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短編・掌編

「出会い」

作者: 真抖

お題「出会い」

 ぱらぱらと雨が降っていた。

 夕暮れの公園、子供たちの姿はない。

 木でできた古いベンチの上に、“彼”は座っていた。

 小雨だった雨は、雲の色が濃く黒いものになっていくにつれてその激しさを増していく。

 “彼”はその頃になってようやく雨宿りできる場所を探した。

 公園にはブランコと鉄棒、そして滑り台と砂場があったが、雨を凌げそうな場所はない。“彼”は仕方なく公園の周りを囲むように植えられている木の根元へと走って向かった。

 水がぱしゃぱしゃと撥ねる。木の根元に着く頃には、“彼”はすでにびしょ濡れだった。

 日が沈む。途端に辺りの温度が下がったような気がして、“彼”は身を震わせた。


「……なに、しているの?」


 “彼”はその声に俯いていた顔を上げた。視界に青いチェック柄の傘が映る。

 声をかけたのは薄く化粧をした女性だった。大学生だろうか、少し大きめのカバンを肩から提げていた。

 “彼”は困ったように首を傾げて女性を見た。なに、と言われても、“彼”はただ雨宿りをしているだけなのだ。

 彼女は同じように首を傾げた。そしてじっと“彼”を見つめる。


「……ずぶ濡れ、じゃない。良かったら、うちにおいで?」


 その言葉に“彼”は首を振って少し下がる。

 知らない相手に、好意から出た言葉だとしてもついていくつもりはなかった。

 それを察したのだろう。彼女は苦笑して手を差し出した。“彼”はその手と女性の顔を交互に見る。


「大丈夫。わたし、アパートに1人暮らしだから。心配しないで、ね?」


 ほら、と再度促されて、“彼”はその手に自分の手を乗せた。

 女性はその手をそっと握り、優しく微笑む。


「寒かったでしょ? うちであったかいミルク出してあげる」


 女性は自分の服が濡れるのも気にしないで“彼”を抱き上げると、両手で暖めるように抱きかかえた。

 “彼”は彼女の顔を見上げて、ぱちりと瞬きをする。


「どうしたの?」

「……ニャァ」


 “彼”は小さく鳴いて、もぞもぞと彼女の腕の中で楽な姿勢になった。

 その様子を見て彼女はくすくすと笑う。

 笑い声を聞いて“彼”は耳をぴくりと動かした。けれど安心したのか、特に動く様子はない。


「寒い中、頑張ったね」


 彼女は“彼”の頭を軽く撫でると、雨の闇夜の中を軽く駆け足で公園から去っていった。

 ぱしゃぱしゃと水が撥ねる。傘がぱらぱらと雨を弾く音がした。

 一定のリズムで揺られているうちに、“彼”は眠気に襲われ、うとうととし始めていた。

 それに気が付いた女性は、またくすりと小さく笑う。

 とんとんとん、と硬い地面を歩く音。“彼”は音が変わったのに気が付いたのか、軽くその頭を持ち上げた。


「あ、起こした?」

「ニャ」


 “彼”は「そんなことはない」と言いたげに鳴いて、ふぅ、と彼女の腕に顎を乗せた。

 がちゃり、という音がして目を開けると、白いドアを彼女が開けたところだった。

 明かりが灯る。白い壁が“彼”の視界に入ってきた。

 がちゃんという音と、かしゃんという音が後ろから聞こえる。

 今度はぱたぱたという軽い足音になり、“彼”は気になったのか腕の中で起き上がった。


「……ニャゥ?」

「ちょっと待ってね。今タオルを出すから」


 彼女はそう言うと洗面所へ“彼”を抱いたまま向かい、そこの棚からハンドタオルを2枚取り出した。

 “彼”は床に下ろされると、ぶるぶると身体を震わせて毛についた水気を飛ばした。

 あ、と彼女が声を漏らす。


「あーぁ……まぁ、仕方ないよね……ほら、拭いてあげるから」

「フニャッ」


 がしがしと身体を拭かれ、“彼”はよたた、とふらついた。

 目の前がタオルで覆われて見えないからか、感覚もおかしくなりそうだった。

 拭かれる感触がなくなる。“彼”はもぞもぞとタオルの中を動き回り、ひょっこりとその中から顔を出した。

 女性の姿がない。“彼”は首を傾げてタオルの中から這い出す。


「ニャァ……」

「あぁ、ごめん。もうちょっと待ってね」

「ニャゥ?」

「ほら、どうぞ」


 目の前に白い液体がなみなみと注がれた器が置かれる。

 “彼”はその器の前にちょこんと座り、彼女を見上げた。


「本当は猫用のミルクをあげたほうが良いんだけど……ごめんね、今日はこれで我慢してね」

「……ニャ」


 “彼”はちろちろとミルクを舐め始めた。人肌ぐらいに温められたミルクは、冷えた身体にはちょうど良い。

 頭を軽く撫でられる。“彼”はそれにちょっと上を見ただけで、ミルクのほうに集中していた。

 器に入っていたミルクの半分ほどを飲んで、“彼”は座りなおして女性を見上げた。


「君、迷子じゃなさそうだけど……野良なのかな?」


 彼女の言っていることが分からない“彼”は、首を傾げた。

 彼女は困ったように笑うと、“彼”の喉元を指でくすぐった。


「まだ小さいのにお行儀が良いんだね……うちに住む?」

「ニャァ」


 “彼”はぱちり、とまた瞬きをした。

 雰囲気からしてなんとなく言っている意味が分かったような気がしたけれど、“彼”は首を傾げた。


「どうする?」

「……ニャ」


 外へ出ても行く当てのない“彼”は、そう鳴いて彼女の足に頭を擦り付ける。

 その様子を見た彼女は、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 “彼”の両脇に手を入れ、持ち上げる。“彼”は何が起きたのか分からずにじっと彼女を見ていた。


「じゃあ、これからよろしくね。えっと……あ、そうか。名前決めなきゃ」


 “彼”を呼ぼうとした女性は、まだ名前を決めていないことを思い出して声を上げた。

 “彼”の身体を床に下ろし、彼女はぱたぱたとその横を通り過ぎて奥の部屋へと向かう。

 置いていかれたままそこに座っていた“彼”は、とてて、と女性の後を追って歩いていく。


「これから一緒に暮らすんなら、名前決めないとね。とってもいい名前を決めてあげる」


 そういって笑った彼女の顔を見て、“彼”もなんだか嬉しい気分になった。


「ニャア」


 “彼”はそう鳴くと、これから始まる新しい暮らしを思ってか、嬉しそうにその長い尻尾を左右に揺らしていた。


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