第五章(08) 惨劇
「ハイムギア様!」
「ハイムギア!」
フェガリヤとウースラは叫んだが、ハイムギアは血を吐き返事をしなかった。だが彼はもがき、起き上がろうとする。そこに二本目の槍が身体を貫く。
普通の竜に比べて小さな体格である彼にとって、『竜血鉄』の槍二本はあまりにも大きな負傷だった。
『戦竜機』が降りてくる。人間達がハイムギアを捕まえにかかる。また人間達は『戦竜機』を素早く操れば、フェガリヤとウースラの行く手を遮った。
「何者だ、お前達!」
人間の一人が叫ぶが、すぐにウースラはフェガリヤの手を引いて走り出す。だがその先にも『戦竜機』に乗った人間が立ち塞がる。
「例の頭のいかれた老婆だろう、そっちの妙な子供は知らないが……」
「あんた達! 竜に一体何をしてるんだい!」
ウースラはフェガリヤを背に守りながら、人間達へと叫んだ。すると彼らの一人が。
「我々の邪魔をする気か? こいつはいかれてるんだ、『戦竜機』に反対したらしいじゃないか。ならば、敵も同然……」
その言葉が終わる前に、ウースラは走り出していた。けれども大の男達にはかなわない、すぐに追いつかれるものの、
「――フェガリヤ! あんたは逃げるんだ! いいかい、あんたの兄様や他の竜達を急いで呼んでくるんだ!」
「ばば様!」
ウースラはあたかも投げるようにフェガリヤ一人を先に押しやれば、追ってくる男達に体当たりをした。そのまま彼らの服にしがみつかみ、先に行かせまいとする。男達は目を白黒させていた。まさか老婆にこれほどの力があるとは思っていなかったのだろう。
フェガリヤは言われた通り、谷の最奥部に向かって走り出した。とにかく、ウースラの言う通りにしなくてはならない、恐怖でそれだけが自身を動かした。だが。
老婆の悲鳴が聞こえた。
「――ばば様」
フェガリヤは振り返ってしまった。
――槍に貫かれ、血を滴らせる老体が、ぼろぼろの旗のように揺れていた。
それでもウースラは、最期の息で叫ぶ。
「止まるんじゃ、ない、急いで……お逃げ」
ハイムギアの、怒りの咆哮が響いていた。だが彼は槍に貫かれ地面に伏したまま。そしてウースラはもう何も言わなかった。
フェガリヤは先へと走り出す。止まるんじゃない。止まるんじゃない。育て親の言葉だけが頭の中で響く。
しかし男達が、銀の少女を追ってくる。そして追ってくるのは人間だけではない――『戦竜機』の翼が風を切る。
大きな影が、ついに銀の少女に被さった。竜の声に似ているが、言葉でも何でもない、耳障りな声が響く。
刹那、黒い影が横から飛んできた。『戦竜機』の首に噛みつき、骨を砕く。乗っていた人間を勢いで振り落とす。
「兄様!」
喉が切れそうなほどにフェガリヤは叫んだ。メサニフティーヴは宙で身を翻せば、光り輝く息吹を吐く。驚いた人間達が慌てて退却していく。
「フェガリヤ! 一体何が……どうして『戦竜機』がここに!」
目を大きく見開いて黒い竜は尋ねるが、妹は顔を蒼白にさせ震えていた。
「兄様! ハイムギア様が! ばば様が……!」
と、低い音が響いてくる。別の『戦竜機』。メサニフティーヴは尾を使って妹を背に乗せると、隼のように宙を駆けた。敵がこちらに気付いた時には、もう相手の翼を噛みちぎっている。墜落していく敵を横目に、ウースラの家がある方へと急いだ。
そして見た。惨状を。
『戦竜機』数体。人間が十数人。槍に貫かれたまま、網をかけられている友。そして地面に打ち捨てられ動かない、妹の育て親。
黒い竜は宙で威嚇の咆哮を上げた。怒りを孕んだその轟きに『戦竜機』が怯む。その隙を見逃さず、まずは一体の首に噛みつき、骨を砕き、そのまま地面に叩きつける。
そして次の標的へと狙いを定めるが。
――突然全身を襲った痛み。瞬いた光。背でフェガリヤも悲鳴を上げている。と、その華奢な身体が背を離れ、落ちていく。
身体が痛むものの、メサニフティーヴは慌てて落ちるフェガリヤの下へ滑り込む。しかしフェガリヤを受け止めると同時に、横腹に『竜血鉄』の槍が突き刺さった。
そこへ再び、目を潰すかのような激しい光が視界を白に染め、全身を激しい痛みが襲う――それは『戦竜機』一体から放たれる、電撃だった。
フェガリヤが再び落ちる。銀の少女は地面に転がり、その隣に黒い竜も落ちた。すると人間がまた一本、槍を黒い竜に突き刺す。そして三本目も構えるが、その前にメサニフティーヴは息吹を吐いて自分とフェガリヤを包む盾を作り出した。
人間が驚いて数歩退く。なんとかメサニフティーヴは立ち上がったが、フェガリヤは気を失っているのか、起き上がらなかった。
声が聞こえた。
「逃げろ、ここでお前まで捕まったら」
弱々しく地面に伏している、ハイムギアだった。
「俺のことはいい。フェガリヤを連れて、逃げるんだ……」
――身体に深々と刺さった『竜血鉄』の槍が、己を蝕んでいくのを感じる。
この状態で、この数の敵を相手にしたらどうなるのか。
「……許せ、ハイム。どうか無力な私を、許してくれ」
メサニフティーヴは、牙で傷つけないようフェガリヤをくわえれば、その場から飛び立った。槍が突き刺さったままでも、黒い竜は流星のように空を駆けていく。
「メサ。どうか無事で」
残された灰色の竜は瞼を閉ざした。人間達が集まってくる気配を感じていた。




