第六章 150話 鉢形城の戦いと下総勢
1555年2月6日
先程から小雨が降り出した。
しばらく降っていなかったため久しぶりの雨だ。
この季節の雨は辛い。
そして、急に冷え込んできたため、昼頃からは雪になるかもしれない。
薄暗い中、用土から出陣し、掃部叔父、播磨の軍もそれぞれ東西に向かって行った。
俺たちも朝の冷たい雨の中を、獅子、大蛇、霊亀、朱雀、青龍、八咫烏の順で予定の場所付近に移動している。
将は兜を、兵は陣笠を頭に着け、外套を着て軍靴を履いているため身体が濡れることはないが、寒いことは寒い。
でも、馬上から軍を見ているが、寒くて動きが悪くなっているほどではない。
今朝、戸隠衆に確認してもらったら荒川の深さは膝下くらいだった。冬であり、最近雨も雪も降っていなかったからだろう。
それでも濡れることは防ぎたいので、浅瀬の場所を確認してもらったところ、この辺なら下流と違って何箇所かあり、それぞれ浅瀬を渡河することに変更した。浅瀬だと、軍靴が少し水に浸かるくらいらしいので、中に水が入ってくることはなさそうだ。
その結果、掃部叔父の軍は予定していた折原より少し西を、播磨の軍は予定していた花園より少し東を渡河することにした。どちらも昨日の予定よりここから離れることになる。
俺たちは用土から若干東に向かい、そこから真っ直ぐ南下している。鉢形城から少し東に離れた位置に着くことになる。
あと一刻も掛からずに着くだろう。
肝心の鉢形城は今日も朝から猛攻を受けているが、激しく抵抗を続けている。今日城を出る予定のため、出し惜しみなく兵糧を使っており兵たちの士気も高く、弾薬も多く使っているため昨日よりも敵を寄せ付けていないようだ。それでも兵糧も弾薬も余ってしまうだろう。
昨日の軍議の後再度、采女に城中に行ってもらい今日の策を伝えてもらった。
与次郎もなんとか納得したようだ。
あとはこちらの被害を抑えて上手く撤退するだけだ。その中で北条に痛手を与えることができたら尚いいが、欲張らないようにしよう。
荒川が近付いて来た。
始めるか。
信輝「采女、貝を!」
采女「ハッ!」
采女が伝令を走らせる。
ブォーーー!ブォーーー!
まだ攻めかかるわけではないのだが、鉢形城と周りの北条勢に届けと何回も鳴らす。
こちらが近付いていることを北条勢に気付かせ、少しでも注意をこちらに向けるためだ。
近付いたら螺貝を吹くことは他の軍にも知らせてある。
北条勢がどう出るか。既にこちらの動きは忍により察知しているはずだ。
だが、采女が二度城中と往復しているし、探索に出ても鉢合わせはないらしいので、忍の数はそんなに多くないのだろう。こちらはいつも通りかなりの人数を連れている。
采女「殿、北条勢動きました。」
信輝「そうか。どうなりそう?」
采女「まだ確実ではありませんが、太田資正殿、足利義朝殿、遠山政景殿、松田憲秀殿、清水政英殿、成田長泰殿がこちらに来ると思われます。大道寺政繁殿、笠原政勝殿が鉢形城の攻めに残りそうです。また分かり次第ご報告します。」
信輝「氏政殿と古河公方様は?」
采女「氏政殿は動きそうにありません。古河公方様はどうしたらいいかわからないといった感じでしょうか。」
信輝「古河公方様の陣って何人くらい?」
采女「およそ三千です。下総の兵だけで構成されています。下総から連れて来た他の兵は城攻めの軍に編入されています。」
信輝「まずはそこを崩そう。大峰の軍が一部東に進んで行った。佐竹の軍と合流して下総を攻めるらしいってあちらに流して。」
采女「畏まりました。これは効くでしょうね。」
信輝「そうだね。お願い。それで様子を見よう。上手くいけば古河公方様が連れて来た七千から八千くらいは戦意がなくなるかもね。播磨にも伝えて。」
采女「ハッ。」
指示を受けた采女の配下が散って行った。
そもそも古河公方様と下総勢はどういう考えで参陣したんだろう。恩賞を約束されているのか、脅されているのか。それよりも領地を守るためか。
佐野と館林が大峰に降ったこととで西から大峰の、東からは佐竹の脅威があって北条についたのか。そういえばこの辺の勢力は史実でも上杉と北条の間で行ったり来たりしてたもんな。じゃああっさり退くかもな。
古河公方様が従兄弟の氏政殿のためだともし思ったとしても、下総勢をまとめて戦う程の力はないだろう。それに古河公方様と北条勢が仲良かったことはないと思うんだけどな。
まあ様子を見よう。
川に近付くにつれ、戸隠衆によって対岸の様子がわかって来た。
数は全ておおよそだが、こちらから見て、手前から右に太田隊の千、左に成田隊の千、次に右から遠山隊と下総勢の一部で三千、松田隊と下総勢の一部で三千、清水隊と下総勢の一部で二千、後ろに足利隊と下総勢の一部で四千。
やはり、古河公方様の三千と氏政殿の五千、鉢形城を攻めている大道寺隊四千、笠原隊四千はこちらに来ていない。
俺が率いてるのが六千だからな。一万四千も来たら十分だと考えたのだろう。この布陣を見ると北条勢はそこまで下総勢を信用しているわけではないようだ。
まあこちらとしては鉢形城に残ったのが本陣を加えても一万六千なので上々だな。半分を引き寄せた。
掃部叔父の五千と鉢形城からの六千で戦える。
あとはこちらが一斉射撃を始める時機を見計らうことだ。
かなりの兵がこちらに向かってきたためもう焦ることはない。
こちらも川を挟んで対峙した。浅瀬の場所に来ているため、川を挟んでと言ってもすぐに渡れる状況だ。
こちらは右から霊亀、獅子、大蛇の三隊が前列、その後ろに朱雀、その後ろに青竜と八咫烏を並べた。霊亀、獅子、大蛇の三隊は笛吹金川の戦で北条勢とあまり戦っていない。そのため前列に出し、八咫烏は前に置くと北条勢を刺激してしまう可能性があるため、まだ後ろに置いた。
笛吹金川の戦いに参加していて今回も来ているのは氏政殿の他は松田憲秀殿だけだが。
掃部叔父と播磨が渡河を終えたという伝令が来るはずだからすこしこのまま待とう。
下総勢に動きが出るのも待ちたい。
信輝「采女、鉢形城の攻撃はどうなってる?」
采女「ハッ。数は減りましたが、大道寺隊四千、笠原隊四千が引き続き攻めています。ただ、数が減ったので城方もしっかりと対応できているようです。」
信輝「そうか。やはり鉢形城をどうしても攻め落としたいか。どれくらい持つと思う?」
采女「今の数でしたら二、三日はまず大丈夫でしょう。」
信輝「そうか。それならすぐに動かなくてもいいな。」
采女「すぐには攻めかかりませんので?」
信輝「うん。すぐにはね。」
采女の配下が数人報告に来た。
采女「殿、掃部殿、播磨殿から伝令が。どちらも渡河を終えたそうです。」
信輝「そうか。掃部叔父は予定通り鉢形城に向かって欲しい。ただ、遠巻きにしてすぐには攻めかからないように。播磨の方は西に行くと見せかけるように動いてくれと伝えて。」
采女「下総勢の動きを見てからにされるのですね?」
信輝「うん、それを見よう。ここの皆にもすぐには始めないと伝えて。警戒は怠らないように。あと体を冷やさないようにも気を付けて。」
采女「ハッ。」
とりあえず一刻、二刻様子を見よう。




