俺の愛おしい存在はいつも手から零れ落ちる
アリスティドの話を聞きながら楽しそうに笑う娘を見て、少し救われた心地になる。
ヴィー…愛おしい婚約者の肖像画を娘に見られた時には、正直少し反応に困った。
娘は面食いらしく、ヴィーの肖像画を見ても「誰?」という疑問より「綺麗」という感想が先行していたから俺としてもその場は助かったのだが…。
娘はその後も、俺にヴィーのことを聞かなかった。代わりに使用人たちに探りを入れていた。
賢い子で助かるが、さすがにこのままも気まずい。
「でさぁ、その代の皇帝がクソ野郎過ぎたから引きずり下ろしちゃった☆」
「なにやってるの?」
「ま、精神攻撃ってやつ。みんなの前で魔法でカツラを剥がして、人前に出るのが恥ずかしくしてやったの」
「本当になにやってるの!?」
アリスティドはこの通り口が軽い。そばに置いておけば、俺の知らないところで勝手に娘に色々喋るだろう。そこに関して俺は知らぬ存ぜぬで通す。
アリスティドには元々娘の魔法の師匠になるよう頼んでいたので、これを機に戻ってこいと声をかけた。
アリスティドに魔法の教育を頼んだのは、娘に平民の血も流れているから。娘はそれ故に他の貴族と比べて魔力が少ない。平民よりはマシだがそれだけだ。根源に接続しても、それは変わらない。
なので、魔法の天才アリスティドに師事したら多少マシだろうという算段だ。魔力の緻密なコントロール、コスパの良い魔法…学ぶべきことはたくさんある。それさえ身につければ貴族連中とも渡り合えるだろう。
心配ない。アリスティドさえそばにいれば、娘はおそらく大丈夫。それでも不安になるのは…。
「…パパ?どうしたの?」
「なんでもない」
「本当?」
「ああ、おいで」
娘をそっと抱きしめる。
そう、不安になるのは娘が愛おしいから。
俺の愛おしい存在はいつも手から零れ落ちる。
ヴィーも、アメデも、俺のそばを離れては死んでいった。
この子がもし離れていこうとしたらどうしよう。
「アニエス。俺のそばを離れるなよ」
「…?うん!」
「いやぁ、親子仲がいいねぇ」
俺は今度こそ、無理矢理縛り上げてでも監禁してでも…この子を離さないだろう。
だから、どうかそばにいてくれ。
俺の手の届く範囲で幸せになって欲しい。
父親として最低の願いだが、娘が手元を離れて死ぬよりマシだ。
ああけど、そんなことをしようとしたら子孫全員猫可愛がりのアリスティドには邪魔されそうだけど。
「パパ。泣かないで」
「は?」
「泣きそうなお顔してる」
「俺は泣かない」
「…前言撤回、泣いてもいいよ」
泣かないと言っているのに、この子は。
まだ小さな娘の優しさに触れて、じんわり心に何かが沁みていく。
…うん。
俺は今度こそ、約束を守る。
娘と共に…健康に幸せに長生きして、ずっと一緒に領地と領民を守っていく。
「泣かないが、そうだな。もう一度ハグしよう」
「うん!ぎゅーっ」
「うんうん。子孫全員可愛いけれど、この二人は見守り甲斐がありそうだ!」
…アリスティドは後でシメよう。




