第四章 70話 祝いと馬
1553年12月21日
起きて考える。
昨日はいつもよりちょっと多く飲んで…。
いや、覚えてないんだけど。
ここは俺の大部屋だな。
ストーブがある。
けど、ちゃんと服着てるしな。
みんなもちゃんと着てるし。
ちょっと気分悪い。失敗した。こんなの何年ぶりだ。
水飲みに行こう。
そっと起きて台所へ行こうと、八畳の部屋を出た。
と、六畳の部屋に源五郎がいた。
なんとなく気まずい。
昨日は…みたいになるのは嫌だ。
源五郎「おはようございます。殿。」
信輝「ああ、おはよう。」
源五郎「ご体調はいかがですか?昨日は、お疲れだったようで、宴会場で寝てしまわれたのですよ。お疲れだったみたいですね。あのような殿は初めて見ました。」
ん?宴会場で寝ちゃったのか?じゃあセーフじゃん。
信輝「そうなのか?すまなかったな。皆で運んでくれたのか?」
源五郎「はい、奥方様たちが。」
え?アウトか?
源五郎「我々もお手伝いしましたが。奥方様たちもすぐに寝てしまわれたようですね。」
セーフ!
いや、そもそも自分の妻だからセーフしかないんだけど。
最初が記憶をなくししてってのも違うと思うし。
来年に持ち越しだな。
でも戒めよう。飲みすぎ注意。しばらく控えよう。宴会はするけど、しばらく俺は飲まないようにしよう。
武蔵以下は最初から飲んでないしな。もう少し年を重ねてからにしよう。
台所に行って、薬草と水を飲んだ。これですぐ回復するだろう。
気分転換のために庭に出た。
外は気持ちいい。寒いけど、今日はいい天気だ。
武蔵「おはようございます、兄上。」
信輝「おう、武蔵か。おはよう。」
武蔵「ご体調はいかがですか?」
信輝「ああ、もう大丈夫だ。すまなかったな。」
武蔵「いえ、すぐ寝てしまわれたようで。お疲れのところ申し訳ございませんでした。」
信輝「いや、自業自得だ。謝らないでくれ。もう帰るのか?」
武蔵「いえ、早く起きたので城内馬場で汗でもかいてこようと思いまして。兄上が見えましたのでこちらに参りました。」
真面目な弟だ。
信輝「いいな。俺も行こう。」
武蔵「本当ですか?嬉しいです!一緒に参りましょう!」
「我々も連れて行ってください!」
振り返るとさらに下の弟二人がいた。
越前「兄上たちお二人が出ていかれるのを見ましたので、播磨兄上を起こして付いてきました!」
信輝「そうか。では行くか。」
播磨「はい。」
あまり兄弟だけで話す機会もなかったので、ちょうどいいかもしれない。
厩から馬をひきだしそれぞれ跨った。
西の城内馬場に向かってゆっくり歩ませる。
播磨「兄上ご体調は?」
信輝「ああ、大丈夫だ。ありがとう。」
越前「本日は何をしますか?」
信輝「何しようなー。何かまた新しいことしたいよな。」
越前「何かまた開発してください!」
武蔵「越前、無茶を申すな。兄上だってそうずっと何かを思い付かれているわけではない。」
越前「大峰銃や、この馬たちも兄上のお考えだったと伺いました。」
信輝「ああ、そうだな。」
播磨「ずっと思っていたのですが、この南部馬は陸奥の南部の馬なのですか?」
信輝「そうだ。八善屋に頼んでな。」
播磨「そうなのですか。でも噂に聞くと、最近はもう陸奥の辺りにもいなくなってしまったそうですよ。」
信輝「そうなのか?十年前だからな。あの時も確か値は高かったから、希少品種だったのかもな。」
武蔵「それが今では浅川園で何千頭といますもんね。」
播磨「すごいですね。私は、この南部馬は交配でもした新しい種類なのかと思ってました。」
信輝「え?交配とかって普通にあるの?」
越前「ありますよ。領内の木曽なんかでは木曽馬を元に交配して品種改良に挑戦しているらしいですよ。」
信輝「え?そうなんだ?」
武蔵「馬だけに限らず、普段私たちが食している、牛や豚、鶏なんかも、育てやすいように、より美味しくなるように、牛は牛乳が出やすいように、鶏は卵を産みやすいように品種改良されていますよ。十年前の種類はもういないそうです。」
播磨「そうですので、この馬たちもそうなのかと思ったのです。」
そうなんだ。知らなかった。生き物の交配とか品種改良とかって、なんとなくどうなのかなと思って手を加えていなかったけど、それなら馬も、海外の馬を取り寄せて、サラブレット作れるんじゃないか?
そしたらこの南部馬よりも大きくて強くて速い馬ができる。
信輝「又兵衛。」
又兵衛「ハッ。」
最近戦とかないから出てこなかったけど、又兵衛、采女はずっと俺の側にいてくれている。状況に応じて見え隠れしながら。
信輝「八善屋に使者出して、誰か来てもらうように伝えて。今から馬場に行くから、昼過ぎに来てって。」
又兵衛「畏まりました。」
越前「何か思いつかれましたか!?」
武蔵「何か思いつかれたのですね?」
播磨「お教え下さい。兄上。我らもお力になれるようなことがあったらお手伝いさせてください。」
信輝「うん。さっき播磨が言った馬の話さ、越前と武蔵の言った交配ってのを聞いて、もっと大きくて強くて速い馬って作れないかなと思って。」
越前「でも兄上、この南部馬より大きい馬など今まで見たことも聞いたこともないですぞ。」
武蔵「確かに。木曽馬もこの南部馬に比べるとだいぶ小さいですからね。」
播磨「南部馬のことが気になった時に他の馬の種類も調べてもらいましたが、この南部馬より大きな馬というのはいませんでしたよ。」
信輝「そうだろうね。だから八善屋に頼んで海外のを連れてきてもらおうと思って。皆が今普通に食べている野菜なんかも、八善屋にお願いして持ってきてもらったものだし。」
武蔵「なるほど!そのようなことが。確かに私たちは普通に食したり、使ったりしていますが、浅川園のものは兄上が海外のものを取り寄せて集めたものだと聞きました。」
越前「この南部馬よりも大きな馬がいるのですか?楽しみです!」
播磨「そうですね。海の外の情報までは調べ切れておりませんでした。もっと視野を広く持たないといけませんな。」
馬場で一駆けしたあと、屋敷に戻り、汗を流し、宴会場で皆で食事をしていた頃に、八善屋はやってきた。
大広間に通してもらい、近臣衆、一族衆、小姓衆とともに大広間に入る。
そこにいたのは甚右衛門だった。
信輝「わざわざ甚右衛門殿が来てくれるとは申し訳ない。」
甚右衛門「いえ。たまたま本店に戻っておりましたので。」
信輝「先日は堺で世話になりました。船も、小田原での長逗留もありがとうございました。」
甚右衛門「いえ。大した事もできず。船では大変だったそうですね。それで本日は商売の話ですか?それとも先日申し上げたお祝いの件ですか?」
お祝い?ってなんだっけ?
顔に出たのだろう。
甚右衛門は笑った。
甚右衛門「お忘れですか?結婚の祝いをと申し上げたではないですか。その後にも側室を何人も迎えられたとか。そのお祝いも、屋敷の新築祝いもありますので、何でもお申し付けください。」
信輝「ああ、すまない。忘れていました。では、お願いしてもいいですか?本日は商売の話ではないのですが。」
甚右衛門「ええ、構いません。商売の話もまた何か考えてくださいね。」
信輝「あ、いや、そういえば新しく作ったものあったな。チーズとバターと、ガラスの瓶でも売ってもらうか。瓶だけ売っても仕方ないか。酒を入れて売るか。でも、今までのように大きな収益とはならないかもしれませんが。」
甚右衛門「新しいものがあるのですね。さすが若だ。いや武衛様か。また売上の六割をお支払いしますよ。」
信輝「いや、そんなにいいのですか?」
甚右衛門「今までもそれでやらせて頂き、それでもこんなに儲けさせて頂いているのです。武衛様のおかげですから、今後もそれでお願いします。」
信輝「ああ、そうか。ありがとうございます。」
甚右衛門「それで、本日のお話というのは?」
信輝「そうです。馬を手に入れてほしいんです。」
甚右衛門「馬ですか?大峰の南部馬よりいい馬は知りませんが。ああ、そうか。また外からですね。時間が掛かると思いますがよろしいでしょうか?」
信輝「ええ、時間はどれだけかかってもいいので、手に入るだけ色々な種類の海外の馬を入れてもらいたい。できれば、アラブ馬やバルブ馬、カルスト馬が欲しい。もしいたら、リピッツァナー、アンダルシアなんかも欲しいから探してほしい。紙に書いたものをお渡しします。きっとかなり労力がかかるでしょうから金はお支払いしますので。」
甚右衛門「わかりました。探してみましょう。では、それらが手に入りましたら、それをお祝いとさせてください。ですので、お代はいりません。」
信輝「いや、さすがにそれは。またこちらの無理を聞いてもらうわけですし。」
甚右衛門「武衛様、いいのです。毎度同じことを申し上げているではありませんか。今の八善屋は武衛様のお陰なのです。」
信輝「そうですね。毎回このやり取りしていますね。ではありがたく頂きます。ありがとうございます。」
甚右衛門「そうしてください。」
信輝「宜しくお願い致します。では商品の方は家臣に言って、どのようにするか打ち合わせに行かせますので。」
甚右衛門「わかりました。では、本日はこれで失礼します。」
信輝「ありがとうございました。宜しくお願いします。」




