第一章 5話 神託と海野一族
1543年3月18日
朝から祖父と父上に呼ばれ、ここは敷地内の俺が住んでいる本館とは違う建物の祖父の別館。傅役の備後と、千凛丸もいる。竹千代と辰千代はいない。
信義「松若丸よ、日々精進しておるようじゃの」
松若丸「はい。祖父様もご壮健そうで何よりにございます。」
信義「おう、家督は民部に譲ったがまだまだ皆のためにできることは頑張らないとの。」
隠居したと言ってもまだ45歳だからな。血色もいいし、バリバリ現役って感じ。まだ子供も生まれてるし。婚姻政策も、あの人材育成カリキュラムもこの祖父が考えたっていうし。中興の祖ってやつか。
信秀「今日こちらに来てもらったのは、昨日、父上とわしに時を同じくして夢のお告げがあってな。お主には何かなかったか聞こうと思ったのだ。まだ政治向きのことはよくわからないかもしれないが、何かなかったか教えてくれ。」
松若丸「はい、昨日私にも夢のお告げがありました。なんでも、海野平の戦いで敗れ、現在上州に逃れている海野一族を招き入れると我が一族に運が巡って来ると。」
信義「なんと、松若丸もか!民部よ。」
信秀「はい、決まりですな。備後、評定じゃ。」
室賀「はい。既に招集はかけています。」
信秀「よし。松若丸、そなたも付いてまいれ」
何が決まりなのかは聞いていないが、とても順調に事が進んでいるような気がする。
我々が大広間に入るとそこには評定衆が集まっていた。
上段から見て左側に、父の弟たちである、大久保伊勢守信宣、黒田掃部頭信隆、鎌田内膳正信克、湯塚玄蕃助信直、右側に一つ席を空けて、三家老の山下兵庫助秀和、中村主計助秀憲、祖父の弟たちである、安倍主水正信保、戸田隼人正信光が並んでいる。みんな揃ってるの初めて見たけど強くて優秀そう。壮観。
上段横の入口から入った我々は上段正面に父、大峰民部大輔信秀、右に祖父、大峰大和守信義、左に俺が座り、上段から見て右側の空けてあった席に室賀備後守秀賢が座った。千凛丸は廊下で待機。
信秀「本日集まってもらったのは、重大な方針を話し合ってもらうためだ。備後。」
室賀備後「ハッ、この度、新しく召抱えた出浦左衛門佐尉より聞くところによると、二年前の海野平の戦い後、海野一族が上州に逃れていること、その海野一族がどうやら上州で上手くいっていないことがわかりました。また、出浦左衛門佐尉は先代のときから海野一族との繋がりがあります。そこでこれを機に、海野一族を大峰に招き入れるのはどうかということが本日の議題でございます。」
信秀「そういうことだ。皆、いかがであろう。まずは伊勢。」
大久保伊勢「はい、海野一族は様々な技能に優れており、真田幸隆をはじめとして矢沢、常田と優秀な者が多いと聞き及びます。一方で、彼らが殿に忠誠を誓うかが懸念でございます。」
黒田掃部「そうですね。まあ殿と我ら次第でしょうな。」
山下兵庫「それでしたら問題なかろうと思います。殿に会えば、そのお人柄や実力ゆえに大峰家のこれからの繁栄を期待し、きっと忠誠を誓うでしょう。」
中村主計「私も同感でです。それより、彼らを招き入れることにより、海野平の戦いで彼らの敵方であった、武田、村上とはっきり敵対することが問題ではないでしょうか。」
湯塚玄蕃「それこそ望むところ!我らが先陣となり蹴散らしてくれましょうぞ!のう、内膳兄上!」
鎌田内膳「玄蕃、落ち着け。ただ、私もそれは問題ないかと思います。むしろ今は武田と村上が敵対しているので、海野一族を味方にし、今のうちに足場を固め、領土を広げる時かと。」
安倍主水「海野一族を迎えることでそれも期待できますな。」
大久保伊勢「確かに。海野一族を迎えることがこの北信濃に一石を投じることになるやもしれません。むしろ、海野一族を得ることが出来、領土を広げることができれば一石二鳥ですな。」
黒田掃部「賛成です。ついでに上州の者も何人か迎え入れ、人材を拡充してもいいやもしれませんな。その出浦左衛門佐尉はここには来ておりませんのか?」
信秀「備後。」
室賀備後「呼んでおります。出浦左衛門佐尉、入って参れ。」
出浦「出浦左衛門佐尉清種と申します。」
黒田掃部「左衛門佐尉、上州に海野一族の他に目ぼしい者はおるか」
出浦「はい、上州と言えばまず、関東管領上杉憲政殿がおられますが、その家臣の長野業正殿です。次に上泉秀綱殿が挙げられます。まず名が挙がるのはそのお二人かと。」
大久保伊勢「長野殿は無理じゃな。」
湯塚玄蕃「上泉殿とはあの新陰流のか。」
鎌田内膳「是非迎え入れたいな。」
安倍主水「さすがに上泉殿は来てくれないのではないか?」
中村主計「上泉殿が参られたら私も師事したいですな。」
黒田掃部「よし、上泉殿もお越し頂けないか説得してみるのはいかがでしょうか、殿。」
信秀「よさそうだな。しかし、海野一族にしても上泉殿にしても、左衛門佐尉と一緒にこの中から誰かに行ってもらおうと思うがどうじゃ。」
大久保伊勢「では、私が。」
黒田掃部「私も参りましょう。」
信秀「伊勢と掃部か。では伊勢がわしの名代として正使、掃部を副使とするが皆それでよいか。」
一同「ハッ」
信秀「この度は海野一族と、上泉殿だけにしておこう。領地の問題もあるしな。左衛門佐尉頼んだぞ。それから隼人、敵地を通り距離もかなりあるから腕利きを数多く頼む。」
出浦「畏まりました。」
戸田隼人「お任せください。」
信秀「では、決まりじゃな。最後に、本日は父上から一言ある。父上。」
信義「うむ、皆、ご苦労。海野一族のことについて、実は、わし、民部、松若丸と我ら三代に夢のお告げがあった。彼らを招き入れることにより大峰家の将来が開けると。評定でもこのような結果となりよかったよかった。これで我が一族は安泰じゃ。益々発展していくであろう。」
一同「おぉ。」「夢のお告げが。」
信秀「と、いうことだ。往復を考えると二月以上はかかるであろう。帰りは、成功すれば人数もかなりのものになる。伊勢らは準備をし、三日後に出立するように。準備は備後も八善屋に言って手伝ってくれ。金はある程度掛けて構わん。蓄えに余裕があるわけではないが先行投資と割り切ろう。海野棟綱殿、真田幸隆殿、上泉秀綱殿には手紙を書こう。では解散。」
すごかった。俺何も言えなかった。考えていた通りにはなったけど。上泉秀綱殿は考えてもなかった。めっちゃいいと思う。新陰流習いたい。俺も上州行きたかった。まあ行ってもできることないか。上手くいくといいな。
さて午前中の学問は行けなかったから、午後の稽古からは参加するかな。




