぐのが決定している。代を譲るのが楽しみなくらいだ。
しっかり者で慈悲深くもあり、領民たちにとっても愛すべき主となるだろう。
娘はちょっと世間を知らないわがままな子に育ったものの、とても美しく愛らしい。ただ、性格はちょっと直さなければいけないとは思っていた。
「けれどその前に、娘は騒動を起こしてしまった」
大賢人様の子孫であり、狂犬と呼ばれる彼の愛娘であるアニエス嬢に失礼なことをしたらしい。
大賢人様は大層お怒りで、娘はイモムシに変えられた。
一年後には戻るらしいので、大切に大切に手ずから守っている。
魔法で何重にも守りを張り、食物の葉を与え、娘が元に戻る日を待つ。
息子にもことの詳細を伝えたので、優しく愛情深い息子は少し早いが爵位を継いで私の代わりに領地を守ってくれている。おかげで娘に集中できた。
「ああ、どうしてお前がこんな目に遭わねばならないのか」
悪いのは、お前を甘やかし過ぎてしまった私なのに。
だが、アニエス嬢や彼らを恨むつもりはない。
何故なら、明らかに私たち親子の落ち度だから。
むしろ娘を甘やかし過ぎた自分を恨むくらいだ。
だが、一つだけ。
『ただ、覚悟はしておいた方がいいよ』
『イモムシに変えられて一年を過ごした人間が、元の姿に戻れたとして精神まで元通りなわけないよね』
『ま、頑張って』
大賢人様のその言葉には心が折れそうになった。
…それでも、たとえ娘が既に心が壊れていても。
私は娘を助けたい。
「…もう、これでわかっただろう?悪いことはしちゃいけないよ。幼い子供を傷つけるなんて、保護者が怒るのも無理はないだろう?これからは、人間に戻れてももう悪いことはしちゃいけない。わかるよね」
『この一年、そのイモムシによく言って聞かせておけ』
狂犬と呼ばれる彼のその言葉に従って、常々娘に語りかける。
きっと分かってくれているはずだと信じて。
だがしかし…たとえ娘が人間に戻れても、心を癒しても、これから先外に出すことはできないだろう。
何故ならば。
『ちなみに僕はそのイモムシが人間に戻っても近寄ってきたら容赦なく潰すから気をつけてねー』
その大賢人様のお言葉があるから。
娘はもう表には出さず、屋敷で幸せに過ごしてほしい。
「ダメな父親ですまない。せめてこれからは、きっと今度こそお前を守るから」
イモムシになった娘が悲しそうな顔をした、気がした。




