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婚約者の弟はちょっと甘すぎスイーツ王子

婚約者の弟はちょっと甘すぎスイーツ王子

作者: 瀬嵐しるん

「失礼いたします」

従僕が開けたドアから前室に入る。


ここは王宮内の第一王子の部屋だ。

廊下のドアの前に衛兵が配置され、前室にも二人、護衛がいる。


居間のドアが開けられ、ソファにだらしなく座ったガストン殿下の姿が見えた。


「…なんだ、お前か」

「殿下、本日もご機嫌麗しく…」

グレースはドレスの裾をつまみ、礼をする。


「挨拶などいらん。用件を言え」

「はい。至急、目を通していただきたい書類が2通ございます」

「内容は?」

「昨日の会議での決定事項と、大臣の人事について、です」

「…わかった。置いていけ」

面倒くさそうに返事をして、そのまま視界から消える王子。

グレースは従僕に書類を渡した。


窓が開いているのか、奥から風が流れてくる。

いつものように酒と香水の匂いがした。


退出して廊下の最初の角を曲がったところで、後ろに控えていた侍女が小瓶を取り出し蓋を開ける。

「失礼いたします」と言うと、瓶を持って踊るようにグレースを中心に一周した。

「ありがとう」

一礼して、再び控える侍女。

ミントの香りを深く吸い込むと、先ほどの不快さが押し流されていく。


廊下を進むと、顔見知りの女性騎士と行き会った。

「グレース様、ご機嫌麗しゅう…」

「おやめください、ジャンヌ様」

クスクス笑う彼女は侯爵令嬢。

伯爵令嬢であるグレースより、身分は上だ。


「あら、今朝回された書類を見ましたわ。

お父様のお仕事を代行されているのでしょう?」

「はい。若輩者ながら、微力を尽くします」

「あらあら、ご謙遜ですこと」


令嬢らしく、ほほほと笑う彼女だが、これでも第五騎士団のトップ。

女性ばかりの騎士団をまとめ上げている。

年に一度行われる剣大会では、男性に交じり常に上位だ。

身長も高く、小柄なグレースからは見上げるほど。

その格好よさに、彼女に憧れている女性も多い。


ジャンヌと別れ、国王陛下への報告に向かう。

「グレース、あれに渡してくれたか?」

「はい。直接お顔を拝見して、侍従に書類を渡しました」

「…不快な思いをさせて、済まないな」

「いえ、もったいないお言葉でございます」

「昨日の会議では、よく頑張ってくれた。

今夜も夜会で大変だろうが、よろしく頼む」

「かしこまりました」


陛下の前で礼をすれば、その傍らに控える宰相様もお辞儀を返してくれる。

丁寧な扱いに、いつも恐縮してしまう。


執務室に戻ると隣の文官室から、文官筆頭のヤンが顔を出す。

「お疲れ様です。グレース様」

「ただいま、ヤンさん」

「決済の必要なものは机の上です。

それだけ済んだら後は私たちでやりますので、夜会の準備をなさってください」

「ありがとう。助かります」


机の書類を確認していると、ドアがノックされる。

「どうぞ」

「こんにちはー」

「第五王子殿下」

「エミールって呼んでいいんですよ」

やや童顔の第五王子はいつものようにニコニコしている。

可愛らしい笑顔ながらも、言葉には微妙な圧がある。

「…はい、エミール様」

さらにニッコリする第五王子。


「グレース嬢、忙しいのに夜会にも出るんでしょう。

準備の合間に食べられるよう、マドレーヌを持ってきました」

机の上に置いた箱のふたを開けて、中を見せてくれる。

小ぶりなマドレーヌは二口ほどで食べきれそうだ。


「文官の皆さんの分は、こっちに入ってますよ」と、大きなバスケットを差し出す。

ヤンが受け取り、礼を言う。

「第五王子殿下のお菓子は美味しいですからね。

皆も喜びます。ありがとうございます」

「そう言ってもらえると、作った甲斐があります」

少し照れた顔など、年上女性に大人気の殿下だ。


エミール殿下は家政に関することが得意だ。

女性の官吏登用が特別でなくなったこの国でも、家政に長けた男性は珍しい。

しかも、王子殿下である。


グレースが父の仕事を手伝っていると、時々、差し入れを持ってきてくれる。

どれも美味しくて、つい食べ過ぎてしまう。


「ありがとうございます。おかげで、元気が出そうです」

そう言ってグレースが微笑むと、エミールは顔を赤くする。


その時、廊下から複数の靴音が聞こえてきた。

ノックもなく扉が開き「殿下! やっぱりこちらでしたか!」

と側近らしき男が呼びかける。

「あー、もう少し時間稼げるかと思ったのにー」

「今日の主役なんですから、支度に時間がかかるんですよ。

お戻りください!」

「うん、ごめん。すぐ行く」

エミールは、ひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。


今夜は、エミールの16歳の誕生パーティー。

夜会デビューだった。

成人には、まだ2年ある。

しかし、16歳になると限定的ながら社会的な責任が課せられた。

そしてまた、いくつかの自由な選択権が与えられる。




王宮内に借りている部屋で、グレースは夜会の準備に入る。

やはり疲れていて、風呂の最中に眠りそうになってしまった。

「マッサージ中は寝てもよろしいので、もう少し我慢なさってください」

侍女に言われて苦笑いする。


今夜のドレスも、他の令嬢たちに比べればシンプルだろう。

アクセサリーも控えめにしておく。

侍女たちは、もっと華やかで可愛らしいものもお似合いです、と言ってくれるが見せる相手もいない。

最後に鏡の前で背筋を伸ばす。


「今日もお綺麗です。ご武運を」

夜会は貴族の戦場であることは間違いない。

侍女に見送られたグレースは、心の中で自分を励ました。


会場の入り口前に着くと、まだパートナーは来ていなかった。

扉の前にいる警護や案内係と顔を見合わせ苦笑する。

いつものことだ。


しばらくして、ゆっくりとした足取りで第一王子がやってきた。

「早く開けろ!」

遅れた詫びもなく、案内係に命ずる。


「第一王子ガストン殿下、および、ご婚約者グレース様、ご入場です」


エスコートが無いのも、もう慣れた。

目立たぬよう、大股で歩く王子の後を小走りで追いかける。


玉座の前に進み国王陛下へ挨拶する。

「ガストン、参りました」

本来ならば、グレースの名も並べて告げるべきだった。


彼は国王の隣に立つ本日の主役、エミールに目を向ける。

「もう子供ではない。励めよ」

「はい、精進いたします。兄上」

おめでとうの一言もなくとも笑顔を返す、出来た弟王子だった。


それが済むと、ガストンは一人でさっさと立ち去る。

グレースをダンスに誘うこともない。

もう帰ってもいいかもしれない、とグレースは思った。


ところが、エミールが陛下に申し出た。

「父上、最初のダンスを、グレース嬢と踊ってもよろしいでしょうか?」

陛下は一瞬眉を上げたが、すぐに「よかろう」と答えた。


差し出された手を取れば、思いがけず力強くエスコートされ、戸惑う。

初めて会った頃、1歳下のエミールはグレースよりも小さかったのに。

可愛い弟のようだった彼は、ずいぶん大人びてきた。

身長も、すでにガストンを追い抜いているかもしれない。

笑顔は変わらず、可愛さを含んだ優しいものだったけれど。


「よかった、足を踏まなくて」

「とても、お上手でしたわ」

「また今度、踊ってね」

「わたしでよろしければ」

最後に口付けられた指先には、どこか痺れるような感覚があった。


初々しい二人のダンスに、微笑ましさがあふれた広間。

その中に、一人だけ眉間にしわを寄せた男がいた。

ガストンだ。


不機嫌さを隠そうともしない彼は、グレースとすれ違いざま舌打ちをした。


「国王陛下、本日はこの場で宣言したいことがございます」

第一王子が何をやらかすのか、貴族たちは息をひそめて見守る。


「発言を許そう」

発言の許可を取らなかった王子を、陛下がフォローする始末。


「私、第一王子ガストンはグレース嬢との婚約を破棄いたします!」


会場が、一層静まった。

ガストンは注目されて気を良くする。

「私は真実の愛に出会いました。私が王になった暁には、男を立てる女性に側にいてもらいたいのです。

グレース嬢は、文官たちには受けがいいようですが、王妃には相応しくない。

よって、婚約破棄をいたします」


しばしの沈黙の後、国王陛下が口を開く。

「言いたいことは、それで全てか?」

「はい!」

満足気に答えるガストン。


「グレース嬢」

「はい、陛下」

「法に基づいて、この場を収めよ」

「かしこまりました」


グレースはガストンの正面に立ち、告げた。

「第一王子ガストン殿下、国王陛下主催の夜会の場を乱した罪により、ご退場いただきます」


ガストンは鼻で笑っている。

「何だと? ただの伯爵令嬢のお前に、そんな権利があるわけなかろう。

陛下、これはどういうことですか!?」


陛下はため息をつくも答えず、グレースが発言する。

「本日より、会合や衆人環視の下で婚約破棄、婚約解消を申し出ることが禁止されました」

「何をふざけたことを! 嘘をつくな!」

「いいえ。今朝、私が殿下にお届けした書類の一通でお知らせしております」

「そんなもの、読んでいないぞ」

それは、こちらには関係ない。

きちんと目を通すべき、至急の書類である、と告げている。

殿下の部屋にいた警護の4人と従僕の1人は、証人として十分だ。


ここ数年、夜会や卒業パーティといった場で婚約破棄をする貴族令息が後を絶たない。

本来、婚約を解消したいなら面倒でも手順を踏んで行えばいいのだ。

人の集まる場でそのようなことを言い出せば家名は傷つき、家同士の軋轢を生み、大問題に発展する。

嫡男であれば、廃嫡が当たり前だ。


「考えてみれば、なぜ文官ではなく、お前が書類を届けたのだ?

何かの策略か?

それにこの場を、なぜお前が仕切るのだ?」

「それは、もう一通をお読みいただければわかったことです」

本当に読んでいないのだ。グレースは溜め息を吐く。


「昨日付で、私は国王陛下より法務大臣の代行を仰せつかっております」

「なぜ、お前ごとき小娘が…」


耐えかねたらしい国王陛下が口を開いた。

「お前は婚約者のグレース嬢の手腕を知らないのか?

今までも、父である法務大臣の補佐として活躍しておるのだぞ」


殿下は呑み込めない様子だが、これ以上は夜会の進行に障る。

「殿下、今夜のところはご退出をお願いいたします」

穏やかに頼んだつもりだった。


「…っ、この生意気な女が!」

突然、ガストンがグレースに掴みかかってきた。

だが、間にエミールが割って入る。


ガストンはエミールを払いのけようとして、その手を止めた。

知らないうちに、末の弟が自分を凌ぐ立派な体格に成長していたからだ。


「…お前も、そんなに生意気な奴だったか?

今夜は晴れの席だからと、婚約破棄の話は持ち出さないつもりだったが、

兄の婚約者とこれ見よがしに踊って見せるとはな!

まあいい、退け!」


後ろにいたグレースが小さく「大丈夫ですから」と囁いたのを聞いたエミールは、黙って退いた。


「ふん、王位を継ぐ見込みもない無価値な奴が俺に逆らうな!」


それを聞いたグレースの心に怒りが沸き上がった。

もしも、自分が武道に秀でていたならガストンを生かして広間から出さないかもしれない。

そう考えている自分に気付き、驚いた。


「グレース、お前だけは許さん! 最後まで俺に煮え湯を…」

私たちの間に信頼関係などあったことはないのに、何を言っているのか。

無表情なグレースの前で、ガストンはそれ以上言葉を継げなかった。


ドレス姿で警護に当たっていた第五騎士団長ジャンヌが、ガストンの背後に音もなく歩み寄っていた。

手刀の一撃で、ガストンは床に沈む。


「運び出せ」陛下の声がかかる。

数人の騎士に抱え上げられ、ガストンはやっと退場した。



ガストンの処分は王位継承権の剥奪。

翌朝一番に、知らせの書類が回った。

グレースは婚約が解消され、自由の身だ。

特に何の感慨もない自分に、どれだけ諦めていたのかと呆れた。



いつもの法務大臣執務室。

午後の休憩に入ろうか、という頃。

「昨夜はお疲れ様~!」

挨拶と共に、エミール殿下が大きなワゴンを押して入ってきた。

彼から差し入れのバスケットを受け取ったヤンは、休憩だ、とばかり文官室に行ってしまう。


エミール殿下はティーテーブルにお茶の支度をしようとして、手を止めた。

「何、これ」

「何でしょうねえ」

そこに並べられていたのは豪華な細工の箱に入った、これまた豪華なジュエリーの数々。

差出人は宰相令息、その他大臣令息、裕福な伯爵家令息など。


グレースの価値を知らなかったのは第一王子ガストンだけだった。

王室に明るく、国政にもすでに重用されている彼女の価値は計り知れない。

婚約が解消になったことで、争奪戦が始まったのだ。


「昨日の今日でこれなの? グレース嬢は大人気だね」

笑い事ではない。こんな高価なもの、返すだけでも一苦労だ。

そう言うと、受け取る気はないんだね、と気をよくされた。


エミールは豪勢な箱を無造作に積み上げて、棚の空いた場所に突っ込むとお茶の支度にかかる。

「今日は、慰労のために特別なんだ」


しばらく後、ティーテーブルの上は流行りのカフェ顔負けの様子になっていた。

刺繡されたテーブルクロスに、洒落た絵柄のお皿やカップ。

カトラリーも少し凝った細工がされている。

最後に小さな花びんにミニ薔薇が活けられて完成のようだ。


席に誘われたグレースは「可愛い…」と思わずつぶやく。


「そうでしょう。気に入った?」

無言で頷くグレースの前に置かれたのは、五段のパンケーキ。

その場で生クリームとベリーソースがたっぷりかけられる。

「さあ、召し上がれ」

「いただきます」

甘いケーキに、昨日の緊張すら解けていくようだ。


「ほんとはさ、街のカフェに誘いたいけどね」

「行ったことなくて、私には似合わないかも」

「そんなことないない。フリルたっぷりのふわっとしたドレスを着せて、エスコートしたいなあ」

ドレスから、プロデュースされるらしい。


「でも、こんなに素敵なテーブルで、こんなに美味しいスイーツを食べてしまったら、カフェに行っても物足りないかもしれません」

「え…」

「ごちそうさまです、エミール様。本当に美味しかったです。

このパンケーキ、今までで一番好きかも。うん、大好き」

エミールの顔が真っ赤だ。



「か、可愛い」

二人は気付いていなかったが、扉の陰から文官たちが覗いていた。

休憩が終わり仕事に戻ろうとしたものの、あまりの雰囲気に邪魔できなかったのだ。

お似合いの可愛い二人が、可愛いテーブルセットで、可愛く語り合っている。

可愛い以外に言える言葉が無い。



「だいたいさ、おじさんたちは君に頼りすぎだよ。

王太子妃教育、王妃教育がすぐ終わって、君が優秀だからって、なんでもかんでも教えて。

使える人材だからって、休む間もなく仕事を押し付けて、可愛くしてデートする暇もないじゃないか」



うっ、と背後で声がして文官たちが振り向く。

いつの間に来たのか、そこにいたのは宰相だった。

名指しされた、おじさん筆頭である。



「可愛くする暇もないくらい働くのは良くないけど、好きな仕事を頑張るのは悪いことじゃないよ。

グレースが、ずっとこういう仕事をしたいなら、僕は応援する」

「エミール様…」

「だから、僕と結婚しない?

僕だったら、家のことしっかりフォローできるし、体調管理だってまかせて。

こ、子供が生まれたら、育児だって自信ある。

自分で言うのもなんだけど、グレースにはピッタリ。

絶対、お勧め!」


グレースの瞳に涙があふれた。

「グレース?」

「結婚した後の幸せなんて、考えたこともなかったです。

ううん、結婚して幸せになれるなんて、想像もできなかった」

「…僕となら想像できそう?」


『はい!』と返事して、すぐさまエミールの腕の中に飛び込めたら…

だが、ここは法務大臣執務室。

法務大臣代理が職務規定違反で問題を起こすわけにはいかない。

グレースはなんとか心を落ち着かせて言葉を探す。


「その件につきましては、しっかりと検討してから後日お返事申し上げたいと…」

かなり頭の中が混乱しているようだ。

「グ、グレース…」

さっきまで思いつめた顔をしていたエミールは、俯いて肩を震わせていた。

あれ? 笑われてる? 何て言うべきだったのかしら?

いつも冷静なグレースらしくもない大混乱だ。


「グレース様!」

我慢できなくなったヤンが、扉を大きく開く。

覗き見していた文官たちと宰相の登場に、二人は目を丸くする。


「後は我々に任せて、殿下と大事なお話をなさってきてください!」

「でもまだ仕事が…」

「大丈夫です! ね! 宰相様!」

経緯を目にし、いつになく押しの強いヤンに迫られて、宰相は頷くしかなかった。


「じゃあ、お言葉に甘えます!」

「え? エミール様!?」

逞しい腕に抱き上げられ、戸惑うグレース。

だが、胸の中に小さな幸福が芽生えたことを確かに感じていた。


「あの、どこに行くんですか?」

「一緒にいられるところなら、どこでもいいや」


結局は中庭のガゼボに落ち着いた二人だったが、大切にグレースを抱いて運ぶエミールの姿は多くの人目に触れた。

二人の噂は瞬く間に王城を駆け抜け、件のジュエリーたちはあっさりと送り主のもとに帰った。



数日後、法務大臣であるグレースの父は自宅療養を終えて仕事復帰した。

風邪と過労を甘く見て、医師から絶対安静を言い渡されていたのだ。


仕事の引継ぎもそこそこに陛下に呼び出され、執務室を訪ねる。

婚約解消の件はグレースから説明を受けたが、陛下からも書状が届いていた。

気を引き締めて部屋に入る。


「体調はどうだ?」

「おかげさまで、持ち直しました」

「そうか。身体をいとえ」

「ありがとうございます」


「グレース嬢のことだが…」

「私に言えることは何もありません。

グレースの望むように、させたいと思います」

「…そうか」


陛下はふと、謹慎中のガストンを思った。

あの子の望みは何だったのか…

甘い処分を下すことは出来ないが、してやれることは、まだあるのだろうか?


『王位継承権はいりません。 グレースと結婚できるなら、婿入りでも構いません』


エミールのように、はっきりした望みを言われれば協力のしようもある。

いや、ガストンのおかげで、エミールの望みがかなうのか?

グレースを想って、彼女の助けになるため努力したエミールが最後はガストンを追い詰めてしまったのか?

この皮肉な巡り合わせを、どこかで解いてやれなかったのか?


「親など無力なものだな」陛下が力なく笑う。

「せいぜい幸福を祈ってやることしか出来ません」



やがて、エミールの成人を待って二人は結婚した。

グレースは父の手伝いを続け、のちに後を継いで女性初の大臣に就任する。


エミールは家政の知識を応用し、王城の文官たちの仕事を飛躍的に効率化した。

グレースとの時間を取りたかったための協力だったが、あらゆる部署から感謝されることになる。

その功績で、伯爵家の婿から公爵に大出世だ。



「せっかく、伯爵家で気楽だと思ったのに」とむくれるエミールを

「ずっと我が儘を通したんですもの。今回は素直に受け取りましょう」となだめるグレース。

公爵にのみ許されるローブは長身のエミールによく似合っていた。


「お父様もお母様も綺麗!」

「いってらっしゃい!」

「早く帰って来てね!」

長男、次男、長女の三人に見送られ、馬車で王城に向かう。

支度の合間を縫って、エミールはいつも通り子供たちのおやつも準備していた。


王宮の広間では型通りの式典が行われ、その後、会食に移った。

参加者は国王夫妻、王太子となった第二王子と王太子妃、王の執務補佐に入っている第三王子。

エミールにとっては家族。グレースも元々親しくしてもらっていた方々だ。


「エミールが活躍しすぎて、この次は相応しい褒美がなくて困るんだけど?」

「別に褒美なんていりません。 公爵位だって面倒だし」

特に仲のいい第三王子と軽口をたたきあうエミール。


効率化を一通り終えたエミールは福利厚生を推し進めていた。

女性の文官を意識して城内に作られたカフェは、思いがけず男性にも好評。

しかも、その副産物として、長い間懸案事項となっていた文官の婚姻率が上がったのだ。

エミール監修の、街中の人気カフェにも負けないメニュー。

効率化の結果、しっかり取れるようになった休憩時間。

美味しいスイーツと心の余裕が、恋愛の土壌を育んだ。


「本当に褒美などいらないんです。

人生で最高のご褒美は、もう貰ってあるから」

そう言って自分を見つめるエミールに、グレースが微笑み返す。


「相変わらず甘い雰囲気で、胸焼けする!」

「兄上も早く相手を見つけてください」

「相手はいる! 難攻不落なだけだ」

皆の頭を、仕事人間の侯爵令嬢ジャンヌが白馬に跨って駆け抜ける。

近衛騎士団の副団長に出世した彼女は、ますます仕事以外眼中になさそうだった。


「助けてくれ、スイーツ公爵!」

「なんですか、その二つ名は」

「え、だってスイーツ王子からスイーツ伯爵って呼ばれてたんだから、今度はスイーツ公爵だろ?」

「初めて聞きましたが? グレース、知ってた?」


聞かれたグレースも初耳だったが、いつでも自分に甘い旦那様の言動を思い返すと、否定するのもなんだか違う気がした。



第三王子とジャンヌのお話『幼馴染の副団長は ちょっと乱暴 猪突猛進』を投稿しました。併せてお読みいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] スイーツ公爵、めちゃくちゃいいですね…! 家政学は工学理学経済経営保健健康福利厚生医学教育を横断する学問であり、生活に直結する学問ですから、それを極めた王子が有能なのは自明の理ですね。 家庭…
[一言] 主人公達が凄く可愛い!  そして、とても甘い! 読んだ後、とても幸せな気持ちになりました♪
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