第七章 170話 古河公方と親子
1555年2月27日
信輝「じゃあ、伊勢頼んだよ。」
伊勢「ハッ。お任せください。」
信輝「いつも何かあると色々と任せてしまって申し訳ないです。叔父上。」
伊勢「殿、お気遣い無用です。我らは家臣です。何でもお命じくだされ。」
信輝「そうか。じゃあ頼む。」
伊勢「はい。お任せくだされ。」
信輝「では、出発!」
今から俺たちは前橋城に向かう。
昨夜、伊勢の率いる三千が新田金山城に到着した。到着早々に伊勢と話し、考えておいたことをお願いした。
一つは、しばらくここに留まり、上野、武蔵の状況を見て必要であれば援軍に向かってもらうこと。そのため、探索係、連絡係として何人か戸隠衆を残しておくことにした。
次に、新田城を築城するための地均しをしておくこと。これには文字通り物理的に地面を均すことと、民心を収攬することを含めている。
そして、獅子、大蛇、霊亀の三隊を戻すために、一部の兵を美濃に先行して館林城に行かせることだ。
美濃は俺が前橋城で今回の配置替えのことを話してから移動のため少し時間がかかる。今回はまだ軍だけの移動となる。館林城の建て替えなんかはちょっと先になりそうなので、とりあえず伊勢崎城を廃城にすると言っても馬場家の家族たちはしばらく伊勢崎に住むことになるだろう。
修理の方も同様だ。
本庄城の勘十郎の大井家、深谷城に入っている弥九郎の笠原家の家族、家臣たちの家族はまだ大峰のそれぞれの屋敷にいる。武蔵の方はある程度落ち着いてから主要な城、その配置などを決めていこうと思っている。家族も移動するのはそれ以降だろう。
朝出発した俺たちは、輜重隊などがいないこともあって領内を駆け抜け、その日の夜には前橋城に入った。皆をすぐに休ませて、俺も先日から使っている部屋に落ち着いた。
采女「殿、早速ですがいくつかご報告があります。」
信輝「うん。中将のところと武田勢の動きを聞こうか。」
采女「はい。まず中将殿ですが、一昨日から関宿城に入られ、足利晴氏殿、藤氏殿、簗田晴助殿と一昨日、昨日、本日と会談を行われました。」
信輝「うん。」
采女「藤氏殿は古河公方になれることには積極的なようですが、まだ北条を後ろ盾としている義氏殿に勝てるかどうか懐疑的なようです。下総の諸勢も現時点では北条の後ろ盾があるからこそ古河公方義氏殿に従ってるような状況ですので。藤氏殿なりに切り崩しをはかってみたようですが、全く効果は得られなかったということも理由のようです。
信輝「切り崩しやってたんだ?ということは、自信がないだけで古河公方にはなりたいんだね。」
采女「そのようです。そして晴氏殿も半ば強制的に隠居させられ、義氏殿に家督を譲ったので、むしろ晴氏殿の方が再度古河公方に就きたいとの考えがあるようです。」
信輝「晴氏殿っていくつだっけ?」
采女「47です。」
信輝「藤氏殿はいくつだっけ?あと晴氏殿、藤氏殿の人物像は?」
采女「はい。ではまず晴氏殿について申し上げます。晴氏殿は、長い間争っていた小弓公方と呼ばれていた叔父である足利義明殿を、北条氏綱殿と同盟を結び滅ぼしました。その辺りでは北条家との関係も良好だったため、氏綱殿の娘を継室として迎え入れたようです。しかしその後、北条家が代替わりすると、北条領に攻め入るために氏康殿と争い両上杉家と結び、結果、かの有名な河越夜戦で敗れました。」
信輝「なるほど。」
采女「両上杉家も力を失いましたが、晴氏殿も古河公方としての力は失いました。そして北条家によって隠居させられ氏政殿の叔母を母に持つ義氏殿が古河公方に就きました。晴氏殿はそれでも権力を再び得ようと動いている、とそのような方です。」
信輝「そういう感じの人ね。」
采女「そして藤氏殿は17で、義氏殿の三つ年上です。藤氏殿は当然自分が古河公方を継ぐものだと思っていたのですが、先程申し上げたようなことになり、なんとかして古河公方に就きたいと動いているようです。」
信輝「それはさ、藤氏殿が自分で考えているのかな?」
采女「そのようですね。晴氏殿に学んだところが多いのでしょうね。」
信輝「そうか。晴氏殿と藤氏殿の仲は上手くいってる?構図としては、晴氏殿と藤氏殿、対、義氏殿と北条って理解したらいいのかな?」
采女「基本はそうなのでしょうが、晴氏殿としては、まず自分が古河公方になりたい、でもそれが難しいようであれば藤氏殿を古河公方にして権力は自分が握るというお考えでしょうか。藤氏殿は自分が古河公方となり、自分が権力を握るものだと思っているようです。そこに、さらに簗田晴助殿も家老として権力をものにしたいという思いもありそうです。」
信輝「なるほど。ありそうな話だね。義氏殿は?」
采女「義氏殿も義氏殿で北条に介入されることを快くは思っていないようです。ただ、藤氏殿を押さえるには北条の力に頼るのは仕方のないことだと諦めているみたいですね。しかし、先日の戦の際に無断で離脱されたように氏政殿の言いなりにはなっていないようです。」
信輝「ありがとう。じゃあ、大峰が支援するのは、藤氏殿が古河公方になることだけにしよう。晴氏殿は支持しない。下総勢が古河公方に従うかどうかもこちらには関係ないという立ち位置で。」
采女「では、中将殿にそうお伝えします。」
信輝「まあそうしたらきっと藤氏殿が勝手に北条側の人たちに、大峰が後ろ盾となった自分につくようにって呼び掛けるでしょう。それで北条領が動揺、混乱してくれれば十分だね。その間にこちらはこちらで下総勢を大峰に臣従させるのと、武蔵の城を取っていこう。まあ時間はかかるかもしれないけど。」
采女「ハッ。」
信輝「その辺まで交渉できたら、中将一行にはもう次の佐竹の方に行っていいってことも伝えて。」
采女「畏まりました。」
信輝「じゃあ次に武田勢はどうなってる?」
采女「はい。まず、甲斐の本隊は山間部の行軍のため時間がかかっております。岩殿城を越えた辺りを東へ進んでいます。高坂弾正殿の軍は興国寺城を囲んでおります。」
信輝「じゃあまあ一応順調に進んでるってことだね。あとは北条がどう出るかだけど、小太郎の話だとすぐにまたこっちに攻めてくるってことだったよね。」
采女「はい。」
信輝「でも武田勢に攻められて、忍城と騎西城はこっちについたし、古河公方の内紛が始まって、鉢形城の藤田殿、岩付城の太田殿、佐倉城の千葉殿にもし動きがあったら、大峰領に攻め入るのは厳しくなるだろう。それでも引き続き警戒しておくようにお願い。」
采女「畏まりました。」
信輝「武田勢に対してどう動くかだろうな。その辺も動き教えて。」
采女「ハッ。」
信輝「とりあえずはそんなもんかな?」
采女「はい。」
信輝「北条については小太郎待ちだな。
采女「はい。そろそろ戻られるとは思いますが。」
信輝「まあいいや。じゃあさ、あと駿府の竹千代殿の周りを調べておいて欲しいのと、三河の国の状況も調べておいてもらっていい?」
采女「ハッ。」
信輝「ついでに尾張もどんな状況か探ってみて。」
采女「ハッ。」




