第七章 164話 軍略と新しい家臣
1555年2月22日続き
皆が静かになったため、俺から切り出す。
信輝「内部は難しくない?大道寺、笠原、清水、松田とか靡かないでしょ。誰かいる?」
播磨「はい。二人考えております。」
信輝「二人?」
播磨「はい。一人は足利藤氏殿です。」
信輝「藤氏殿?」
播磨「藤氏殿は北条氏政殿の従兄弟である義氏殿の兄で、前古河公方晴氏殿の長男です。母親は簗田晴助殿の姉で、現在はその簗田晴助殿の関宿城に前古河公方晴氏殿と共におります。古河公方の勢力を取り込むために北条家が無理矢理に次男である義氏殿に家督を継がせた経緯があります。」
陸奥「なるほど。その晴氏殿と藤氏殿にこちらに付くように呼び掛けるってことか。」
近江「それはいい考えかもしれませんが、一方でその方々に力はあるでしょうか?」
下総「まあ、下総勢の中で少なからず義氏殿が家督を継いだことに反感を持っている方もいるかもしれませんね。」
播磨「はい。その勢力に大峰が後ろ盾となって、義氏殿を攻めてもらいます。その際に、ただ攻めるのではなく、北条家が今度下向してくる鎌倉公方一行に加担したことを掲げ、古河公方を廃止させようとしていると流します。」
武蔵「そうすると晴氏殿、藤氏殿も立場が微妙になりませんか?」
肥後「古河公方の実権を巡る戦で、その実権がそもそも無くなるって言うわけだからな。」
近江「しかし大峰が後ろ盾となるとするのであれば、北条は鎌倉公方を、大峰は古河公方を支持するという構図になるのではないでしょうか。」
下総「そしたら義氏殿も諦めて大峰に付くかもしれないですな。」
陸奥「もし古河公方を残すとしたら今後邪魔になることはないのかな?」
信輝「まあそれこそ藤氏殿に大峰の姫と婚姻してもらうって手もあるけど、今はそこまではいいよ。北条内部を崩すのが目的だろうし。それでもう一人は?」
播磨「はい。もう一人は千葉家の千葉親胤殿です。」
信輝「千葉親胤殿。」
播磨「千葉家の現当主で14歳の方です。幼き頃に家督を継ぎましたが、親北条である家臣の原胤清、胤貞親子が実権を握っており、それに不満を持っているようです。」
陸奥「千葉って佐倉城か。」
肥後「確かに古河と、千葉の佐倉で反北条の勢力ができるのは力が分散されるな。」
武蔵「親胤殿だけで上手くいくでしょうか?」
播磨「古河公方となる藤氏殿から千葉親胤殿、里見殿を誘うという形にするのはいかがでしょうか?」
下総「それがいいですね。」
信輝「なるほど。大峰が後ろ盾となった古河公方藤氏殿が反北条勢力を集うということか。いいと思う。それで行こう。」
備前「では、先程の会津、陸奥に行く使者と古河に行く使者を決めましょう。」
武蔵「一応、公方様ですからそれなりの立場の者が行かないとですよね。」
越前「陸奥には私が行きます!」
播磨「会津、陸奥にも相応の方がいいと思います。」
信輝「そしたら伊勢か掃部に行ってもらうか。」
伊勢「ハッ。参りましょう。」
越前「私が道中警護としてお供します!」
武蔵「ただ殿、連れて行ける兵は多くて千ほどでしょう。ほとんど敵地を通るわけですから、陸奥まで行くのは難しいのではないでしょうか。」
近江「それはありますね。兵を連れていることでかえって危険となることも考えられます。」
下総「戸隠衆にお願いすればいいのではないですか?采女殿や主殿殿でしたら殿の名代としてやって頂けると思いますが。」
肥後「でもやっぱり今回は、より上の立場の使者がいいんじゃないか?」
陸奥「距離があると難しいね。」
その時、俺から見て正面の一番下座の襖が開いた。
「余が参ろう。」
全員その方向を見てまた驚いた。
信輝「義輝様。」
そこには義輝様に、壱岐師匠、豊五郎、但馬、それに足利家臣の三淵藤英、和田惟政、一色藤長、それから、なぜか与一と巳六もいた。
俺の正面に座っていた者たちが真ん中を開け、義輝様たちが地図を広げていたところまで来て座った。
与一と巳六は端に控えた。
義輝「武衛、勝手に入ってすまない。武衛の意識が戻ったと聞いてここまで駆けて来たのじゃ。そして今の話を聞いてしまったのでな。余に役に立てることがあるのではないだろうか。」
信輝「義輝様とは言え、道中の危険は変わらないのではないでしょうか。」
義輝「そこは前公方だからな。今回の下総、会津、陸奥はその将軍家に縁がある家が多い。古河公方家の藤氏は余が偏諱を与えたのじゃ。それに伊達家も代々京の公方から偏諱を受けると決まっている家である。余が行くことで余を害そうとする者は減るだろう。」
信輝「そう言われてみればそうなのかもしれませんが。」
壱岐「殿、我らも共に行けば、心配せんでも大丈夫ですじゃ。」
信輝「師匠も行って頂けるのですか。まあこの面子だったら余程の大軍で囲まれない限り大丈夫でしょうが。ただ、前公方様に使者に行って頂くというのもいかがなものかと。」
義輝「武衛…、いや殿、これを機に余を家臣としてくだされ。前々から殿に家臣として仕え、大峰の発展に尽くしたいと考えておりました。何卒、この足利義輝を家中の端にお加え頂きたくお願い申し上げまする。」
信輝「いや、義輝様…。さすがに…。」
義輝「そこを曲げてお願い致します!」
義輝様が頭を下げた。
壱岐「殿、わしからもお願い致します。」
そう言って師匠、豊五郎、但馬、三淵、和田、一式の面々も頭を下げた。
信輝「そこまで仰るのあれば…。こちらこそお願い致します。」
義輝「ありがとうございます!殿のために粉骨砕身働きましょう!今後、この義輝のことは中将とでもお呼びくたされ。私も改めて殿とお呼びさせて頂きます。」
この義輝様、いや中将の言葉に最初は驚いていた周りも歓声を上げた。
その後、詳細を詰め、中将、壱岐師匠、豊五郎、但馬に三淵藤英、和田惟政、一色藤長の三人や、隼人と戸隠衆にも行ってもらうことにした。
まず古河に行き、佐竹領を通り、岩城、相馬、蘆名、最後に伊達と行くことになった。馬を飛ばして一月程で帰って来ることを目標とし、随時、戸隠衆にどのような状況か連絡をもらうことにした。
張り切った中将は、軍議が終わるとすぐに東に向けて出発して行った。
予想していなかった展開だったが、喜んでくれていたし、確かに中将に行ってもらえれば上手くいく確率は格段に上がるだろう。
良い報告を待ってこちらも準備を進めよう。




