第七章 173話 帰って来た三人と次の作戦
1555年3月4日
昼過ぎに備前、肥後、陸奥の三人が前橋城に戻って来た。
既に、弾正は沼田城に戻り、美濃は館林城へ、修理は本庄城へ向かい、桐生も一度柄杓山城に戻っている。
三人を、ここ数日の報告と、今後考えていることの相談をするために俺の部屋に呼んだ。
信輝「改めてお疲れ。助かったよ。ありがとう。」
備前「お役に立てて何よりです。」
陸奥「まあ結局行って帰って来ただけだったし。」
肥後「そうだな。それで?」
信輝「とりあえず上野と武蔵の配置は話した通り。中将が行ってくれた、忍城の成田と騎西城の小田は一応こっちについたよ。」
肥後「それだけでも大きいな。」
信輝「地図見ながら話そうか、主殿、地図お願い。」
主殿「ハッ。」
以前、大峰から主殿が持って来てくれた地図を部屋に置いてあり、それを広げる。
陸奥「その後は関宿城だっけ?に行ったの?」
信輝「そう。関宿城で足利晴氏殿と藤氏殿と話してね、藤氏殿が古河公方になることの後ろ盾になることにしたよ。」
肥後「まあ一応上手くいったわけだ。」
信輝「うん。それで、藤氏殿から鉢形城に入った藤田重利殿、岩付城の太田資正殿、佐倉城の千葉親胤殿に手紙を送ってもらったよ。俺もこの三人には大峰に味方するように手紙書いておいた。」
陸奥「太田資正って、あの道灌の子孫の?」
信輝「そうそう。道灌の直系は北条に仕えてて、太田資正の家系は道灌の弟の方みたいだけど。道灌の直系は北条氏綱殿の娘と結婚してるみたい。」
陸奥「そうなんだ。太田道灌って上杉家の何かだっけ?」
信輝「扇谷上杉家の家臣だったらしいね。」
陸奥「上杉って武蔵が家督を継いだ?」
信輝「あれは山内上杉家。足利尊氏の母親が上杉家の出で、その人の兄弟と甥が、扇谷、山内、犬懸、詫間っていう上杉四家を作って、関東管領を持ち回りにして栄えてたんだけど、途中色々あって犬懸、詫間が滅んで、扇谷、山内だけになったんだよ。その扇谷上杉家の家臣。」
肥後「山内上杉家が宗家だったんだろ?その山内は武蔵が継いだけど、扇谷ってどうなったの?」
信輝「一度途絶えたんだけど、京の新政権が縁者を見つけて継がせたみたい。今度来る鎌倉公方一行の中に扇谷上杉家を継いだ上杉憲勝って人が来るよ。」
陸奥「そしたら太田資正は扇谷上杉家だからってその人のところに行くのかね?」
肥後「いや、ないだろ。北条にも心底従ってるわけでもないだろうし、うちにだって臣従するかわからんだろ。」
信輝「うん。なんか、ずっと北条と戦って転々としてた印象だよね。」
陸奥「そうなんだ。どうする?」
信輝「とりあえずは北条から離れてくれればいいよ。藤氏殿と大峰から手紙いけば効果あるでしょ。」
肥後「その後は?」
信輝「会ってみてかな。信用できる人なら重用するよ。ほら、仁科、桐生、佐野みたいに。」
陸奥「なるほど。」
肥後「もし、鉢形城、岩付城、佐倉城がこっちについたらだいぶ前進だな。次は武蔵松山城か?」
信輝「そうだね。松山城が取れたらかなり大きいね。采女、松山城って誰が城主?」
采女「現在は上田朝直殿という方です。」
信輝「知らないな。どんな人?」
采女「上田家は扇谷上杉家の家臣の家系です。松山城を先程お話しに出た太田資正殿から任されたのですが、その太田資正殿を裏切って北条に城ごと寝返ったようです。戦はあまり得意ではないようですが、行政には定評があるみたいです。」
信輝「ん?松山城って太田資正殿の城だったの?」
采女「いえ、元々は難波田憲重殿の城でした。その難波田憲重殿の娘婿が太田資正殿です。太田資正は次男で、太田家の家督を継いだ兄と仲が悪く、岩付城を出てしばらく舅であるこの難波田憲重殿の松山城で暮らしていました。その後、北条家に河越城を奪われた扇谷上杉家の上杉朝定殿を受け入れ、上杉朝定殿もこの松山城で暮らしていました。そして、河越夜戦で北条家が大勝し上杉朝定殿、難波田憲重殿が討死され、松山城も北条家の城となりました。これも先程のお話しにありましたが、その際に一度扇谷上杉家は滅びています。」
信輝「そうなんだ。その時太田資正殿は?」
采女「太田資正殿は生き延び、一年後に松山城奪還を果たされます。暮らしていた城ですから、城の特徴をわかっていたのかもしれません。そして、松山城は太田資正殿の城となったのですが、今度は太田資正殿の兄が亡くなったため、太田資正殿は岩付城に戻ることとなり、上田朝直殿に松山城を任せて岩付城に入りました。ところが、その上田朝直殿が城ごと北条家に寝返ったと、そういう流れです。ですが、太田資正殿も結局力及ばず北条家に降ることになったので、上田朝直殿と太田資正殿は今では北条家内で対等の城主ということです。」
信輝「とてもよくわかったよ。ありがとう。一度攻め落としてるなら、松山城は太田資正殿に攻めさせようか。」
肥後「いや、そしたら松山城は太田資正の城になっちゃうだろ。」
陸奥「そうだね。今の話聞いたら、かなり独立心が強そうだね。」
信輝「そうか。じゃあやっぱり会ってみてだな。」
肥後「鉢形城の藤田重利ってのは?」
信輝「ほら、氏邦の藤田だよ。かわいそうな。」
肥後「ああ、皆殺されちゃう一族か。」
陸奥「そうなん?」
信輝「でもまあ色々と違って来てるのでしょう。乙千代丸俺の小姓だし。藤田殿にも会ってみたいね。」
肥後「たしかにな。それで、千葉は?」
信輝「これは本当に全くわからないから、これこそ会ってみてだね。家臣の原なんとかって一族が親北条派で、千葉親胤殿はそれに反発してるみたいだからいけると思う。」
陸奥「結局皆会ってみてだね。」
備前「その後、中将殿たちはいかがしたのでしょう?」
信輝「関宿城から東に向かって、佐竹領に入ってると思うよ。佐竹の太田城、岩城の飯野平城、相馬の相馬中村城って北上していく予定。まあここからは中将たちに任せよう。」
備前「そうですか。そんなに遠くまで。ご無事ならいいのですが。」
陸奥「あの面子なら大丈夫でしょ。行った先々で剣術の試合とかやってるんじゃない?」
肥後「そうだよな。今思ったんだけど、あの面子が全員外に出ちゃって、道場はどうなってるの?」
信輝「確かに。戻ったら確認しよう。」
肥後「あとは、松平竹千代はどうするの?」
陸奥「そうそう!それ面白い!」
信輝「采女と主殿にお願いして駿府から松平竹千代殿を連れて来てもらって、大峰の姫と結婚してもらうよ。」
肥後「うん、それは聞いた。それで?」
信輝「まず、駿府に松平竹千代殿のお供が五十人くらいいるみたいだから、大峰に連れて来れるのは五人くらい。他の人達には八善屋の清水湊の支店から船出してもらって三河に帰ってもらう。」
陸奥「京に行ったときみたいにね。」
信輝「そして、三河岡崎には先に竹千代殿を大峰で預かりますよって連絡して納得してもらっておく。」
備前「そんなこと納得されるでしょうか?」
信輝「それがね、あの五年前に三河に行った時に、色々岡崎城に渡したじゃん。お詫びのつもりで。それが岡崎松平家の家臣の皆さんに役立ったらしくて、大峰に感謝してくれていて好意的らしいよ。」
肥後「まあだとしてもだな。あの時三河で家臣にしたのがうちと陸奥の家にたくさんいるから、そこから何とかするか。」
信輝「そう、それで、今、岡崎松平家をまとめているのが鳥井忠吉殿らしいんだよ。」
陸奥「うちの鳥居彦右衛門の親父さんか。」
信輝「そう、だからその鳥居元忠から連絡してもらっていい?」
陸奥「なるほど。じゃあ俺が家臣連れて直接行ってくるよ。」
信輝「え?いいの?」
陸奥「大丈夫。三河出身と尾張出身が多いから、ちょうど里帰りにもいい機会だし。高遠城と飯田城通るだろうから武田に連絡お願い。よかったら井伊谷にも行って来ようか?」
信輝「井伊谷もいいの?結構時間かからない?」
陸奥「全員騎馬で飛ばして行けば岡崎まで十日もかからないし、向こうで皆里帰りを五日くらいさせたとしても、全行程で一ヶ月もかからないくらいだと思うよ。何かあったら念話で相談するし。」
信輝「助かるわ。じゃあお願いしていい?晴信殿には話通しておくから。兵も少し連れて行けば?」
肥後「じゃあ俺も行こうかな。うちにも三河と尾張の出身多いし。兵は連れて行かなくても大丈夫だろ。うちの出浦衆と陸奥の蜂須賀党がいるし、内蔵助とか藤吉郎もいるし。」
信輝「そうか。じゃあ他の隊にいる三河、尾張出身者も希望があれば連れてってもらおうかな。って言ってもそんなにはいないか。」
肥後「まあほとんど家族も連れて来たからな。」
陸奥「あの時連れて来なかった家族も後から移って来てるしね。」
信輝「じゃあ里帰りするのって?」
肥後「うちだと内蔵助と大久保兄弟は向こうに実家があるな。」
陸奥「うちは実家があるのは鳥居彦右衛門くらいだけど、伊奈とか高力とか出身者は同族とかが向こうにいるし、墓参りとかもあるしね。」
信輝「ああなるほど。じゃあお願いします。でも、行ってもらえるのはとても助かるんだけど、その一ヶ月の間に色々進むかもよ。長尾景虎殿との戦とか、もしかしたらもう一度関東に出陣もするかもしれないし。」
陸奥「まあ仕方ないけど、できるだけ進めないようにお願い。長尾景虎と戦したいし。」
肥後「確かにな。なるべくお願いするわ。」
信輝「わかった。なるべくね。そっちも頼んだよ。」
肥後・陸奥「了解。」




