第三章 36話 戦中の京と将軍家
1550年7月23日
朝早く出た俺たちは、六角家に戸隠衆を遣わし、領内通過を許してもらい、ちょっと急いで西へ進んだ。
大津で日が暮れてきたため、三井寺にお世話になることにした。
六角勢はやはり、もう少し北の坂本辺りにいるらしい。援軍に行くつもりないな。
さて、いよいよ明日京に入る。
松若丸「又兵衛、采女いいか。」
又兵衛・采女「ハッ。」
松若丸「明日、京に入る。情報を集めてくれ。実際に足利将軍家の軍勢やそれぞれ家臣の思惑や状況を探ってくれ。三好家も同じように。あと、一万八千の軍がどこにどのように布陣していて誰が指揮しているかも調べてくれ。ここには三十くらい残してくれたら、後は行っていい。今日はここには攻めてこないだろう。朝早く出るから皆に伝えて、日が昇る頃に起こしてくれ。」
又兵衛・采女「ハッ。」
1550年7月23日
又兵衛「若、戻りました。」
もう少しで日が昇り始めるころ起こされた。
皆ももう起きだしていて、一緒に又兵衛、采女の話を聞いた。
松若丸「おう、お帰り。ご苦労さま。どうだった?」
又兵衛「まず足利勢からお話しします。将軍足利義藤様は現在まだ14歳で、前将軍義晴様が5月に身罷られ、まだ幕臣たちを統制出来ていないようです。幕臣たちは自らの保身に汲々としているようで、攻めの策も守りの策もなく、ただ将軍様に付き従っているだけの者が多いようです。細川藤孝殿と申される方だけが将軍義藤様の身を案じているようですが、まだ若く年配の者に抑えられています。
管領の細川晴元殿は、義晴様とは不和だったようですが、今は義藤様を擁立して京に返り咲こうとしているようです。
しかし、義藤様としてはこれをあまりよく思っておらず、今は従うしかないといったところでしょうか。義晴様の晩年の願いだった京に戻ることができるのなら我慢して今回は担がれようといった思いのようです。
軍としては雑多な軍で、これで戦に勝てるとは正直思えません。数は四百程です。そのうち半分以上が金で雇った足軽と呼ばれている傭兵たちです。将軍家のために戦おうとは見えません。
晴元殿は吉田に陣を構え、義藤様は中尾城におられます。幕臣も一緒にいますが戦には疎いようです。
遠巻きに三好勢に囲まれ、身動きができない状況です。その状況に足軽勢が焦れて、そろそろ抑えられなくなるでしょう。
六角勢は今のところ坂本から動く気配はなく、様子を見て援軍を出す程度のようです。」
采女「次に三好勢です。こちらは一族の三好長逸殿、十河一存殿が率いています。長逸殿は三好一族の長老的立場、十河殿は長慶殿の弟です。
一万八千の軍勢は、二千程しか京に入っておらず、その二千は足利勢と同じく金で雇われた足軽がほとんどのようです。長逸殿、十河殿の近臣はいます。残りの海を渡って来た三好勢の主力は桂川の向こう、長岡から山崎あたりに屯しています。朝廷や京での評判を気にしているようです。
三好長慶殿は、居城の越水城から動いていないので、長逸殿、十河殿がいれば十分と考えているのでしょう。三好勢には松永久秀殿という大物がいるらしいですが、こちらも今回は出てきていません。今回の足利勢は細川晴元殿が中心となっているため、そんなに重要視していないのかもしれません。三好勢はいざとなったらきっと晴元殿は吉田から動かないだろうと思っているようです。そのため、吉田に布陣している晴元殿には少しの抑えを置き、ほとんどが中尾城の囲みの方にまわっています。中尾城の将軍家を数で囲み、手を出して来たらまた近江に追い落とす作戦のようです。」
松若丸「二人ともありがとう。聞いた限りだと完全に三好勢の思う壺だな。放っておけば将軍家が雇った足軽が三好勢に襲い掛かり、これもおそらく雇われたであろう三好勢の足軽が数で圧倒し、その結果将軍家はまた近江か。それを六角家が坂本で待っていて助けると。皆わかっててやっているような配置だな。これを覆したら面白いし、義藤様には思わぬいい結果を差し上げられるかもな。半兵衛どう思う?」
なんとなく半兵衛に聞いてみた。
半兵衛「殿の中ではもう決めてらっしゃるのでしょう。足利家の足軽たちが手を出し、三好家の足軽と戦になってから、第三勢力として戦に加わり、力を見せつけ和議を結ばせることが出来たら最上ですね。」
やばい。本物の神童だ。
皆そう思ったのか、静かになった。
辰千代「なるほど。」
竹千代「そうする?」
松若丸「そうだな。それが一番いいのだろうけど、もうちょっと力を見せつけておいて交渉を有利にしたいから、足利家側に味方して戦おうと思う。それも、俺らが戦に入るのは足利家の足軽たちが敗走を始めてからだ。恩を売りたいってのも少しはあるけど、俺の命令が聞けない足軽は邪魔になる。結果的に俺らの力を見せて三好家とも仲良くなれたらいいけどな。三好勢力圏にある堺にも行きたいし。」
千凛丸「そうですね。大峰家は若の手足となって動きますからね。」
正左衛門「我ら新参も殿のご期待に応えられるよう頑張ります。」
ちなみに、譜代たちは父信秀が大峰家の現当主のため殿は父だ。俺のことは若と呼ぶ。新参たちは、大峰家のというより、俺の家臣になったという気持ちが強いらしく俺を殿と呼ぶ。まあこの大事な時にどうでもいいことだが。
松若丸「じゃあ、今日は様子を見ながら山科を通って南禅寺辺りまで行こう。今聞いた感じだとすぐには戦にならないようだから、すぐに参加できる距離の南禅寺で様子を見よう。引き続き又兵衛、采女は情報を集めてくれ。」
又兵衛・采女「ハッ。」
松若丸「では、準備が出来たら出発しよう。」
南禅寺に寄進する分を残して三井寺にも寄進し、俺たちは出発した。ここまでの道程と違って移動距離が短いが、一応警戒しながら進んだので、予定の南禅寺に入る頃には少し日が傾き始めていた。
南禅寺には持っていたものを全て寄進して泊まらせてもらうことにした。
京には八善屋の支店があるのでまた商品や資金を持ってきてもらっている。三好勢も商人には手を出さないらしい。もっとも、八善屋は公家や朝廷にも顔が知れているので手を出さないのもあるだろうが。
ここで甚兵衛は京の支店に行くことになった。
お礼を言って別れ、戦が落ち着いたら、顔を出すことにした。
それから数日間はまだにらみ合いが続いていた。
又兵衛の大岩衆、采女の戸隠衆、出浦の出浦衆、彦右衛門の蜂須賀党は情報収集と、三好家の仲間割れを誘発するために流言を撒くことに動いていたが他は静かなままだった。
辰千代に『神託』で、義藤様にはこの戦いに援軍が来る、その援軍を重用するといいことがあると、三好長逸殿、十河一存殿、三好長慶殿には戦をやめ和議を結んだ方がいいと、それぞれやってもらっておいた。




