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三日目 そして旅は続く

3日目の朝は朝5時に目が覚めた。半袖で寝ていたが、寒さで起きてしまった。それと日の出が早いのも原因だろう。しかし、目を開けるとワンルームのアパートではないことには慣れない。


近くのコンビニはまだ開いていないようで、ロールカーテンは下がったままである。コンビニというと普通は24時間開いているものだと思われがちだが、ローカルチェーンのコンビニでは夜はしっかり休むことが多い。松江(まつえ)にもそんなコンビニはあったので、疑問には思わなかった。スマホで開店時間を調べると、朝の6時のようだ。それまでに長袖に着替え、出発の準備をした。


またホテルに戻ってくるのも面倒だったので、チェックアウトしてホテルを出ることにした。


受付は昨日と同じおばあちゃんだった。

「これからどこへ?」

宗谷岬(そうやみさき)に行った後、網走(あばしり)方面へ行こうと思います。今日中にたどり着けるのかは分かりませんが」

「それはまた遠くへ行くね。一日中汽車(きしゃ)に乗るのであれば行くことはできるよ。大変だけど」

「そうですか。まぁ、行けるところまで行ってきます」

「そうかい。宗谷岬までは駅にあるバスの窓口で買ったほうが安いからそこで買うといいよ」

「それは良いことを聞きました。今回はいろいろと教えてくださってありがとうございます。」

「いいえいいえ。それではよいご旅行を」

「はい!」


そして、僕はホテルを出て、コンビニへ向かった。


オープン直後の店内は、大きなリュックを背負った人、一眼レフを持った人など、これから旅に向かうであろう人たちで賑わっていた。


今日はポテトサラダとクリーミーカルボナーラ、お茶を購入した。合計で358円。東京のコンビニでは考えられないほどの破格である。


僕は稚内(わっかない)駅まで歩き、駅から少し離れた場所にあるベンチに座り、ご飯を食べる。このコンビニのパスタシリーズはこれで3つ目だが、どれもおいしい。あと4種類あるので全て食べたいと思っている。


ご飯を食べたところで、僕は堤防のほうへ向かった。なんかすごい防波堤(ぼうはてい)があるらしい。歩いてすぐらしいので行くことにしたのだ。


3分も歩いただろうか。そこには円を四分の一にした形のコンクリートの建物があった。それがトンネルのように数百メートルは続いている。奥からは「カタン、カタン」と聞こえてくるが、その正体はスケボー少年だった。

近くにあった説明によると、昔はここまで鉄道が来ていて、海外からの船と連絡していたらしい。つまりは昔はここが日本最北端の駅だったってことか。


しばらく防波堤を散歩した後、僕は宗谷岬までの切符を買いに行く。稚内駅併設のバス会社の窓口へと向かった。

「すいませ~ん」

「はい!」

「宗谷岬までの往復切符は購入できますか?」

「はい!こちらですね。2560円になります」

そして僕は日本最北端「宗谷岬」到達記念とかかれた切符を受け取った。

「乗り場は自動ドア出られまして左手1番のりばです」

そう言われたがバスの出発まで時間があったので反対方向へと向かった。少し気まずい。

稚内駅は思っていたよりも充実しており、お土産屋やコンビニはもちろん、映画館まである。


駅のロビーでだらだらしていると、バスの出発まであと15分になった。僕は駅前バスターミナル1番のりばへ向かい、列に並んだ。列がいくつかあり、迷ったが、いかにも青春18きっぷで旅していそうな人が並んでいた列があったので、すぐに分かった。


5分くらいすると、昨日列車で話していたユキさんが現れた。

「お待たせしました」

「あっ、いや、大丈夫です」

「一旦後ろに並びましょうか」

そう二人で話すと、後ろにいた男性は

「大丈夫ですよ」

と言ってきた。

「あ、すみません」

と僕は言う。


「そういえば、ユキさん、往復の切符を先に買ったほうが安くなるらしいですよ!」

「そうなんですか。でも私はそのままバスで音威子府(おといねっぷ)まで乗るので大丈夫です。ありがとうございます」


ユキさんがそう言うと、近くにいた人たちが一斉にこっちを見た。これから乗るバスは、稚内から宗谷岬を経由して終点音威子府まで続く。終点までは約170キロメートルあり、5時間近く掛かるらしい。なので、普通は一度稚内駅まで戻り、特急列車で旭川へ向かうのだ。しかし彼女は、()えてそんなバスで行くのだから驚かれるのも無理はない。


そう話していると、赤いラインの入ったバスがやってきた。

「お待たせしました~、宗谷岬、浜頓別(はまとんべつ)方面音威子府行で~す。宗谷岬へお越しの方はご乗車ください」

日本語なのか疑わしい地名が並ぶ。しかし、このバスは確かに170キロ先の音威子府まで行くようだ。


バスの中は大きなリュックを背負った旅人たちでにぎやかになる。それでも、生活利用者の邪魔にならないよう奥に詰める。僕とユキさんも後方の座席に座った。そして自然と車内後方には旅人の輪ができた。


それからしばらくは稚内の街を走ってゆく。こう見ると稚内市は栄えているなと改めて思う。片側二車線の道路脇には飲食店や家電量販店、パチンコなどの店が並んでいた。一見本州と変わらない町並みだが、道路の上に並ぶ赤い矢印が、ここが北海道であることを思い出させる。


「ところで山本(やまもと)さんはどちらから?」

気まずくなったのか、ユキさんが話しかけてきた。

「僕は東京(とうきょう)です。と言っても二年前に島根(しまね)から引っ越したばかりなので、詳しくはありません」

「島根ですか、私は山口(やまぐち)県の下関(しものせき)なので一度家族で行ったことがあります。もう十年以上前にはなりますが」

「けっこう近いですね!僕も下関は唐戸市場(からといちば)に行ったことがあります。好きな魚をご飯に乗せていくのが楽しかった記憶です」

「子供の頃はいつもいっぱい乗せてました。結局食べきれないんですよね」

「分かります!それで怒られるんですよ~」


お互いの地元トークで盛り上がっていると、窓の外は家一軒見当たらないような景色になっていた。


「お二人は大学生っすか?」

見ると、歳が近そうな男女二人が話しかけてきた。

「いいえ、僕は社会人ですが、年齢は20歳です。彼女は大学生です」

「そっすか、俺たちは二十二歳で、大学四年生です。稚内駅で初めて喋って、ちょうど同い年だったんっす」

「僕たちも昨日稚内までの列車の中で知り合いました」

そして僕たちはお互いのSNSを教えあった。男性の方は石川県(いしかわけん)小松市(こまつし)から来たAyuさん、女性の方は福井県(ふくいけん)敦賀市(つるがし)から来たレナさんだ。

「お二人はよく旅行されてるんですか?」

ユキさんが聞いた。

「俺は暇さえあればどこにでも行きます。こんな時間があるのも学生の今だけっすから」

「わ、私は気が向いたら行く程度です。は、半年に一回くらいですかね」

半年に一回でも多い方だと思う。

「こんなに遊べられるのも今のうちだけですよ。社会人を経験した僕が保証します」

僕がそう言うと、レナさんが喋った。

「そ、そうか、こんなことができるのもあと半年なんですよね」

彼女はどこか悲しそうにこう言った。


「まもなく、宗谷岬です。帰りのバスは11時14分の発車です」


僕は、切符を切り取って運転手に渡した。

バスを降りると、テレビでよく見る三角のランドマークがあった。バスから降りてきた人みんながその方向へ向かう。

「日本最北端の地」と書かれたランドマークの前には列ができていた。僕たちもそこに並ぶ。それにしても、旅が好きな人はこういうところへ来ても「最北端だー」なんて叫んで喜ぶものではないのだろうか。そう思ってユキさんの方を見てみると、彼女は目を輝かせていた。


「写真誰から行きます?俺、三人撮るんで」

とAyuさんが言った。

「そうですね、そのほうが早く回りそうですね」

ユキさんがそう言った。すると

「あ、あの、ここで出会えたのもなにかの縁と思うので、四人で写真撮るのはどうでしょう」

レナさんが大きな声で言った。

「あっ、すみません、やっぱり大丈夫です」

「いいじゃないですか!みんなで撮りましょうよ!!」

ユキさんが賛成した。

「みんなもいいよね!」

「僕もみんなで撮りたいです」

「もちろん、日本の最北端で出会った仲間だぜ、レナさんナイス!」

すぐにAyuさんが後ろのライダーに話しかける。

「すみません、写真お願いしていいっすか?」


そして、「日本最北端の地」と書かれた石碑(せきひ)の後ろに四人並ぶ。


「じゃ、シャッター押しますね~」


Ayuさんの一眼レフのシャッター音が鳴った。


それから僕たちはお土産を買ったり、散歩したりと時間を潰した。


「あっ、そうだ。最後に行かないといけない場所が」

Ayuさんがそう言って、展望台の方まで行く。僕たちもそれに続く。

「到達証明書ください」

受付の人にそう言うと、賞状が渡された。

「あ、これか~」

レナさんがそう言い、受け取りに行く。僕も記念にもらっておくことにした。

「そういえばユキさん、これで全部って言ってませんでした?」

「そうなんです!これで東西南北揃うんです!!」

彼女は目を輝かせて残りの三枚を取り出した。

そして、四枚を繋げる。すると、一つの賞状が完成した。


「あなたは、日本本土の東西南北の最果ての地を、すべて踏破されました。これを記念して、証明書を贈呈いたします。」


「す、すごい、俺まだ二枚しか持っていない」

「私あと最東端が残ってる」


賞状を見ると、日付を書くところがある。僕は受付からペンをもらってきた。

「あの、せっかくなので日付書きませんか?今書いたほうがなんとなくいいかなって」

ユキさんは「はい!」といって、日付を書いた。一文字ずつ丁寧にゆっくりと。


「バスの時間まであと10分なので、そろそろ行きましょうか」

Ayuさんが言う。

「そうですね、乗り遅れると大変ですし、早めに行きましょう」

そして四人でバス停へ向かう。

「あれ、ユキさんは並ばないんっすか?」

「あの、私このままバスで音威子府方面へ行くので」

「さすがユキさん、またどこかで会えるといいっすね」

「ええ、次は最南端ですか?」


そして、稚内駅前ターミナル行と書かれたバスがやってくる。


「それではまたどこかで」

僕は言う。

「はい!」

ユキさんが返事をする。

「では、よい旅を!」

「よい旅を~」

そして、ブザーとともにバスの扉が閉まった。


昨日出会ったばかりなのにすっかり友達のようになっていたので、別れは寂しかった。2人も同じ気持ちだったのだろう、少し寂しそうだ。Ayuさんは4人で写った写真をずっと見ていた。


「お二人はこれからどこへ?」

なんとなく気まずくなり、僕は口を開いた。

「俺は明日まで稚内にいます」

「わ、私もです。ノシャップ岬まで行こうと思ってます」

「僕はこのあと13時の列車で旭川へ向かいます。僕も今日までです」

「これからも旅を続けるんでしょう?それならまたどこかで会えるさ。明後日くらいに釧路あたりで会うかもしれないっすよ」

「そ、そうですよ!帰りの空港でまた四人会うかもしれませんよ!」

「それに、お互いの地元に遊びに行けばいいんっすよ。下関には海鮮がある、敦賀には赤レンガ倉庫がある、小松には日本一の自動車博物館があるんっすよ。」

「そうですね、僕の住んでいる東京にも遊びに来てください。あまりいい場所ではないですが...」

「なに、東京には秋葉原(あきはばら)があるじゃないっすか。」

「あら、Ayuさん意外とオタク」

「うるせー」


こんな調子で三人を乗せたバスは稚内駅へと到着した。


「この稚内の町もあと1時間か~」

昨日までは知らなかったこの町でたくさんの人と出会い、たくさんの思い出ができた。

「もう、この町でやり残したことはないですか?」

レナさんが聞く。

「ん~、僕は大丈夫です。逆になにかありませんか?」

「そ、そうですね、最後にみんなで、稚内駅前で写真を撮りたいです」

「おっ、いいっすね。ユキさんがいないのは残念だけど、三人の思い出ってことで撮りましょ」

「僕も賛成です」

そして、Ayuさんが近くにいた家族連れのお父さんに声を掛ける。このコミュニケーション能力は羨ましい。


僕たちは黄色い車止めと日付の入った看板の間に並んだ。


「写真撮りまーす、はい、チーズ」


特急サロベツ4号の改札が始まった。北海道フリーパスと2枚の指定券を持って僕はホームへと向かう。Ayuさんとレナさんも入場券を購入してホームまで来てくれた。


「た、楽しい思い出をありがとうございました。敦賀にも是非遊びに来てください」

「小松にも来てくれよ~、なにもないけど」

「敦賀にも行ってみたいと思っています。小松の自動車博物館も行ってみたいです。またどこかで会いましょう」

「これお土産」

そう言ってAyuさんから北海道のコンビニでよく見る緑茶を、レナさんからは同じくコンビニの焼きそばをもらった。


「ご案内いたします。この列車は特急サロベツ4号旭川行です」


アナウンスが流れた。もうすぐ発車らしい。


「じゃあ、またどこかで会いましょう」

「そうっすね、またどこかで」

「はい!」

アナウンスがやがて車掌の肉声に変わる。

「ではよい旅を!」

「よい旅を!」


そして扉は閉まった。


僕たちは見えなくなるまで手を振っていた。たった3時間だけの付き合い。それでも一生の友達に出会えた気分にさえさせてくれた。


僕はこれから長旅になる。13時1分稚内発特急サロベツ4号旭川行に乗った。そして16時49分に旭川に到着する。それから旭川で17時7分発特急大雪(たいせつ)3号網走行に乗り換える。更に北見(きたみ)で普通列車に乗り換え、網走駅の一つ手前の呼人(よびと)駅で下車する。宿は今朝のうちに取っておいた。個室なのに2000円という破格だった。


南稚内駅を出るとすぐに景色は、家一軒探すことも難しくなった。時々海を眺めながら青いキハ261は山の中を走り抜ける。僕は稚内駅で買ったサンドイッチと、さっきもらった焼きそばと緑茶をテーブルに広げる。さっきまであんなに近くにいた二人も、もう今は十数キロ離れた場所にいる。もう一生会わないのかもしれない。そう思うと、少し涙が出てきた。


少し眠っていたようで、もうすぐ旭川駅だった。今日は朝から動きっぱなしで疲れていたようだ。しかし、目的の駅が近づくと目が覚めるという能力は知らない土地でも通じるらしい。僕はデッキの自動ドアの手前に並んだ。


列車のドアが開き、気温30度を超えた旭川駅のホームに降りた。時間はまだあるが、早歩きで特急大雪3号網走行きに乗り込んだ。すぐに座席に座ろうとしたが、デッキで立ち止まってしまった。なんとなく懐かしい車内だったからだ。白いボードを金属の板で繋げた壁、縦書きの指定席の文字。僕が小学生の時、出雲(いずも)あたりで乗った特急列車にそっくりだった。今では車両の置き換わりや改装が進み、山陰(さんいん)地方ではこのような特急列車は見なくなっていた。僕は少年の頃に戻った気分でデッキに立っていた。


「ご案内いたします。この列車は特急大雪4号網走行です。停車駅は...」

停車駅に北見があることを確認したところで僕は指定席の1号車12番A席に座る。乗客はこの車両には3人。地元の人と思われるおばあさんと、もう一人は宗谷岬で見かけた気がする人だった。


列車は山の奥を進んでゆく。外の景色を眺めたかったが、日没がはやく、外はよく見えなかった。僕はリュックからライトノベルを取り出し、続きから読むことにした。


ライトノベルに夢中になっていると、周囲がガタガタと音を立て始めた。何事だと思ったら、進行方向が変わるので座席の向きを変えているようだった。僕は前後に誰もいなかったので、座席の下のレバーを踏んで、座席を回転させた、座ろうとすると、奥の方に困っているおばあさんが見えた。僕はトイレに行くふりをして近づいた。そして

「座席動かしましょうか?」

と声を掛けた。

「あ~、ありがとう」

と言われた。なんとなくありがとうと言われるのは久しぶりな気がして、嬉しかった。


意味もなくそのままトイレに行き、自分の座席に座り、なんとなく外を眺めていた。北見まではあと1時間。そして僕はまたライトノベルを開いた。


あと5分で北見に到着するところで僕はまたトイレに行った。戻るときにおばあさんと目が合った。そして

「これ良かったらどうぞ」

そう言って、いちご飴を3つ貰った。

「あ、ありがとうございます。この飴おいしいんですよね、久しぶりに食べます」

そのまま二人で笑って、僕はその場を去った。

この列車の車内の雰囲気や人が子供の頃に戻してくれる。そんな気がした。


夜の北見駅に僕は降りた。半袖だと肌寒い。「きたみ」と書かれた青い札が大量に柱に掛かっている。北見駅では15分の待ち合わせだ。しかし駅前には何もないようだった。僕は駅の外にある自動販売機でホットコーヒーを買った。


「只今から20時09分発網走行の改札を始めます」


そう聞こえてきたので、僕はコーヒーの空き缶を捨て、駅員に北海道フリーパスを提示した。

普通列車の場合、特急列車と違い、乗客は学生が多くなる。観光客もいるようだが、どちらかというと旅人というかんじだ。やがて音を立てやってきたディーゼル列車に乗り込む。


ここ北見から呼人駅までは約1時間の乗車である。ここまで7時間ずっと列車に乗ってるのでさすがに疲れてきた。しかし、寝過ごしてしまえば宿は遠くなってしまう。ここは頑張って起きていよう。


稚内で知り合ったみんなは何をしているのだろう。ふと思い出し、SNSを開く。レナさんはビジネスホテルでゆっくりしているようだ。Ayuさんはライダーハウスのみんなと楽しくご飯を食べているようだった。ユキさんは今日中に音威子府まで行けなかったようで、今は浜頓別にいるようだ。こうしてみると、僕だけが遠くに行ってしまった気分だ。しかし、レナさんは明日には稚内を出発し、根室へ向かう。Ayuさんとユキさんもこのあとは函館(はこだて)にゆっくり向かうそうだ。また会えるのかもしれない。僕はそう考えながら、3人の投稿にいいねを押した。


「まもなく、呼人です」


放送が流れたので、僕は列車の前方に行く。東京などとは違い、降りる駅で運転手に切符を見せる方式だ。これは島根県でも町外れに行けば見られたものだったので、抵抗は無かった。こちらを向いた運転手に北海道フリーパスを見せて、僕は駅のホームへと降りた。


僕以外に一人、高校生が降りた。長袖のジャージを着ており、僕の方を一度チラッと見て、去っていった。今日の宿までは駅から5分ほどだ。


真っ暗な道を歩く。真夏だというのに秋風が吹いている。途中三人ほどすれ違ったが、みんな長袖だった。


暗闇の奥に旅館の看板が見えた。今日泊まるのはここだ。僕はオーナーに声を掛け、住所と名前を書いた。ここで僕はあることに気がつく。


「あっ、晩ごはん買い忘れた」


思わず声が出てしまった。オーナーのお兄さんが少し困ったような顔をしたが、やがて笑顔で

「営業時間は過ぎていますが、よかったらジンギスカン食べませんか?」

「え、良いんですか?でも...」

「大丈夫ですよ、わたしたちもこれから食べようと思っていたので」


僕はお言葉に甘えて、一緒に食べることにした。どうやら宿泊所と一緒にジンギスカンの店もやっているらしく、今は営業時間外ではあるが、特別にごちそうさせてもらえることになった。お代もいらないとのことだったが、さすがに申し訳なかったので、一人分支払った。


オーナーの夫婦と僕の三人で鍋を囲って、ご飯を食べた。気づけば僕は仕事のこと、ここに来るまでの経緯、出会った人たちの話をしていた。二人は僕の話をずっと聞いてくれた。この感じが懐かしかった。そういえば最後に家族とこんなふうにご飯を食べたのはいつだろう。知らない町の知らない人たち。でも、懐かしい気持ちになった。


お腹いっぱいになり、僕はお礼をして宿泊所へと向かった。僕以外に二組いるようだった。個室とはいえ、壁は薄く音が響く。もう夜の11時だったので、僕は忍び足で動きながら、シャワー、歯磨き等を済ませた。


部屋は6畳くらいだった。そこに布団を敷く。僕もみんなに無事を報告するためにSNSに投稿した。

「無事、網走の宿に着きました。8時間乗り通し疲れた~」


そして僕は部屋に南京錠(なんきんじょう)を掛け、明かりを消し、眠りについた。

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