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七日目 温泉めぐり

前回より間が空いてしまいすみませんでした

真冬ですが、夏を思い出して読んでください

扉を開けると、どこからか鉄のような香りが漂ってくる。ここは朝8時の谷地頭温泉(やちがしらおんせん)。朝早くから地元の人と思われる客で賑わってる。

茶色く錆びた鍵を受付でもらい、それを、更衣室の錆びついたロッカーの鍵穴になんとか入れる。鉄のような香りはより強くなってくる。

更衣室の扉を開け、浴場へ入る。この谷地頭温泉は、鉄分を多く含み、茶褐色の湯が特徴的だ。一度体を洗い、お湯に浸かろうとすると、「段差があります」と大きく書かれている。あまりに鉄分が多くて、水面しか見えないのだ。僕はつま先で地面を確認しながら慎重にお湯の中へと入った。


温泉に入るときの習慣で頭にタオルを乗せて入っていたが、これは失策だった。鉄分を多く含んだ湯気でタオルはみるみる間に匂いが染み込んでいき、お湯が掛かろうものなら、白地に「函館湯本」と書かれたタオルは一瞬にして茶色へと変わる。辺りを見渡せば頭にタオルを乗せている人は僕だけで、皆浴場の端に置いてきている。旅も残り2日。しっかりと体力の充電を行う。


熱々の温泉から上がった僕は一度宿に戻り、身支度を済ませる。身体からは鉄の香りが漂う。ただの思い違いだとは思うが、血行が良くなったような気がする。


ゲストハウスのお父さんに「ありがとうございました」と言い、鍵を受付の箱に入れると、近くの路面電車の駅に向かった。この辺りは観光客は少ないようで、僕以外には近くに住んでいると思われる人が数名いただけだった。


路面電車を途中の末広町で降りると、曇り空の下、少し緊張気味で、ハンバーガーの店に向かう。何故緊張しているのか。実は今朝、谷地頭温泉の写真をSNSに投稿したところ、同い年の女性から、近くにいるのでお会いしませんかとのメッセージが来たのだ。彼女も今朝はハンバーガーを食べる予定だったようなので、一緒に食べることになった。


昨日やきとり弁当を買った店の隣の、ハンバーガーの店の前で待っていると、交差点に一台のベージュ色のカブが来た。新聞配達なんかでよく見る原付なのに、ヘルメットはフルフェイス、荷台にはキャンプ用品のようなものを積んでいて、どこか新鮮さを覚えていると、交差点を曲がったカブはゆっくりとこちらへ向かってきた。

ヘルメットのバイザーをガバっと開けると「山本さんですか!?」と言われた。


店の人に駐輪場の場所を聞くと、「もうこの時間はお客様も少ないので店の前にどうぞ」と言われた。彼女は小さなバイクを自転車のように転がし、店の前に停めた。


注文を済ませて緑色のテーブル席に向かい合って座る。彼女の名前は美姫(みき)。本名もそうなのかは分からないが、SNSでの名前がそうだった。僕と同い年の20歳。転職までの間、数ヶ月空いたとのことで、その間、高知県南国市(なんこくし)から愛車のカブで走っていると、気づいたら函館にいたらしい。肩まで伸びた髪はその旅の長さを物語っているとのこと。


「美姫さんは今日はどちらまで行くんですか」

僕は彼女に聞いた。

「特に予定はないんです。ただの暇つぶしなので、行く場所が無いと言うか...」

ただの暇つぶし。旅の理由なんて人それぞれだとは分かっている。しかし、さすがに僕は笑ってしまう。

「何笑ってるんですか!」

「いやぁ、この旅でいろんな人に会って来ましたが、まさか暇つぶしで高知から北海道まで来てしまうなんて」

「じゃあ山本さんはなんで旅しているんですか?」

そう聞かれると、僕も何故今北海道にいるのか分からない。

「飛行機が空いてたから...かな」

「それ私と同レベルですよ」

二人で笑っていると、ラッキーエッグバーガーがテーブルに届いた。


縦に大きなハンバーガにかぶりつこうとして、結局顎が痛くなって上下半分ずつバランス良く食べることに真剣になっていると、彼女はニヤついた顔で話してきた。

「じゃあ、こんなしょうもない理由で旅している私におすすめの場所はありますか?」

その答えは難しいようで簡単だった。

「稚内とか根室とか、旅行では行かず、旅じゃないと行かないような場所はどうでしょう。自分よりしょうもない理由で旅している人も多いと思いますよ」

「なるほど。遠いな」

「多分美姫さんなら気づいたら宗谷岬にいると思いますよ」

「それは分かる」

どこか天然っぽい会話をしていると、ラッキーエッグバーガーは無くなっていた。

「ではそろそろ出発しましょうか」

「そうですね」

僕たちは席を立ち、店を出ることにした。


彼女はジャケットを羽織り、ヘルメットを装着した。出発の準備が終わると別れの挨拶をする。

「山本さん、またどこかでお会いしましょう」

おそらく二度と会わないことはお互い分かっていての挨拶。

「またどこかで」

僕もそう言う。

「では良い旅を」

小さな白地のナンバープレートに書かれた南国市の文字が輝く。

「お気をつけて!」

そう言うと、エンジンの鼓動は早くなり、その音は遠くへと消えていった。


ここからは歩いて函館駅へと向かう。朝市で賑わうらしい市場はもう落ち着いている様子だった。僕はその様子を横目に函館駅に入る。


これから乗る列車は10時5分発の特急北斗7号札幌行きだ。これから西へはもう向かわずにのんびりと札幌方面へと向かう。今回は途中の大沼公園(おおぬまこうえん)で降りることにする。


路面電車とは違い、特急列車は快適でゆっくりできる。休日も終わった函館本線は人もまばらでゆったりできた。

函館を出発しわずか30分で大沼公園駅に到着した。茶色と黒のタイルの床に木材を組み合わせた天井の駅舎はどこか懐かしいような雰囲気さえ感じさせる。そんな駅を出ると、いくつかの木造の建物が見える。一つはここ七飯町(ななえちょう)のお土産を売っているようだ。


ここから大沼公園までは10分も掛からない。これまでの旅では、駅から何キロも歩く場所ばかりだったので、少し不思議な感覚になる。列車内では少なかった観光客も、徐々に増えてくる。先ほどまで息苦しそうだった太陽は、ようやく元気を取り戻したようだ。


大沼公園に入ると、最初にモーターボートと呼ばれているらしいボートが見える。家族連れやカップルで賑やかだ。僕はその横を一人、公園の奥へと進んでゆく。


公園内はいくつもの小さな島があり、その島々には橋が掛かっている。それらを一周すると1時間近く掛かるらしく、時間を持て余している無職20歳としてはのんびり歩きたいものだ。


とりあえず僕は一番近い千の風モニュメントと呼ばれる場所に行ってみた。誰もが知るあの名曲の誕生の地らしい。湖に浮かぶいくつもの小さな島々の後ろには、それらを眺めるように美しい形をした駒ヶ岳(こまがたけ)が座っている。近くのベンチに腰をかけると、まるで僕も仲間に入れたいのか、心地よい風が吹いてくる。僕もこのまま千の風になりそうだった。


あまりの心地の良さにうっかり僕も曲を書き始めてしまう前に、僕は公園に浮かんでる島々を周ってみることにした。大沼に浮かぶ島たちはどこから見ても美しく、いろんな表情を見せてくれる。また、その島と島を繋ぐ橋も、まっすぐ平坦なものからアーチ状のものまでいろんなものがあった。


島を巡っている途中に、森の中の屋敷のようなものを見つけた。一体何なのだろうと気になり近づいてみると、そこはレストランだった。まだ12時を回っていなかったが、少し早めのランチにすることにした。


湖に浮かぶデッキのテーブルで、スープカレーを食べる。どこからか吹いてくる涼しい風は、スープカレーをより一層美味しくする。


1時間で一周できると書いてあったルートを、のんびり歩いた上にランチまで食べてしまい、結局2時間以上掛けてしまった。公園入り口の近くにある駐車場に停まっている車は、来た時にはいなかったものばかりだ。


入口近くにある店で買ったアイスを食べながら、駅へと戻る。次の札幌方面への列車は30分後の14時ちょうどの北斗11号だ。少し時間があるので、来る時に気になっていた店に入ってみる。

ここ七飯町ではリンゴが名産らしく、リンゴのお菓子やジュースなどを販売していた。また、観光案内所のような役割もあるようで、大沼公園に関するパンフレットが置いてあった。中には詳しく解説されているものもあり、大沼公園へ行く前に寄るべきだったと少し後悔した。


銀色の袋のような容器に入ったリンゴジュースをリュックに詰め、僕は店を出た。


特急列車の心地よい揺れを感じながら、この列車の停車駅を見て次の目的地を考える。列車に乗ってから行き先を考えられるのはフリー切符の良いところだ。よく知らない地名が並ぶ中、一つだけ光を放つ文字があった。登別。駅からは離れているが、駅から温泉までのバスは多いらしい。とりあえずここで降りることにした。


「次は登別です」のアナウンスで目が覚めた。長旅の疲れが出てしまったのか寝てしまっていたらしい。森駅で多くの高校生が降りていったと思ったところまでは覚えている。日差しが眩しく通路側に座っていたが、空を見るとそんな必要も無いようなので窓側の席に移る。


登別に到着すると、列車にこんなに多くの人が乗っていたのかと驚くほどの人が降りていった。アスファルトの上を転がるキャリーバッグの音は、改札口へと向かっていく。


改札を出ると、バスの券売機があった。多くの人はそれに気づいていないようで、僕は人混みを縫うようにしてそちらへ向かった。


駅前のバスターミナルへ行くと、列車に合わせて運行しているのか、バスはすぐにやってきた。都内とは違って後ろから乗るルールはまだ違和感がある。僕よりも先にバス停に並んでいた人も多く、僕はつり革を握ることになった。


温泉地までの道路は、地元松江から山陽へ向かう道のようでどこか懐かしかった。途中、子供の頃に旅番組で見た大きな鬼の像があって少しテンションが上がる。そういえば北海道の道路で見られるという自治体の境界を示すカントリーサインはまだ見られていない。


山の中に突如現れたバスターミナルでバスを降りた。空には厚い雲がかかっており、パラパラと雨が降っている。バス停の近くには無料貸出の傘があったので、ありがたく借りることにした。


登別では地獄谷という場所がすごいらしいので、温泉地をひたすら歩いて、そちらへ向かう。こういった温泉地へは一度家族で玉造温泉という、松江からすぐの場所に行ったことがある。かなり前のことなのでそんなに覚えてはいないが、川を挟んで旅館が並んでいる印象だった。登別温泉は少し違っていて、広い道路があって、そこに旅館や店が並んでいる。玉造温泉のような雰囲気も好きだが、両隣の店を眺めながら歩くことができる登別温泉も変わらないくらい良い。


そんなことを思い出していると、両隣にあった店はいつのまにか無くなり、登別地獄谷駐車場と書かれた場所が見えた。なんとか暗くなる前に来られて良かった。


展望台からは登別地獄谷が広がっていた。赤褐色の崖からは湯気が立ち上っている。本物の地獄へは行ったこともないが、このような場所なのだろうか。僕は地獄谷の中へと続く遊歩道を歩く。


展望台からの景色から一変し、遊歩道からは緑が全く見えなくなった。ここにきてようやく、地獄らしい景色となった。僕もいずれはこんな場所で暮らすことになるのだろうか。できれば天国で暮らしたい。


地獄谷を楽しんだ後は再び温泉街へと戻った。温泉は旅館やホテルの中にあることが一般的のようで、日帰り入浴を歓迎している場所もいくつかあった。どこで入浴しようか迷っていたが、スマホのマップで検索してみると、バス停からすぐの場所に460円で入浴できる場所があるらしい。僕はバス停の方へと向かった。


小さな三角の瓦屋根が印象的な建物ののれんをくぐると、銭湯のような受付カウンターがあった。僕は券売機から”おとな一人”を購入し、受付の人に渡した。「ごゆっくりどうぞ~」と言われ、男湯へと向かった。


体を洗い、いざ大浴場へ入る。登別温泉には多くの泉質があるらしいが、ここでは硫黄泉に入浴することができる。少し高めの温度で柔らかいような泉質なのが心地よい。長旅の疲れもすべて忘れてしまうような時間を過ごした。


温泉から上がると、外の雨は勢いを増していた。受付カウンター近くのバスの時刻表をみると、次のバスまでは30分近くあるようだ。それまでどうしようか悩んでいたところ、受付のほうから「時間までそこのテーブルでゆっくりしていいよ」と言われた。テーブルの方を見ると他にも数名待っている人がいるようで、コーヒー牛乳を飲みながら、他の旅人とバスを待つことにした。


「ありがとうございました」とカウンターへ大きな声で挨拶した後、バス停へ向かう。傘も忘れずに返却した。


ほんのりと温泉の香りがするバスで再び登別駅へと向かう。


登別駅からは18時41分の特急すずらんで札幌へ向かう。札幌にはホテルが多く、宿はすぐに取れるだろうと思い、まだ取っていない。電車の中で探そうと思っている。


登別の次の白老(しらおい)駅につく頃にはさらに雨が強くなってきた。外を歩く人は傘をさしても意味をなしていない様子だ。そして、白老を出発ししばらくするとアナウンスが流れる。

「この先、大雨のためこの列車は苫小牧(とまこまい)止まりとなります。乗車中のお客様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解の程よろしくお願いします」

今日は札幌へは行けなくなってしまった。幸い宿はまだ取っていない。僕は急いで苫小牧の宿を探した。


苫小牧駅では室蘭(むろらん)本線や日高(ひだか)本線、千歳(ちとせ)線など各路線の運行情報がホワイトボードに書き出されていた。普通列車は徐行運転を行っているらしく、その列車に乗車する人、高速バス乗り場へ移動する人など様々である。また移動を諦めて駅前のホテルに宿泊する人もいる。僕もその一人だ。僕は駅近くの店で今日の晩ごはんを買い、大雨の中をビジネスホテルへと走った。


ずぶ濡れの体をホテルの入口で拭いた後、チェックインを済ませた。ホテルの中はどこか安心する。明日の便で帰る予定ではあるが、当日予約のほうが安くなるのでまだチケットを取っていない。新千歳羽田便を見るとまだ空きは多いようだ。日付が変わったときに予約しようとも考えたがその必要はなさそうである。


シャワーを済ませ寝る準備をする。テレビではL字テロップに大雨と交通情報が流れている。明日の新千歳までの電車が運行されるかは分からないが、少なくとも今日はもう動かないらしい。新千歳までは一応路線バスもあるようで、そちらは動いているそう。明日のことは不安だが、いくら考えたところで明日にならないと答えはわからない。明日に備えて今日はもう寝ることにした。

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