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004忍者ヴォルク

 頭上の分厚いギロチンを落とされたら、首をはねられ即死するのは決定的だ。胃がきりきり痛み、喉がからからに乾いた。冒険者として、魔物相手なら勇敢に戦えるが、このギロチンはその次元にない戦慄を覚える。

 眼下に集まっている野次馬たちで、市長のベルベットを非難するものは皆無だった。むしろいい見世物を用意してくれた、と感謝しているふうだ。

「このクソ野郎! よくもギルド会館を吹き飛ばしやがって!」

「あたしの夫を返して! まだ結婚2年目だったのに……!」

「お前らなんか斬首で人生終わっちまえ!」

 どうやらベルベット市長の果断な逮捕――ひどい冤罪だが――を称賛しているらしい。市長がギルド会館消失の責任を取らずに済ませるため、とにもかくにも犯人をでっち上げて始末してしまおうと考えたんだろう。

 おいおい……俺はここで終わっちまうのか。悔やまれるのは己の判断ミスで、この後グレンもエレナもアリサも処刑される、という事実だった。やはりグレンの言うとおり、ひと暴れしていればよかったか。今さら後悔しても遅すぎるが。

 ハルトは、彼はどうなってしまうのか――それも心配だった。あるいはこれは、男児を山に捨てに行くという仕事を引き受けた俺に対する、神さまからの罰なのかもしれない。

 刑吏(けいり)の男が、ギロチンの側に立つ音が聞こえた。彼が刃を支えている綱を切断すれば、俺は首をはねられて死ぬ。汗が額から吹き出して、俺は視界がぐらぐら揺れるのを呆然と感じていた。

「ふざけるなてめえら! ユークスを解放しろ! 濡れ衣だっ!」

 グレンが大声でわめいている。いや、彼だけじゃない。

「ユークスを殺さないでっ! お願いよっ!」

「何でこんな酷い真似をするんですのっ! あんまりですのっ! 話を、話を聞いてほしいですのっ!」

 エレナとアリサも必死に叫んでいた。だがベルベット市長は聞く耳を持たない。せせら笑った後、声高に叫ぶ。

「やれっ!」

 俺はさすがに緊張して身を強張(こわば)らせた。あとほんの少し経てば、俺は死ぬ。マジかよ……!

「やめろおおおっ!」

 グレンの絶叫が聞こえる。もう終わりか。俺は観念した――

 と、そのときだった。いきなり耳をつんざく甲高い音が鳴り響いた。俺が斬首される瞬間を待っていた一場に、それは強く鋭く走り抜ける。

「その処刑、お待ちくだされ!」

 群衆をかき分けて近づいてきたのは一人の忍装束の男。額の上に巻物を掲げ、「国王陛下の御心でござる! 何とぞ、何とぞお待ちくだされっ!」と叫んでいる。さっきの笛の音も彼のものらしい。

 市長が『国王陛下』という言葉に反応した。いくら都市ライザの要職とはいえ、このアフリシア王国の国王が相手となると、さすがに態度を改めざるをえないようだ。

 彼は小声で合図して刑吏(けいり)を止めた。その上で忍装束に尋ねる。

「お前は何者だ?」

「拙者、国王ロベルト三世さま付きの忍者でヴォルク・ルーラーと申す! この紙片に書かれている内容を、まずはお読みいただきたい」

 柿色の服の男はそういって、台上に駆け上がった。観衆は見世物の中断に少し怒っているようだ。

 俺は宙ぶらりんの状態で放っておかれる。生かすのか殺すのか、さっさと決めてほしいものだ。もちろん前者を大熱望だけど。

「どれどれ……」

 ベルベット市長が巻物を読んでいるようだ。やがて彼の息を呑む音が聞こえる。

……その後驚くべきことに、俺はギロチン台から外された。死の縁から生還したのだ。た、助かったー……。深い安心で腰が抜けそうになった。よろよろ立ち上がる。膝に力が入らないなんて久しぶりの体験だった。

「ユークス!」

 グレンが俺に抱きついてくる。目には涙が浮かんでいた。

「危ねー! もう殺されるしかないのかと思ったぜ!」

 エレナも俺の腕にしがみついてきた。こちらは号泣だ。

「よかった、本当によかった!」

 アリサも口元を押さえてしゃくりあげている。

「最初の冒険でいきなりパーティーリーダーを斬首に処されるかと思ったですの~。よかったですの~」

 観衆からは一斉に不満の溜め息が漏れた。

 ヴォルクが不平たらたらな市長から巻物を取り戻す。俺に話しかけてきた。少ししゃがれ声だ。

「危なかったでござるな。遅れてすまなかったでござる」

 俺は自分の首をさすって、まだ胴体についていることを確かめた。そうしなければ安心できないほど、俺は追い詰められていたんだ。ほっ、俺の首ちゃん、まだまだよろしく。

「ヴォルク……だっけか? その手紙には何と?」

「こうでござる。『男児ハルト・ノートをジルサム山へ捨てに行く任務は、すべてに優先される。都市ライザの冒険者ギルドに所属し、今回の責務を受けたものは、何人(なんびと)たりとてその身柄を拘束、あるいは処罰されない。――国王ロベルト三世』」

 依頼主は国王だったのか。でも、なぜロベルト三世はハルトをこうまで捨てたがっているのか。親子なのだろうか? ――いや、国王は70歳だというし、年齢的にそれは難しいか……

「そして拙者ヴォルクは、国王より(つか)わされた見届け人、といったところでござる。拙者もユークス殿たちのパーティーに加わるでござるよ」

 さっきまで泣いていたエレナが急に目をつり上げた。

「ちょっと! パーティーの人数が増えたら、山分けが減るじゃないのよ!」

 お金を貯めることが生きがいの彼女らしい苦情だ。ヴォルクは笑って首を振った。

「拙者は報酬はいらないでござるよ。……そうそう、さっきギルド会館が爆発したときは、手当てしてくれてありがとうでござる」

 そういや柿色の忍といえば、エレナに治癒魔法をかけられていたっけ。

 エレナは言質は取ったぞとばかりに首肯(しゅこう)した。

「よし、そうと決まれば早速ハルトを連れて出発しようよ。ユークス、グレン、アリサ、それからヴォルクもね!」

 しかしこのとき、予想外の事態が起きていた。首輪と手かせを外されて自由になった俺たちは、男児ハルトを引き渡すよう、ベルベット市長に要請したのだが……

「実はハルト・ノートに関しては、非常に言いにくいことだが……。わしらの前から煙のように消えてしまったのだ」

 俺は目を逆立てた。

「何だって……?」

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