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私とポチと御上町

作者: 水紅

 これぞ夏だと思わせるような青空に、葉架は顔をしかめる。

 彼女は夏が好きではなかった。あまり良い思い出がない。どちらかというと、秋から冬に移り変わるあのもの寂しい季節の方が好きだ。

 中学生にしては渋い感性をしていると自分でも思うが、逆にこんな何もかもが生き生きとした季節が好きだと言う皆の方が可笑しいんじゃないかとも思う。

 彼女は少し捻くれている。


「はぁ、ポチ、もっとゆっくり歩いてよね。」


 愛犬にそう愚痴る。

 ちなみに、ポチという名前は葉架がつけた。彼女はネーミングセンスがあまりない。家族にも不評だった。しかし、意地でもポチで通す葉架に、先に家族が折れた。

 彼女は結構頑固者だ。


「あら、葉架ちゃん。ポチのお散歩?偉いわね〜。」


 柿田さんちのおばさんに声をかけられる。

 このおばさんは話が長いで有名だ。噂好きなのだ。その上、一度捕まると三十分は解放されない。葉架は毎回このおばさんに捕獲されていた。早く抜け出そうとも思わない。

 彼女は少し面倒くさがりだ。


「あら!いけない。おばさん、お買い物行かなきゃいけないんだったわ。それじゃあまたね、葉架ちゃん。」


 このおばさんは、毎回こんな風に話を終わらせる。忘れっぽい人だった。


 葉架はまた歩き出す。散歩の続きだ。

 先程からポチは、大人しく話が終わるのを待っていた。そして、通りがかる人々に嬉しそうに駆け寄って、頭を撫でてもらっていた。

 ポチは愛想がいいのだ。飼い犬は主人に似ると言われるけど、葉架は全力で否定したい思いだった。全く、どこでそんな技を身につけてきたのか。


 葉架は少し不機嫌になりながら歩く。彼女はいつもこんな感じだ。常に、何かに関して不満を募らせていた。他の人にとっては取り留めのないようなことも、彼女は気になってしまう。

 ある意味、彼女は繊細な性格だった。


 歩いているうちに公園に着く。公園と言っても、小さな砂場と古びたブランコが所在なさげにぽつんと置かれているだけだ。

 子供が遊んでいるところは、あまり見たことがない。


 持ち手部分が錆びついているブランコに、腰を下ろす。少し漕いだだけでギギッと音がなるそれは、最近では近隣からの苦情により撤去されることになったらしい。

 柿田さんちのおばさんから聞いた。


 小さい頃は、この公園でよく遊んでいたのだ。というか、ここ以外遊び場がなかっただけだが。

 ひーちゃんとゆーくんと一緒によく砂場で暴れていたな、と思い返す。もう四年以上も前のことだ。懐かしい。


 今から七年前。葉架がこの御上町に越して来た、八歳の時。彼女が一番に仲良くなったのが、ひーちゃんとゆーくんだった。

 ひーちゃんは少しませた所のある女の子で、ゆーくんは頭の良い男の子だった。二人はクラスで少し浮いていた私を、特に特別扱いも何もせず、ただ普通に接してくれた。それが葉架には嬉しかった。


 あの頃は本当に楽しくて、毎日がキラキラしていた。無邪気に笑って、走って、転んで泣いたりもして、そんな日々が今思い返せば、どんなものよりも大切だったと分かる。

 だからこそ、葉架は“今”がつまらない。


 葉架が越して来て三年が経つ頃、ひーちゃんはこの町から居なくなった。両親の離婚によって、母親とともに出て行ったのだ。何の前触れも無く。

 そのことに対して、憤りよりも何故という疑問が大きかった。


 何故、教えてくれなかったのか。両親の仲が悪かったことを。

 何故、相談してくれなかったのか。力になれずとも、話ぐらいは聞いたのに。

 何故…私たちは親友ではなかったのか。


 疑問は募って募って、でもその答えを教えてくれるひーちゃんはもう居なくて。私は今まで何を見てきたのだろうかと、とても自己嫌悪に陥った。もしかしたら、ひーちゃんは助けを示していたのかもしれない、と。


 私は周りが見えていなかった。親友を自認していたひーちゃんのことさえ、きちんと見ていなかった。それは今更過ぎる後悔で、私は自分のことばかりだったということに漸く気づいた。

 周囲の状況を把握しようしなかった。それが、私がひーちゃんを失った原因だった。


 調べようと思えば、調べられることだった。手に入らない情報ではなかった。実際、大人たちはひーちゃんの両親が不仲であることを知っていたし、そろそろ限界が近いということにも気づいていたらしい。

 ひーちゃんの両親が離婚したと知った周囲の大人たちは、あぁやっぱりというような反応をしていたのだから。


 その上、ゆーくんも知っていた。

 本当に知らなかったのは、“私だけ”だった。


 そうして、私にとってのキラキラだったひーちゃんが居なくなって、私の毎日はつまらない。ただ、生きるだけの日々だ。

 ゆーくんは別に何処にも行っていないけれど、彼は違うのだ。ひーちゃんみたいな太陽の煌めきを持っていない。あの圧倒的なキラキラは、ひーちゃんにしか出せないものだ。


 夏の太陽は、まさにひーちゃんを思い起こさせる。ぬけるようなあの青空の中で、輝きを放つあの太陽だ。

 天に向かって手を伸ばしてみても、決して届きはしない。それがなんだか、今の私とひーちゃんを表しているようで。


 やはり、葉架は夏が好きにはなれない。

 そして、その思いがどこか矛盾していることに、葉架自身気づいていた。



 公園の隅にある時計の針は、もうすぐ正午を示すところだった。

 そろそろ帰らなければ。きっと、母が昼食を作って待っているはずだ。


 葉架はブランコから腰を上げる。その際に、また少しギッと不快な音をならして、ブランコは少し揺れた。


 もう、あの頃は戻って来ない。

 子供の見る夢は、いつか覚めるものだ。


 私はもう随分長い間ぽっかりと穴が空いてしまっているその心に、それらしい言い訳を詰め込んで歩き出す。


 私がどれだけ後悔しようが、この町も私自身も何か劇的に変化するわけではない。

 この思いは、時間をかけながらゆっくりと風化するように、いつか消えてゆくのだろう。

 それはそれでいいかもしれない。



 夏の青空に太陽が浮かぶ。

 ポチのリードに引かれて、帰路につく。


 御上町は、今日もいつも通りだ。


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