第六章 137話 上州と馬
1555年1月7日
本日は浅川園に馬を見に行く予定だ。
佳の部屋で起きて、一度笹の間に戻り着替えて、妻たち七人と囲炉裏の食堂で朝食を済ませた。
浅川園に行く準備のために笹の間に戻ると、采女が待っていた。
采女「おはようございます。いくつかご報告があります。」
信輝「おはよう。そうか。じゃあ、浅川園に行く予定だから行きながら聞こうかな。大丈夫?」
采女「わかりました。」
童子切安綱と不動國行を腰に差し、部屋を出た。部屋を出て右に向かい、小姓たちの居住区を抜けて渡り廊下を渡り東館の玄関に向かう。
備前、肥後、陸奥と俺の屋敷で待ち合わせをしている。今日は与一、巳六を連れて行く。
残りの小姓は特進学校へ。
玄関を出ると既に三人が厩の前で待っていた。
三人に挨拶し、屋敷を出て、浅川園への道を降り始める。
左から備前、陸奥、采女、俺、肥後の順で並んでゆっくり進んで行く。俺たち四人は騎乗、采女は歩き。前を又兵衛、後を小太郎、与一、巳六が歩く。
信輝「采女、ごめん、それでどうした?」
采女「はい、まずは上州です。掃部殿、美濃殿、修理殿の軍勢が本庄城、岡部城、深谷城を落としました。鉢形城に向かうようです。」
信輝「おお、順調だね。じゃあ、予定通り、本庄城には大井勘十郎叔父、深谷城には笠原弥九郎叔父に兵千ずつと入ってもらおう。」
采女「畏まりました。お伝えします。」
信輝「これで武蔵のほんの一部だけど、領地になったね。また安倍家の土木に入ってもらわなきゃな。」
采女「はい。次に、武田家が富士郡、駿東郡を勝ち取りました。」
信輝「それはよかった。北条はどうなった?」
采女「はい。まだ支配が浅かったため、腰を据えて戦えなかったようですね。ただ、今川、北条に挟まれる形になりました。入山瀬城に、春日弾正殿が高坂弾正殿と名を変えられ城主として入るようです。」
信輝「おお、高坂弾正。入山瀬ってどの辺だろ?」
采女が懐からすぐ地図を取り出して見せてくれた。富士郡、駿東郡の地図に拠点の名が書かれている。馬上で受け取る。
采女「ここですね。」
信輝「なるほど。いい場所だね。海の拠点がもう一つ欲しい所だけど。」
肥後「見せて。」
それまで黙って聞いてた肥後が言ったので、采女に目で見せていいか聞く。采女が目で答えてくれたので肥後に地図を渡す。
肥後「東の方にもう一つ拠点が欲しい所だな。」
肥後が返してきたので、反対の陸奥に渡す。
陸奥「なるほど。高坂弾正になったね。」
陸奥が隣の備前に渡す。
備前「なるほど。だいたい富士郡、駿東郡の中心辺りですね。甲斐からの道も確保できると。」
備前から陸奥に地図が渡り、陸奥から地図を采女に返す。
信輝「ありがとう。それで今川と北条は?」
采女「今川は昨年末に兵を解散させた後は、まだ正月気分で戦はしないでしょう。北条は昨年末の敗戦の立て直しを急いでいます。やはり綱成殿が抜けたのが大きかったようですね。」
信輝「そりゃそうだよね。そういえば、小太郎、綱成殿の家族って無事に保護できたのかな?」
小太郎「はい。今上州に入る辺りです。」
信輝「康成殿の奥方って氏康殿の娘だよね?」
小太郎「はい。綱成殿の奥方は氏綱様の娘様、康成殿の奥方は氏康様の娘様です。」
信輝「それって春と同母妹?」
小太郎「いえ、春殿とも氏政たちとも違います。乙千代丸殿の同母姉です。」
信輝「そっちか。西堂丸は?」
小太郎「西堂丸殿はまた別です。康成殿の奥方の光殿、乙千代丸殿、睦殿と言うまだ4になったばかりの幼い娘が、同じ母親です。その睦殿は、氏康様がこちらに参られるときに光殿に預けていたので、この度、一緒にこちらに向かっておられます。」
信輝「そうか。氏康殿も子がたくさんだったんだね。」
小太郎「はい。」
信輝「ごめん、采女、それで何だって?」
采女「はい。ですので、今のうちに武田勢は、富士郡、駿東郡の地固めをするという話です。」
信輝「ってことはさ、北条動けないなら、今のうちにもう少し北条領攻め取っておくか。上州を氏康殿から譲り受けるときに、桐生と太田と舘林はもらわなかったからその辺を。舘林は取っても地形的に守るの大変だから、桐生と太田を取ってしまおう。桐生と太田だったらどこの城が中心?」
采女「桐生では柄杓山城、太田では新田金山城です。」
信輝「城主は?」
采女「柄杓山城は桐生助綱殿、新田金山城は由良成繁殿です。」
信輝「聞いたことあるような、ないような。もともと北条の家臣じゃないよね?」
采女「はい。国人です。」
信輝「じゃあ、臣従するように使者を出すか。又兵衛、行ってくれる?」
又兵衛「はい。掃部殿にもお知らせした方がよいかと。」
信輝「そうだね。じゃあ、鉢形城に寄ってから行って。」
又兵衛「はい。いつ発ちますか?」
信輝「じゃあ、今日帰ったら手紙書くよ。それ持って明日で。」
又兵衛「わかりました。」
信輝「そんな感じかな?」
采女「はい、最後に京の情報があります。鎌倉公方一行は春頃に京を発つようです。」
信輝「まだ行ってなかったんだっけ?何でそんな遅いの?」
采女「幼い者もいるので、気候が穏やかになってから船で小田原を目指すようです。」
信輝「そうなんだ。新幕府の動きは?」
采女「明智殿が腕を振るっているようです。細川殿や六角殿、三好殿、松永殿、朝倉殿とも関係は良好みたいですね。朝廷とも、二条様、九条様を通して上手くいっているようです。」
信輝「浅井は?」
采女「あまり上手くいっていないようです。」
信輝「調略が効いたか。もう一度婚姻申し込むか。」
采女「もう少し経ってからでもいいかもしれません。」
信輝「そうか。わかった。ありがとう。また情報入ったら教えて。」
采女「ハッ。」
陸奥「もう着くけど上野殿は?」
信輝「昨日西ノ丸で会ったときに案内をお願いしたら、先に牧場に行ってるって。」
陸奥「そうか。じゃあ直接行こうか。」
信輝「そうだね。」
牧場に着くと上野が待っていてくれた。
上野「殿、お待ちしていました。」
信輝「ありがとう。馬はどう?」
上野「はい。去年の今頃から種付けを行った仔馬たちが、今年になってから既に南部馬とアラブ馬、バルブ馬、カルスト馬、それぞれとの子が二百頭ほど生まれました。この半年でもう五百頭くらいは生まれるでしょう。既に体の大きい子が生まれてきています。」
信輝「おお、そんなに。見せて。」
上野「はい。ご案内します。」
牧場の一角に仔馬用の場所と建物が建てられていて、そこにたくさんの仔馬がいた。色や大きさが様々な仔馬がいる。でも既にどの馬も立派な体格をしているように見える。
信輝「すごいじゃん。この仔馬たちの子か孫くらいになったら、理想の馬になるかもね。」
上野「はい。そうしたいと考えています。それで、殿、一つお許し頂きたいことがあるのですが。」
信輝「何?」
上野「はい。馬の餌なのですが、今まであげていたものだけではなく、浅川園で作っている商品になるものも餌にしてもよろしいでしょうか?栄養があるものを食べさせた方がよりいい馬に成長すると思うのです。」
信輝「なるほど。いいよ。例えば何だろ?」
上野「野菜や薬草や果樹やサトウキビなどです。それから稲も餌にしてもいいでしょうか?」
信輝「なるほど。いいよ。大きくていい馬を頼むよ。」
上野「ありがとうございます!」
信輝「かなり期待できるね。」
その後も俺たちは上野から馬の説明を聞き、期待を膨らませた。
それから、南部馬の中から大きい馬を選んで、晴信殿、義信殿、四郎に贈ることにした。
義信殿の子の祝いと一緒に運んでもらおう。




