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001ギルド会館、いきなり大爆発!

「何なのよその依頼……」

 頭を抱えたのは僧侶のエレナだ。ただでさえ波打つ茶髪が、余計に揺れる。

 俺はそのさまを視界に収めつつ、彼女の苦悩に共感した。改めてギルドマスターの男に尋ねる。俺の耳がおかしくなったのかな?

「もう一回聞いていいか? 今、あんたは『5歳の男児をジルサム山に連れていき、そこに捨ててこい』と、そう言ったのか?」

 きゅうりのような細身の男は、汗をふきふきうなずいた。

「それが、まったくそのとおりなんですよ。そしてこれこそが今最も高額報酬な案件なんです」

 ここは都市ライザの冒険者ギルド本会館一階だ。春の陽気が、開け放たれた出入り口から館内へ忍び込んでいた。

 奇妙に奇妙を重ねた、えらくわけの分からん仕事だ。誰がそんな依頼を? その男児が嫌いなら、よそにでも預けてしまえばいいのに、なぜ捨てに行かせる? 意味不明にもほどがあるだろ。

 隣のナスじみた女ギルドマスターが言葉を添える。

「あんたたち、金を稼ぎたいんでしょ? そんな浮かない顔してないで、仕事は選ばず取る! ここで取らないで、後からやっぱりやりたいって言われても無理だからね。そこの――」

 老婆が俺を見つめ、頬を染めた。またこの視線か。梅雨空の雲を仰いだがごとく、嫌な気分にさせられる。

「そこのシルバー級冒険者のユークス・ペン! うちのギルドでは二人といない高級冒険者だからこそ、信頼してこの仕事を棚置きしてきたんだから!」

 だから私を褒めなさい、と顔に書いてある。今いる都市ライザでも、冒険者ギルドの長であるギルドマスターは、男女2人が置かれるのが規則だ。

 その片方のお眼鏡にかなったのは不幸なのか幸福なのか。俺は内心辟易(へきえき)した。不幸に決まってる。

 女ギルドマスターを無視し、俺はグレンを見た。彼は黒くイガグリのような頭髪の優男で、とにかくよくしゃべるのだった。俺の目線に気づいてこちらを見上げる。

「ユークスの剣技がありゃあ、なぁに、何がきても大丈夫さ。兄弟分で盗賊の俺さまがサポートするんだから、どんな奇妙な依頼でもいつもどおりこなせるって。今回から初級冒険者のアリサちゃんも加わることだしな!」

 そうまくし立てて振り返った先に、ぼんやりしているお嬢さまが立っていた。エレナと同年齢の16歳、アリサだ。

「期待していただいてありがとうですの~」

 彼女はほがらかな笑みを浮かべ、照れ隠しに舌を出した。

 ショートカットの金髪で、白い肌は抜けるようだ。緑色の衣服で、当節珍しいスカート姿。武器として青い石のはめられた木の杖を抱えている。

 水魔法と風魔法を操る新人魔法使い、か。魔物退治でもお宝探しでもなく、いきなりこんな案件から冒険者ライフを始めなくてはならないとは……。同情してしまう。

 ギルド内は静かだ。それは人がいないということではなく、各パーティーに必ず一人はいる『調査役』の面々が、黙々と案件を調べているためだ。

 自分たち冒険者一行にふさわしい依頼はどれなのか。壁に貼りまくられた数々の陳情書・依頼書の中から、適切なレベルと報酬を兼ね備えたものを求める。そして見つけたら、ギルドマスターのところへ貼り紙を持っていって、その仕事を受けるのだ。

 僧侶のエレナがギルドマスターの男に再び質問した。

「高額高額っていうけどさ、実際いくらなの?」

 エレナは常々俺に惚れていると公言していた。そのためか、俺に色目線を使う老婆が気に入らないようだ。

「はぁ、実は……」

 内緒ですよ、とささやいて述べた額は……何と2千万ゼニー!

 これには俺もみんなもたまげた。マジか? 家一軒建てられるじゃん。

 エレナは貯金派である。山分けすれば500万ゼニー。普通の市民の家計一年分に相当する。これは目もくらむだろう、と睨んでいたら案の定、

「やる!」

 その両目は架空の金貨の山に集中していた。はいはい、一人賛成。金のためならどんな危険もかえりみない少女、それがエレナだった。

 グレンは俺に肩をすくめてみせる。

「これで決まりだな。女の子の言うことには黙ってしたがうもんだって、俺の盗賊の師匠も口酸っぱく説いてたからな。ユークス、何かあるか?」

 二人賛成。アリサは……

「私はリーダーのユークスさんに従うですの!」

 三人目。こりゃ仕方ないか。俺は色々いいたいことはあったが、冒険者としてこの高額案件を任されることに、自負をくすぐられていた。悪い気分じゃない。

 しかし、子供を捨てに行くという行為は恥や汚点ともなる。そのことも気になっていた。あれこれ考える。

「で、連れていく男児はどこにいる?」

 俺が至極もっともな問いを放つと、女ギルドマスターがせかせかと奥へ引っ込んだ。そして伴ってきたのは、確かに5歳ぐらいのこざっぱりした男児だった。逆立つ銀髪にあどけない顔。奇妙に落ち着いていて、俺たちの前に出されても不思議と他人事のようである。

「名前はハルト・ノート。年齢に見合わず落ち着いてるのよね。この子をジルサム山まで連行して捨ててくるの。分かった?」

 残酷な仕事である。何でこの子はそんな目に遭わなきゃならないのだろうか。俺は急に乗り気ではなくなった。

「捨ててくるって、その後ハルトはどうなるんだ?」

「ジルサム山に住み着くんじゃないの? あそこはメルゲス教ほか、異端たちの隠れ家みたいなもんだからね。運が良ければ生き延びるわよ、きっと」

 まあ、そういうことなら罪悪感も軽減されるか。俺は溜め息をついた。

 もしこの子供をほかのパーティーに任せたらどうなるか。あるいはジルサム山まで連れていくのを面倒くさがり、近くの森で殺して埋めて、時日が経過してから「捨ててきました」とやるかもしれない。

 それならまだ俺たちがやったほうがましだろう。それを期待されてこの任務を提示されたわけだしな。

「分かった。行くぞ、みんな」

 これで話は決まった。


 俺では背が高すぎるので、もっとも低いエレナにハルトの手を引いてもらう。

「出発にはいい日和だ。行こうぜ、ユークス、エレナ、アリサちゃん!」

 グレンが先頭に立って歩き出した瞬間だった。

 背後のギルド会館が、突如爆発したのは。

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