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第一章(09) 導きの歌

「……街から、人を、呼んでこないと。このまま、には、しておけない……棺を作らないと」


 薬を飲めば、少しだけ身体が楽になった。ゲルトは木の根元に座り込んだまま、いまは弱って動けない『戦竜機』を見つめる。


 『戦竜機』に致命的なダメージを与え、行動不能にすることはできた。しかし百年以上前、人類が叡智を注ぎ込んだ兵器は不死身だ。時期に損傷は治り、行動を再開するだろう。

 だから弱っている今のうちに『竜血鉄』の槍何本もで貫き、拘束し、また同じく『竜血鉄』で箱を作り上げ、閉じ込める必要がある。


「その必要はありません」


 毅然とした少女の声に、ゲルトははっと顔を上げる。先程までヨハンナに治療してもらっていたフェガリヤが立っていた。戦いで傷を負い、毒も吸い込んでいた彼女は、よろよろと『戦竜機』の前に進む。ヨハンナが待ってと声を上げているが、フェガリヤは聞かなかった。


「兄様、ありがとうございました。それからゲルトさんも、ヨハンナさんも」


 フェガリヤは負傷し休んでいる兄に、きょとんとしているゲルトに、そして困惑しているヨハンナに、何の前触れもなく礼を言う。

 ぐったりとした『戦竜機』の前に膝をつき、彼女は座り込む。


「この子はこれ以上、ここにいなくていいんです。この子は還るんです」


 そうして、せせらぎのような子守唄が流れ出した。

 銀の少女の子守歌。清らかで優しいその旋律。

 理解できない言葉であるが、子守唄だと感じられる懐かしさ。

 透き通った声。どこか寂しさも感じられる、その美しさ。


 赤い夜は消え去り、空の端から太陽が昇ってきていた。徐々に明るくなっていく森の中、フェガリヤの歌声は――静かな夜を感じさせた。


 夜――赤い月のある夜ではない。

 そう、それはいつか絵で見た、静かで優しい夜――。


 フェガリヤが輝き出す。洞窟内で放っていたのと、同じ光。冷たさが心地よく、染み入るような銀色。


 懐かしい光だとゲルトは感じた。

 ああこれは――いつか絵で見た月の色。


 赤に染まる前。暗い夜を優しく照らしていたという、その銀色。


 見とれていると、ぎぎぎ、と声がする。『戦竜機』が身動ぎしていた。

 人の手により兵器と化した竜。もう生き物とは言えないその瞳から、朝露のように透明な液体が零れた。

 『戦竜機』は泣いていた。心無い兵器だと思われたそれは、涙を流していた。


「還りましょう、もう、いいんです」


 月色の少女はあたかも母のように『戦竜機』を撫で、その涙を拭う。


「――月の微睡に、還りましょう」


 歪な姿の兵器が輝き出す。その光は弾けるようにほどけて辺りに散った。縋りつくようにフェガリヤに集まれば、彼女の光に溶けていく。吸収されていく。


 やがて光が消えれば、残されたのは戦いによって荒らされた森と、人間達と、生きた竜、そして銀色の少女だけだった。


 空の端で太陽の光が弾けた。風が吹いて、木の葉がささめく。帰ってきた平穏に、どこかで鳥が鳴いていた。

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