第四章 68話 新陰流と遊び
1553年12月12日
雪合戦から二日後、一昨日は全員俺の屋敷に泊まり、昨日の昼頃一度帰り、翌日の今また全員が来ている。
ヒマか!と突っ込みたくなるが、実際、まだ家督を継いでいない俺たち御曹司たちはそんなにやることがないのだ。
仕事と言えば、将として一角の人物になるために、学ぶこと、鍛えること、そして家中の和をはかることくらい。
その点に関しては、ここにいる一族衆は幼い頃からカリキュラムで学んできたので、武経七書や四書五経は諳んじているし、その上でそれぞれ自分の考えを持っている者もいる。武術も刀、槍、弓、薙刀、棒、小太刀、鉄砲などと、馬術においても達人並。そして新陰流の使い手だ。ただ、それだけのことをやって来た。尋常じゃなく厳しかった。本当に言葉通り血反吐を吐いて頑張って来た。当時のことは今思い出しても吐き気がする。
そして近臣衆でも、左衛門尉、伊豆、長門、大蔵は同じようにやってきた。武芸が苦手だと言っていた大蔵も今では、俺たちほどではないが相当な腕になっている。あの時の兄たちより恐らく武芸も優れているのではないか。
三郎兵衛、又左衛門、正左衛門、作左衛門は元から強かったが、京館での三年間で更に学び、強くなった。新陰流も伊豆が教えている。
兵部は元々武芸百般。新次郎も既に十分過ぎる程に強い。左近、孫一、源左衛門も腕はあったのだが、この三人は今、さらに成長するためにカリキュラムを受けている。
と、このような者たちなので、毎日遊んでても大丈夫なんだ。という言い訳を長々と述べてみた。
それに、こうやっていることで家中の次世代の結束はますます高まるし。
まあ遊んでいるんだけど。
長尾景虎が動き出すまでだ。
父上たちは水面下でも何やら動いているようだ。
俺たちは毎日楽しく遊んでるだけなんだけど。
前置きが長くなったが、今日は俺の屋敷の武道場にいる。武道場は東館と中館にかかるくらいの位置の北側にある。
ここもかなり広いので、俺たち三十一人が入ってもかなり余裕がある。十組くらいの立ち合いなら余裕で同時にできる。
今日は、先日陸奥が言っていた剣術の試合をやるために集まっている。
柳生新次郎の剣術の腕を見るために、伊豆と立ち合ってもらうことにした。
ちょっとさすがにかわいそうかなと思ったけど、新次郎は喜んでいる。
伊豆も喜んでいる。
まずは、皆それぞれ適当に相手を決めて軽く打ち合いをした。使っているのは、兵の調練でも使っている竹刀だ。竹刀でもふざけていると怪我をするので、軽くと言っても真剣にやっている。
俺は、武蔵、播磨、越前と弟たちの相手もしてみた。
俺の方が腕は上だが、打ち込まれそうになったのが数回あった。
三人とも強くなったものだ。特に越前はやはり強かった。
三人とも肩を落として次の者のところへ去って行ったが。
そんなに落ち込まなくてもいいだろうに。
そして、そろそろ今日のメインイベントに移ることにした。
その時、武道場の扉が開いた。
壱岐「やっとるの。」
信輝「師匠!」
俺たちは全員直立し頭を下げる。全員が新陰流の弟子たちだ。
壱岐「よいよい。楽にせい。」
そう言って入り口のすぐの場所に座った。
信輝「師匠、上座へ。」
壱岐「若、本日は見学に参っただけじゃ。続けてくれ。」
信輝「ですが。」
壱岐「よいのじゃ。始めてくれ。」
信輝「はい。わかりました。」
察した皆が、両脇に寄って座る。伊豆と新次郎が両脇に寄った者たちを背にして真ん中に距離を置いて立った。入り口の師匠からは二人が前方左右に見える。
信輝「では、話していたように、これより伊豆と新次郎の試合を始める。」
伊豆・新次郎「はい。」
既に二人の間の空気が張り詰めている。
伊豆は言わずと知れた、剣聖の嫡男。剣聖に一番近い男。
新次郎は史実では後の石舟斎であり、子の秀胤ではなく、新陰流の後継者となる。柳生石舟斎が継いだことによって、新陰流は柳生新陰流と呼ばれることが多くなる。
この時は、富田流、新当流を修めている。相当に強いらしい。
二人が竹刀を左手に持ち、礼をした。
そして構えた。
信輝「では、始め!」
俺は開始の合図だけを行い、師匠と反対側の道場の奥に座る。
開始直後から動いたのは新次郎だった。
動いたと言っても、実際に動いたり、声を出したりしたわけではない。
気を発したのだ。
剣をやっていない人にはわからないかもしれないが、ここにいる者たちにはわかる。
やはり相当に強い。
両脇の皆も息を飲んでいる。
しかし、伊豆は動じない。動じないどころか静かだ。
静かというか、新次郎が発した気を全て飲み込んでいる。
山のように大きいような、海のように深いような、そんな感じ。
何と言うのが正解かわからないが、とにかく大きくて深くて静かだ。
誘っているわけでもなく、威嚇しているわけでもなく、戦意がないわけでもない。
壱岐「ほう。」
師匠が納得したような、驚いたような声を出した。
周りは伊豆にも驚いていたが、師匠の声にも驚く。
昔の伊豆は、まさに鬼人という殺気を放ちまくっていた。
そのころに比べると恐怖感はない。
が、その頃とは比べ物にならないくらいの何かを感じる。
再度、新次郎が気を発した。
新次郎だけが汗をかいている。
またしても新次郎が発した気は、伊豆に飲み込まれたように感じた。
新次郎「参りました。」
一同「!?」
新次郎「勝てる気がいたしません。参りました。」
新次郎は竹刀を下げる。
壱岐「フォッフォッフォッ。」
一同「!?」
全員、新次郎が参ったと言ったのにもびっくりしたが、師匠が笑い出したのにはもっとびっくりした。
壱岐「二人とも天晴じゃ。よく修行しとるの。新次郎なかなかやるではないか。」
新次郎は驚く。
新次郎「ハッ。」
壱岐「だが、我が子、伊豆には勝てなんだな。こやつはもうわしに近い力を持っている。伊豆よ。」
伊豆「ハッ。」
壱岐「お主に新陰流の正統を譲ろう。まだ家督は譲らんがな。」
そう言って師匠は声を上げて笑った。
驚きすぎて誰も笑えない。
道場には師匠の笑い声だけが響いた。
伊豆「ありがたく。」
伊豆がなんとか声を出して頭を下げた。
壱岐「さて、若よ、今の立ち合いを見てどう思ったかな。」
俺!?
信輝「はい。伊豆は静かでした。」
思ったことを言う。
壱岐「そうじゃな。若よ、お主もやってみよ。伊豆、若と代われ。新次郎は若と立ち合ってみよ。」
信輝・伊豆・新次郎「はい。」
伊豆と俺が代わり、新次郎と向かい合う。
壱岐「肥後、合図をせい。」
肥後「ハッ。」
肥後「では、始め!」
俺と新次郎は礼をして構えた。
新次郎は今度こそ負けまいと、また先程のように気を発する。
相対するとそうでもないな。傍で見ている方がすごかった。
さっきの伊豆すごかったな。やってみるか。
こんな感じかな?先ほどの伊豆を真似て大きく広く静かに構えてみた。
伊豆「おお。」
壱岐「ほう。」
新次郎が小さくなっていくように見える。恐怖感は感じない。
壱岐「そこまでじゃ。」
俺と新次郎は息を吐く。
壱岐「若、やはり腕を上げたの。前から決めていたのじゃが、若にも皆伝を授けよう。」
マジか。
信輝「ありがたく。」
膝をついた。
壱岐「若い世代が育っていてわしは嬉しいぞ。若、先ほど言ったように新陰流の正統は伊豆に譲り申す。そして、若は皆伝じゃ。新陰流の弟子を取っても構わぬ。まあ、子たちの修行は今まで通りわしがやるがの。あとこれはお願いじゃが。」
信輝「何でしょうか?」
壱岐「この新次郎、わしに預けて下さらんか?才がある。数年で必ずや大峰家になくてはならぬ男にして見せよう。」
信輝「わかりました。新次郎、どうだ?」
新次郎「光栄です。是非お願い致します。」
壱岐「決まりじゃの。では新次郎はわしに付いて来い。今鍛えておる豊五郎とどっちが強いかの。楽しみじゃ。では。若、これで失礼致すぞ。」
信輝「ハッ。」
俺たちは立ち上がり頭を下げた。
新次郎は俺に挨拶して、師匠について出て行った。
後に残った者たちはそのまましばらく動けず、声も発しなかった。
なんだかすごかったな。さすが師匠。
俺も皆伝をもらえた。まだまだ伊豆には到底かなわない気がするが。とりあえず嬉しい。
新陰流の正統は史実とは違い、伊豆が継ぐことになった。
まあ、こんだけ強けりゃそりゃあね。
新次郎はどうなるかわからんが柳生新陰流も生まれそうな予感。
遊びのつもりだった日だったが、なんだか疲れた。
この日も、伊豆の祝いということで宴会を行い、皆は例のごとく泊まって行った。
ちゃんと西館に料理を持って行ってもらうのも忘れなかった。
遊んでいるのもなかなか大変だ。




