闇の鳥籠
闇の鳥籠に囚われた小鳥。私は幼い頃に光を失った自分のことをそのように思っておりました。
私は歌うのが好きです。何よりも愛しています。子供の頃はただ歌うのが楽しくて、大人が褒めてくれるのが嬉しくて、何も考えずに無邪気に歌っておりました。物心つく頃には、私の歌には他人の感情の深い部分に訴える力があることに気がつきました。獣のような声で五月蝿く言い争いをしていた人も、泣き喚き叫んでいた人も、私が歌えば皆が静かな吐息を漏らすのです。盲目の私は、歌の他に世界と関わる方法を知りませんでした。ですから、歌だけが自分にできる唯一の自己表現で、生きる理由だと信じて疑いませんでした。
成長し少女になった私は、昔からの夢だった歌手になるために努力を重ねました。レッスンに通い、オーディションを受け、自主練習を重ねます。夢に向かって突き進むうち、私は目が見えないことが如何に不便なことかを思い知りました。他の人が目で見れば一度で理解できることを、私は耳や指先から少しずつ知らなければならないのです。私は生まれて初めて、本気で光を望みました。そのことを両親に相談すると、彼等は私の願いを快く聞き届け、視力を回復させる手術を受けさせてくれると約束してくれました。私は喜びました。これで夢への距離が縮まると。
眼球のドナーを探すのにしばらくかかりましたが、私が運が良かったようです。私に合う眼球はまもなく見つかり、手術は呆気なく終わりました。術後の回復期間はあっという間に過ぎ、遂に目を覆っていた包帯が取れるときがやってきました。父と母の優しい声に導かれ、私は長い布を取り去り瞼を上げました。すると、どうでしょう。目の前には、世にも恐ろしい顔をした怪物が二匹もいたのです。顔の中央は奇妙に隆起し、中央より少し上の部分には――球体が埋まっているのでしょうか、おかしな動きをする部分が顔の左右にあり、下の方には生々しい色をした謎の裂け目があります。呆気に取られていた私は、大丈夫? とかちゃんと見えている? とかいった言葉をかけられて初めて、二匹が自分の両親であることを知りました。嘘。今まで心から慕い、頼っていた存在がこんなに醜い姿をしていたことに、私は愕然としました。何を言えばいいのか分からず黙り込んでいると、壁や床と同じ色の服を羽織り、首から変なネックレスを下げた怪物がやってきました。怪物その三は私の目を覗き込み、いくつかの質問をしました。それに答えると、怪物その三は私の視力に問題はないと言いました。三匹の顔を順に見て、私は彼等の顔がごく普通の人間の顔であることを悟りました。そのときになって気がつきました。闇の鳥籠は私を閉じ込めていたのではなく、恐ろしい光から守っていてくれたのだと。
視力を取り戻してからは、今まで不便に感じていたことの殆どがなくなりました。ですが、私は他人に会うのを恐れて引きこもり、人前で歌うことも苦手になってしまいました。このままではいけない。デビューの話がやってきたのはそう思っていたときのことでした。手術をする前に出たイベントの映像が目に留まったとのことです。そのときの映像を見てみると、私は大勢の前で実に堂々と、伸びやかな声で歌っていました。今の私にはこんなパフォーマンスは到底できないでしょう。私は啜り泣いていました。目さえ、この目さえ見えなければ。そう思ったとき、心は既に決まっていました。
銀色の鏡に向かい、私は左目にボールペンを突き刺しました。鋭い痛みが脳に響き、左の視界が黒く塗り潰されます。目の奥がみしみしと軋みました。歯を食い縛り、悲鳴をあげそうになるのを堪えます。もう一度。右目も同じようにして抉ります。目から溢れた熱い液体が頬を伝い、私の世界は再び闇に包まれました。
数ヶ月後、私は盲目の歌手として華々しいデビューを飾りました。私の声は小鳥の囀りのように美しいと持て囃され、誰もが私の歌を賞賛しました。今ならわかります。鳥籠の中で育った小鳥は、鳥籠の中でしか歌えないのです。