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五日目 再び西の町へ

もう秋になってしまいましたが、もうしばらくお付き合いください。

カーテンの隙間(すきま)からの日差しで目が覚めた。壁に掛かっている丸い文字盤を見ると、短い針は2時を指していた。昼まで寝ていたわけでもない。午前の2時である。北海道(ほっかいどう)へ来て5日目なので、このことでもう驚くことはなくなった。昨日は早く寝たので、すっきりした朝を迎えられた。


昨日買っておいたおにぎりを食べ終わると、僕は部屋を出る。既に一人、佐賀県(さがけん)から来たというライダーが起きていたようで、ストーブの前でパンをかじっていた。


「おう、おはよう」

「おはようございます」


僕は歯を磨く。


「夜は寒かったばってん、体調は大丈夫やったね?」

「はい。もう5日目なので慣れました」

「5日って言ったら反時計回りでまわりよるとかな?」

「そうです。まだ北海道には来たばかりなんですか?」

「おう、昨日の朝苫小牧(とまこまい)についたばかりで寒さには慣れとらんとよ。お腹の痛かー」

「寒暖差があるので、体調には気をつけてくださいね」

「そうやな。気をつけんばいかんね」


僕は会話が終わると、外へ向かった。


明るいとは言ってもまだ2時過ぎである。地元の人は当然まだ眠っているので、街は静かだ。人は見当たらない。曇り空の港には大量の鳥が飛んでいるが、それ以外に生き物の姿は見当たらない。まるで世界に自分だけが取り残されたようだった。



僕は港の近くのコンビニが開いているようだったので、コーヒー牛乳とビスケットを買った。久しぶりに人を見たような気がして少し安心する。僕は特にやることがなかったので、少し回り道をして宿に戻った。


さっきのライダーはもう出発したようで、赤いバイクは無くなっていた。今日は日本本土最東端の納沙布岬(のさっぷみさき)に行って、帯広(おびひろ)へ行こうと思っている。長旅で疲れも出てきたので、今日はゆっくりの移動である。納沙布岬までのバスの時間は8時20分なので、あと6時間もあるようだ。ということで宿でのんびり過ごすことにしたのだ。


部屋に戻ると、僕はテーブルに財布を置き、そこにスマホを立てかける。ずっと旅をしていたので、今週のアニメを見られていなかった。なので、さっき買ったコーヒー牛乳とビスケットを食べながら、アニメを見た。


四つほどアニメを見終わった頃、部屋の外で物音がした。あとの二人も起きたらしい。昨日はほとんど話せなかったので、僕はリビングへ行く。


「おはようございます~」

僕は言った。

「おはよう」

二人が返した。

「朝一緒に食べようと思ったけど、その様子はもう食べたみたいやな~」

「はい、早くに食べました。おにぎり二個だけですけどね」

「それならお腹いっぱいになってへんやろ。これ一個食べな」

おじいさんの手にはチョココロネがある。少しかわいい。

「いいんですか、もらって」

「ええよええよ。多めに買ったんやけど、食べれへんから」

「ありがとうございます」


僕たち三人は、丸いストーブを囲って、それぞれの旅の話をした。


「お二人は一緒に旅されてるんですか」

「そういう訳ではないんだけど、京都からのフェリーで仲良くなって、行き先が一緒だったからここまで一緒にきたんよ~。でも、今日の昼からは目的地が変わるからそれまでだよ」

「俺のバイクが高速乗れないから誘うのやめよう思ったんやけど、彼、下道で行くから根室(ねむろ)まで一緒行こう言うてきて、ほんまいい人やで」

「いや~、私が一緒に行きたかっただけですよ~」

僕が稚内(わっかない)で出会った人たちとどこか重なる。

「少年はどんな旅をしているんだい?」

「僕は鉄道で札幌(さっぽろ)から稚内(わっかない)網走(あばしり)を通って、ここに来ました。今日で5日目です」

「鉄道旅もいいな~。私も大学生のとき、鉄道で一周したな~」


そんな話を1時間ほどしていた。


「昨日から少年と話したいと思っていたから、今日はありがとうな」

「いいえいいえ、こちらこそありがとうございます。パンのお返しがなくてすみません」

「それは君が俺くらいの歳になったら、若い旅人にお返ししてくれたらええんやで」

「分かりました。いつかそうします」


ヘルメットを脇に抱えた二人は、バイクに(またが)る。


「またいつか会えたらええな」

「すぐに分かるようにバイクもしっかり覚えておきます」

少し角ばっている赤色の小さなバイクが一台、白と赤のボディーに後ろには緑色の塗装がされているバイクが一台。それぞれ目に焼き付けておく。

「ハンターカブ乗りの、関西人おったらまた声かけてや」

「NSRから京都(きょうと)弁が聞こえたら声かけてね~」

「はい!絶対声かけます!!」


バイクのエンジンが音を立てる。


「それでは、よい旅を!」

僕がそう言うと、二人のライダーが手を挙げて去っていった。


「僕もそろそろ出発するか」


ようやく街の車が動き出した頃、僕は長袖Tシャツを二枚着て動きづらい上半身を動かしながら、根室(ねむろ)駅方面へと向かう。ここからは歩いて10分ほどだ。時々見られるロシア語の書かれた標識を見ながらのんびりと歩く。


駅前バスターミナルに着くと、僕は小さな券売機で往復2180円の切符を買う。根室駅から納沙布岬までの観光バスもあるようだが、事前予約が必要らしい。近くにいた家族連れのお父さんが「俺たちは乗れないみたいだね」と残念がっていた。

納沙布岬へのバスの時刻である8時20分まではあと30分ほどあり、バスターミナルのパンフレットを眺める。最東端到達証明書も置いてあったが、せっかくなので本当の最東端の地でもらおうと思い、今はもらわないでおく。


出発の時間が近づくにつれて、バスターミナル内に人が増えていき、やがて椅子にも座れなくなった。70歳くらいだろうか、大きなリュックを背負ったおばあさんが来たので「どうぞ」と譲ったが、断られた。しばらく気まずそうに空いていた椅子は、やがて若い男性が座った。


「おまたせしました~、納沙布線納沙布岬行きご案内いたしま~す」


ターミナルの椅子に座っていた人たちが一斉に立ち上がった。気づいたときにはできていた列に僕も並ぶ。


ステップを超えると、じんわりとエアコンの暖かい風が感じられる。僕は幸せな気持ちを感じつつ、奥の座席に座る。


ドアが閉まると、バスは窮屈だったターミナルから、広々とした道路へと抜け出した。


バスは市内を巡回していたが、10分ほどで建物はなくなり、まっすぐと果てしなく続く道路を走っていた。その後も小さな集落に停まっては、また走り、それを繰り返した。


以外にも乗客は途中で降りる人が多く、いつの間にか根室駅のときの半分くらいになっていた。心地よい暖房と、眠りを誘う揺れにウトウトしてしまう。


ぼんやりと車窓を眺めていたが、ある程度人は住んでいるようで、数十軒ある集落を何度も見かけた。生活利用者とも思われる乗客も時々見られた。


駅前ターミナルを出発して40分。遠くに真っ白な灯台が見えたと思ったら「次は終点、納沙布岬、納沙布岬でございます」と放送が流れた。宗谷岬(そうやみさき)よりも15分ほど早いからか、あっという間に着いた感覚だ。


扉が開き外へ行くと、風が強くてふらついた。しかし、外は出発した時よりは暖かく感じた。「えび」と書かれた店の反対側を向くと、海が見えた。


帰りのバスまでは50分ほどあるのでゆっくりできる。僕は最東端の地へ向かおうとした。しかし、最東端の碑が3つくらい見当たり、どこが最東端なのかが分からない。地図を見た限りでは、奥に見える白く小さな灯台が最東端のようだ。


僕がイメージする灯台は、高さ100メートルくらいありそうなものだが、この灯台は20メートルくらいに見える。北海道最古の灯台らしく、ヨーロッパを舞台としたアニメに出てきそうな白くて独特な形をしていた。近くにいた女子大生と思われる四人組も、「かわいい~」と言いながら大きなスマホで写真を撮っている。


灯台をじっくりと見学したら、再びバス停の方へと歩く。バスに乗り込むのではなく、バス停横の北方領土(ほっぽうりょうど)資料館へ入る。見学は自由のようだが、僕は受付のおじいさんに声をかける。


「すみません、最東端到達証明書を一枚いいですか?」

「はい、到達証明書ですね。こちらです」

「ありがとうございます」

「東西南北そろえると一枚の賞状になるから、是非残りの場所も集めてくださいね」

「はい!がんばります!」


それから僕は、時間の許す限り館内を見て回ることにした。そこまで広くは無いので、バスの時間までちょうどよさそうだ。


2階建てになっていて、1階は木彫りのシカやウサギ、タヌキなどが展示されていた。北方領土に住んでいる動物ということなのだろうか。それを見ながら2階へと向かう。


2階には北方領土について詳しく解説してあった。北方領土にも自治体が存在することは初めて知った。壁に書かれた北方領土の島々には全く読めない村の名前が書いてある。


また、その地図には写真が貼られており、みんなが幸せそうな顔をしている。そこにはごく普通の生活が写されていた。


館内を一周し終わると、バスの時間まであと5分だったのでバス停へ向かった。バスは既に停まっており、僕は乗り込んだ。車内は暖房が効いており、少し暑い。


帰りも同じ道を走っていく。乗客は六人。駅前ターミナルで観光バスに乗れなかった家族連れのお父さんは「路線バスで行くのも現地の生活が見られていいものだな」と言っていた。僕も宗谷岬に行ったときに同じことを思ったものだ。


不思議なことに帰りのバスはすぐに駅前ターミナルへ到着した。


ここ根室を次に出発する列車は11時3分。時間まであと20分ほどあるが、特にやることはない。ターミナル内になにかないかと見渡すと、ターミナル中央の椅子に、一人見覚えのある人がいた。


「あの、レナさんですか」

僕は人違いだったらどうしようと考えつつ、声をかけた。

「あ、はい。あ、稚内でお会いした(とおる)さんですか!?」

「そうです!まさかまたお会いできるなんて」

「ほ、本当ですね。またいつかとは話していましたが、まさかこんなに早くになるとは」

「これから納沙布岬へ?」

「そ、そうです。四極制覇(しきょくせいは)をしてみたくて」

「そういえば残りは東だけだと言っていましたもんね」

「はい!一応ターミナルで証明書は貰えるんですけど、やっぱりちゃんと最東端で貰いたいので」


それから僕たちはバス出発の時間までおよそ10分、今までの旅の話やこれからのことを話した。


「えーと、それでは私、そろそろバスが来るので」

「そうですね、僕もそろそろ列車が来るので」

「またいつか、話の続きをお聞かせください」

「僕にも聞かせてください」

「それではまた会いましょう」


そして、彼女は乗客の列へと消えていった。


僕は駅へと向かう。こちらも、もうすぐ列車の時間である。


駅には既に元気なエンジン音を響かせた2両のキハ40が停まっていた。僕は列車に乗り込む。


今日も曇り空の中、花咲線(はなさきせん)を走り抜けてゆく。昨日も乗ったのだが、美しい景色は何度見ても美しい。中々来られない場所なので、これが人生で最後だと思い、釧路(くしろ)までの約2時間、景色を目に焼き付けながら過ごした。


釧路駅で一度改札を出た。急いでコンビニへ向かい、唐揚げ弁当と缶コーヒーを買った。そして僕は再び改札を通り、今度は特急おおぞら8号札幌(さっぽろ)行きに乗り込んだ。


相変わらず山の中を駆け抜ける特急列車の中で僕はスマホを開いた。帯広には4000円ちょっとのビジネスホテルがいくつかある。僕は電話をかける為、デッキに移動する。ガタガタと音が響く中、スマホのスピーカーを耳に押し当てて電話をする。


それから3回ほど0155から始まる電話番号に掛けて、ようやく予約が取れた。少し高くはなったが5000円で済んだ。とりあえず今日のところは安心なので、自由席の座席を探し、座った。


今日は休日なので、乗客はそれなりに多かった。隣にはまだ誰も座っていないので、今のうちにご飯を食べる。この唐揚げ弁当は東京でも買うことができ、仕事が終わって食べていたのだが、その時よりもなぜか何十倍もおいしかった。


ところで、そろそろ旅も折り返しなので帰りのことも考えなければいけない。羽田(はねだ)空港行きの便を見ると、休日はもう埋まっているものの、平日であれば当日でも空きはありそうだ。飛行機は25歳以下であれば、当日の予約で割引が適用される。おそらく2万円も掛からないで東京へ帰られるだろう。この切符が切れるのは平日なので、僕は当日空きがあることを祈り、まだ帰りの便は取らないことにした。


帯広まではあと1時間。山や海岸線を眺めるのもさすがに飽きてきたので、僕はライトノベルを読むことにした。残りのページも少なくなってきたことが、この旅の長さを感じさせる。


「まもなく、帯広、帯広です」


50ページほど進んだところでアナウンスが流れた。僕はゴミを袋に詰め込んで、ドアへと向かう。帯広で降りる人はこの車両だけでも10人くらいいるようだ。隣の3号車から同じタイミングで来た人と「どうぞどうぞ」と言い合った結果、僕が先に降りることになった。


時刻は15時30分。チェックインはもうできるらしいので、デパートの横を抜けてビジネスホテルへと向かった。

淡い緑色で目立つホテルはすぐに見つかった。


「予約していた山本(やまもと)です」

「はい!山本様ですね〜」


元気に迎えてくれて、鍵を渡された。


「お部屋は階段登られて左側です。ごゆっくりどうぞ〜」


僕は階段を登り、鍵の番号と同じ部屋を探し、鍵を開けた。久しぶりのビジネスホテルなので、つい勢いよく回してしまう。


部屋の中はどうでしょう。なんと!角部屋で外の景色がよく見える!エアコン完備!大浴場つき!これが5000円で良いんですか!?

久しぶりのビジネスホテルにテンションが上がった。


外はまだ明るく、暇である。僕はすぐにリュックを床に放り投げ、スマホと財布だけ取り出し、ホテルの外に行く。


帯広の駅前には大きなショッピングモールがある。ホテルからは徒歩5分。僕は食料品ともうすぐ本を読み終わるので、また何か本を買おうと思っている。


食料品は最後に買うとして、とりあえず書店のある4階へ向かう。ベルトコンベアのような変わったエスカレーターから下の階を眺める。婦人服が多い印象だ。


4階に到着すると、すぐに書店は見えた。恋愛系の本も良いのだが、せっかくなので旅行記のようなものを読みたい。しかし旅行を題材にした小説は少なく、なかなか見つからない。目に見えるものほとんどが恋愛系である。それでも僕は背表紙をひとつひとつ見ていく。そして、それらしき本を二冊見つけた。そのうちの一冊は北海道が舞台のようだ。僕は、本棚から本を取り出した。


その後、とくに探している本があるわけでも無かったが、30分ほど店内を回り、レジに向かった。


「お会計637円ですね~」


僕は財布から657円取り出す。


その間に店員が手際よくブックカバーを付ける。


「657円お預かりしま~す。」

「お釣りとレシートです。ありがとうございました~」


僕は聞き馴染みのない書店の名前が入った袋を持って、休日のショッピングモール内を回った。楽しそうに話すカップル、子供服を見て回る主婦、「帰りたくない」と叫ぶ子供の声。そこには帯広の日常があった。


1時間ほどぶらぶらして、最後に1階の食品売り場へ行く。ちょうど店員が3割引のシールを貼って回っていたので、目当てののり弁にシールが貼られるまで近くをうろうろしていた。十勝地方だからなのか野菜が安い。

しばらくすると、目当ての弁当にシールが貼られたので、すぐに弁当を取りに行った。さらに、明日朝のおにぎりを取りに行く。更にお菓子コーナーに向かう。今夜はホテルでゆっくりできるので、おかしでも買ってゆっくりしようと思っている。ご当地のお菓子でもないかなと思ったが、東京の店とあまり変わらなかった。僕は100円のお菓子を2つ手に取り、レジへと向かう。


レジ袋を手に下げ、ホテルまで歩く。まだ外は明るいようだ。


時刻は18時前。まだ早いが、大浴場へ行くことにした。さっきもらったレジ袋に着替えを入れて、1階の大浴場へ入った。まだこの時間に入る人はいないらしく、脱衣所のかごは全部空だった。


僕は手前から2つ目のかごに服を入れて、ドアを開ける。湯をはったばかりなのか、空気は冷たかった。僕はシャワーを浴び、湯船に浸かった。気持ち良い。ゆっくりと足を伸ばして入った風呂はいつ振ぶりだろう。アパートの風呂は小さくて浸かろうとも思わないので本当に久しぶりだった。


1時間ほど浸かってしまい、このまま寝てしまいそうになったので、風呂から上がることにした。


この時間になると、お客さんも増えてきたようで、ロビーでは子供が2人、お母さんの足元で追いかけっ子をしている。

こんなとき助けてあげたくなるが、それはそれで「誰この人」となるのでやめておく。


部屋に戻ると、ご飯やお菓子を食べながらテレビを見たりスマホをいじったりと家にいるときと変わらないような時間を過ごしていると、夜の10時になっていた。長旅で疲れていて、あと2日残っていることもあり、今日はもう寝ることにした。それに東の方は朝が早いから。


五日も旅をしていると、旅をしていることが日常のような感覚になり、明日へのワクワクは無くなってきた。それでも明日には自分の知らない世界が待っているのだろう。そんなことを考えつつそのまま目を閉じた。

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