第七章 160話 十日間と一門衆
1555年2月22日
昨日は与次郎のことが悔やまれ、傷の痛みもあり、あまり寝ることができなかった。
今朝は前橋城の大広間で軍議がある。
そろそろ起きないと。
源五郎「殿、起きていらっしゃるでしょうか?」
信輝「源五郎か。起きてるよ。入って。」
源五郎「ハッ。失礼します。」
源五郎が入ってきた。
源五郎「お加減いかがでしょうか?」
信輝「うん、大丈夫。ありがとう。源五郎も来てくれてたんだ?他は?」
源五郎「はい。私と半兵衛殿がこちらに。」
半兵衛が廊下から頭を下げた。
信輝「そうか。ありがとう。」
源五郎「いえ。そろそろ皆様が大広間にお集まりになる時刻ですが、移動出来そうでしょうか?」
信輝「うん。着替えて行くよ。」
源五郎「では、お手伝いさせて頂きます。」
十日間寝込んでいたため、身体が鈍ってしまった。
源五郎に手伝ってもらいながら準備を整え、大広間まで移動する。
大峰城ほどではないが、ここもしっかりとした造りの城になっている。ここは本丸の城主の屋敷。
源五郎に手助けをしてもらいながら廊下を歩き、大広間へと入った。
半兵衛が既に俺が入ることを皆に言っていたようだ。皆平伏している。いつもの軍議のときのように左右に分かれておらず、皆こちらを向いて座っている。
父上も上段ではなく、皆と同じ高さに座り頭を下げていた。どういうことだろ?
とりあえず俺だけが上段に座る。
俺から話すか。
信輝「皆この度は苦労を掛けた。皆のお陰でこのように命が助かった。礼を言う。」
一同「ハッ。」
備前「この度は我ら家臣一同が至らぬばかりに申し訳ございませぬ。」
信輝「いや、大丈夫。では、堅苦しいのはやめにして、始めようか。」
伊勢「その前に私からお話しさせて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
ん?伊勢叔父?
信輝「お願いします。」
伊勢「ハッ。この度は与次郎が殿の命に従わず、結果、殿にお怪我をさせる事態となったこと、さらに結果として鉢形城を失うことになり申し訳ございませぬ。一門衆を代表してお詫び致します。これは、我ら一門衆が殿のご厚情に甘え、以前のごとく叔父甥のままの言葉遣いや態度を取ってしまったことが原因でございます。申し訳ございませぬ。よって、我ら今後はそれらを改めることに致しました。殿におかれましても、我らに対しては家臣として扱って頂きますようお願い申し上げまする。」
そう言って伊勢叔父をはじめ、ここにいた掃部叔父、弥九郎叔父、勘十郎叔父、与一郎の叔父たちが頭を下げた。
信輝「頭をお上げください。それが原因ではない気がしますが。」
信秀「武衛よ、よい機会じゃ。そのようにさせてくれ。その原因はわしにもある。申し訳なかった。ここにいない、内膳、玄蕃、勘解由、大隈などにも既に伝えてある。」
信輝「そうなのですか?うーん、ではそのようにさせて頂きましょうか。わかりました。」
伊勢「ありがとうございます。改めて宜しくお願い申し上げます。」
信輝「わかった。こちらこそ宜しく頼む。」
なんかとても違和感あるけど、まあそう決まったのならそれでいいか。
信輝「じゃあ、備前進めて。」
備前「ハッ。畏まりました。まず現状の確認をさせて頂きます。皆様、こちらの地図をご覧ください。」
皆が自然と真ん中を空けて左右に分かれる。
左側に父上を先頭に一門衆、三家老の隠居たち、右側には十神隊、後ろにその他家臣たち。
備前「北条との境界を確認します。鉢形城は先日惜しくも明け渡しましたため、最前線は弥九郎殿の深谷城となっております。美濃殿の忍城攻めは取り止めとなりました。忍城には成田殿が戻っております。また、本日は軍議のため、弥九郎殿、勘十郎殿にもお越し頂いております。」
信輝「うん。忍城攻め取り止めたんだ?」
備前「はい。鉢形城に攻め寄せると同時に再度忍城にも北条が援軍を出したため、美濃殿の判断で撤退されました。」
美濃「申し訳ございませぬ。」
信輝「いやそれは正しい判断だったと思う。でも五氏は?桐生殿しかいなくない?」
美濃「はい。忍城攻めの軍を一度解散してそれぞれ帰城した後に、五氏へ、殿がお目覚めになられたらすぐに軍議になるため前橋城に来るように呼びかけておりましたが、由良殿、赤井殿は体調がすぐれぬと。そのお二方の新田金山城と館林城があるので、ここ前橋城からその二城の向こう側になる岩井山城の長尾殿、唐沢山城の佐野殿は参加できぬと詫びの使者が参りました。殿がまだお目覚めになりませんでしたので、大殿にご対応頂きました。申し訳ございまぬ。」
信輝「いやいや、今の話で美濃が謝るところないでしょ。ありがとう。」
美濃「ハッ。」
信輝「桐生殿もありがとう。」
桐生「ハッ。わしなどにはもったいお言葉。」
信輝「例の件もこれから進めていくので頼みます。」
桐生「ハッ!」
信輝「それで北条は?」
備前「今のところ動きありません。武田殿、佐竹殿が軍の準備をしてますので、どう動くか見ているようです。軍も一度解散し、氏政殿も小田原に戻られたようです。」
信輝「そうか。晴信殿も佐竹殿も動いてくれたか。感謝しないとな。」
備前「はい。ただ、北条が殿を討ち取ったと喧伝したため動けずにいるようです。」
信輝「まあそりゃ北条はそうするよな。俺でもそうする。晴信殿と佐竹殿にはすぐ手紙を書くよ。由良殿、赤井殿、長尾殿、佐野殿にも書くか。」
備前「お願い致します。では、北条に対して今後の方針を皆様からご意見を頂くということでよろしいでしょうか?」
信輝「うん。いいんだけど、もう少し周りの状況が知りたいな。長尾景虎殿は?」
備前「ハッ。先日の雪がまだ越後では残っており、とても出陣できる状況ではないようです。」
信輝「そうか。今年は雪が少ないから二月末って言ってたけど、この前結構雪降ったもんな。一応、長尾景虎殿にも戦するのは三月になってからって手紙送っておくか。京は?」
備前「特に動きありません。」
信輝「鎌倉公方御一行は?」
備前「まだ京におられるようです。」
信輝「今川、斎藤、古河公方とか動きあったところある?」
備前「いえ、この十日間では動きございません。」
信輝「わかった。では、まず目下の課題である対北条について皆の意見を聞こう。」
越前「鉢形城を取り返しましょう!」
待っていましたとばかりに越前が大きな声を出す。
誰も何も言わない。
先日までは、ここで与次郎がすぐに一緒になって大きな声を出していたなと思い出してしまった。
皆もそう思ったのかもしれない。
少しの間、誰も声を発しなかった。




